闘病を機にジャズマンとしての第2の人生をスタート ジャズ・ベーシスト・平沼昇一さん

取材・文:塚田真紀子
撮影:谷本潤一
発行:2006年5月
更新:2019年7月

  

がんに背中を後押しされて、今、「本来の自分」を生きる

平沼昇一さん
平沼昇一さん
(ひらぬま しょういち)
ジャズ・ベーシスト

神戸は日本のジャズの発祥地だ。大正12年、ここで日本初のジャズバンドが誕生した。今でも、神戸の繁華街・三宮には、ライブハウスやジャズバーが軒を連ねる。

『グリーンドルフィン』も、その1つ。オーナーは、ベーシストの平沼昇一さん(53歳)だ。彼は約6年前、47歳のときに胃がんで胃を全摘している。

発病当時、彼はアパレル会社の“雇われ社長”として、業績を上げなくてはと、国内外を奔走していた。この会社に寄生して甘い汁を吸っていた関連会社を力ずくで切り捨てることに成功し、事業をさらに飛躍させようとする矢先のできごとだった。

手術後、先行きの見えない不安を抱えながらも身体をスポーツジムで鍛え直し、平沼さんはビジネスの場に復帰する。

ところが、なぜか2年後、ビジネスの世界から一切足を洗い、一転、ジャズ・ライブハウスをオープンさせた。アマチュア・ベーシストからプロになり、毎夜、ライブに出演する。がんがきっかけで夢を実現させたのだと、人づてに聞いた。そこに至るまでには、いったいどんな思いがあったのだろうか。

2005年の暮れ、『グリーンドルフィン』をたずねた。いわゆるジャズの店とはずいぶん雰囲気が違う。白と青リンゴ色が基調の店内は、赤や白のイスが並び、女性好みのカフェレストランのようだ。正面にピアノとベースが置いてある。

平沼さんは「ちょい不良オヤジ」風の黒のハイネックセーターにレザーパンツといういでたちだ。左の耳に小さな輪のピアスが光る。サッカーの中田英寿が50歳代になったら、こんな感じだろうか。

丸いテーブルの上に、がん闘病に関する資料一式をどんと置き、平沼さんはこれまでのいきさつを、張りのある声で、時に笑いを交えながら、理路整然と語り出した。開店から約4年経っても、まだ生真面目なビジネスマンの臭いがする。

ジャズの奥深さにのめり込む

写真:オスカー・ピーターソン・トリオの『プリーズ・リクエスト』

平沼さんお勧めのジャズの名盤・オスカー・ピーターソン・トリオの『プリーズ・リクエスト』(原題はWE GET REQUEST)ユニバーサルミュージック 1500円

平沼さんは福岡県の炭坑町で育った。ブラスバンド部でトランペットを吹くなど、音楽が好きだった。が、ピアノが弾けなかったことで音大受験をあきらめ、もう1つの好きなもの、「英語」を極めようと、京都外国語大学に進んだ。

ところが大学の軽音楽部でモダンジャズに出合い、学生時代はジャズ一色に染まる。当時、オスカー・ピーターソン・トリオの名盤『プリーズ・リクエスト』を聴き、ジャズが大好きになった、という。たしかに、ピーターソンのピアノが抜群に上手い。そこにレイ・ブラウンの軽妙なベースがからみ、うっとりと聞き惚れるほど「粋」な曲が次々と奏でられる。聴くうちに、自然と身体がリズムに合わせて揺れ始める。平沼さんが魅了されたのも、わかる気がする。

「これは面白いと、どんどんのめり込みました。学生時代は、京都外国語大学軽音楽部ジャズ学科みたいな感じでね、教室にいるより部室にいるほうが長かった(笑)。ジャズには、激しいエイトビートから、しっとりしたボサノバ、バラードまで、いろんなジャンルがあります。そしてアドリブが非常に大事です。で、自分のスタイルを作り上げ、いかに感性をこめて演奏し、聴く人に感動してもらえるか、という音楽なんですよ。だからすっごく奥が深い」

写真:学生トリオの一員としてステージに立つ平沼さん

学生トリオの一員としてステージに立つ平沼さん

実際にベースを演奏するとなると、難しく、一筋縄ではいかない。負けず嫌いの平沼さんは、先輩に教わるだけでは飽きたらず、楽器店のジャズ教室に通って、基本をみっちりと習った。練習時間を確保するため、大学のそばに下宿して、夜遅くまで部室でベースを弾き続けた。4回生になると、他大学の学生たちとトリオを結成し、京阪神のライブハウスに出演するようになる。プロにならないか、と声がかかる。

迷った末、平沼さんはサラリーマンの道を選ぶ。会社員もやってみたかったから、このままプロになると後悔するかもしれない、会社勤めを何年か経験してからプロになっても遅くはないと考えた、という。

神戸にあるアパレル会社に就職した。当時は社員約300人で、急成長期だった。田舎でのんびりと育った平沼さんは、せわしなく数字を弾き出すビジネスの世界に面食らう。毎日、朝8時から深夜12時まで働いた。だんだんつらくなっていく。

入社2年目、ジャズの世界へ戻りたいと、あるライブハウスのママに打ち明けたところ、きっぱりとこう言われた。

「あんたは趣味でやっとるから、楽しいんや。仕事にしたら、楽しいことばかりではないよ。せっかくいい会社に入ったんやから、辞めたらあかん。弾きたくなったら、いつでもここへ来て、弾いたらいいやんか」

その忠告に迷いが吹っ切れた。プロへの道を断ちきり、仕事に打ち込んだ。

「沈黙は愚なり」!?

写真:神戸のアパレル会社に勤務していたころ
神戸のアパレル会社に勤務していたころの平沼さん

写真:フランスの有名ブランドの社長として働いていたころ
フランスの有名ブランドの社長として働いていたころ

入社4年目、海外デザイナーとの提携業務を任された。パリに現地法人を立ち上げるため、1979年、27歳で渡仏する。

まずフランス語の特訓から始めた。会社設立の準備の傍ら、毎日、語学学校に通い、帰宅後も3~4時間、フランス語を勉強した。土日は1日10時間、フランス語漬けだった。そんな日々が半年続き、渡仏の8カ月後、日本から社長が視察に来た時には、流暢なフランス語で案内していた。

まもなく現地法人の社長になり、4人の社員とともに業績を上げた。その実績が評価され、渡仏から6年後、34歳で、本社が買収したフランスの有名なデザイナーズブランドの社長に任命された。倒産処理から会社再建までを任される。現地社員50人の大所帯に、唯一の日本人として乗り込んだ。

フランス社会では「自己主張」が当たり前だ。それを痛感する経験をした、という。

社長に就任した当初、即断すべき案件があった。平沼さんにスタッフが迫る。

「ウイ、オア、ノン」

が、フランス人から決断を迫られた経験がなかったため、平沼さんは返答に窮し、日本人的な、あいまいな笑顔でごまかした。そのとたん、(何、この人!?)と、スタッフから軽蔑したような目で見られた、という。

「フランスでは『沈黙は愚なり』なんです。とにかく自分の意見を言わなくてはいけない。間違っていれば、後で訂正すればいい。会議でも、みんなが言いたい放題、激しく口論します。そして会議が終われば、何事もなかったかのように、仲良く食事をする」

スタッフと意見をぶつけ合うことで、互いのことを深く知ることができ、いい仕事もできるようになった。いつしか平沼さんは、自分の意見をはっきりと主張できるようになっていた、という。

一方、シビアなビジネス感覚を身につけた平沼さんと、放漫経営を続けてきた女性デザイナーの夫とは、経費の使い方をめぐって激しくぶつかり合う。平沼さんの胃がストレスで激しく痛む。急性胃炎だった。やっとのことで赤字体質を改善し、営業利益を黒字化した。店舗も増やす。1992年、40歳で日本の本社に戻った。

ところが、13年間日本を離れているうちに、会社は巨大な上場企業へと変貌を遂げていた。稟議書を回してハンコをそろえなければ、もはや新規の取引さえできない。

システムだけではなく、社内の空気も変わっていた。一言で言えば、“事なかれ主義”。部長クラスの会議では、みんな黙っている。そこで平沼さんがどんどん発言すると、会議の後、陰で悪口を囁かれた。またベトナムに進出しようと張り切っていると、別の部署の役員からこう言われた。

「あんた、何でそない動くねん。取締役やろ。仕事は、下の人間にやらせとったらええんや」

当時、互いに40歳代前半の働き盛りだ。

(ふざけるな! お前、歳いくつや!)

心の中で、怒鳴っていた。暇そうに、新聞を読んでいる取締役などまっぴらだった。

さらに、若い部下たちも似たような状態だった。会議では誰も意見を言わず、羊の群れのようだ。何を考えているのかわからず“不気味”だった、という。

ひとり自己主張が強いと、周囲との摩擦は避けられない。上司や同僚とたびたび衝突し、腐りかけていたところ、デザイナーズブランドビジネスの手腕を買われ、ロンドンのアトリエを拠点に活躍する日本人デザイナーから日本にある彼女の会社の社長にと乞われた。1997年、アパレル会社を辞めて、その会社の社長になる。同社はライセンス商品がよく売れているのに、なぜか大きな借金と累積赤字を抱えていた、という。

「調べてみると、国内外の関連会社やブローカーが複雑に絡み合い、利益を食いつぶし、本社にカネが入らない仕組みになっていた。手を切ろうとすると、もう抵抗が強くて、強くて。誹謗中傷がひどかったです。でも僕も負けてへんかった。『お前ら、他の日本人とわしが同じやと思うなよ。わしを敵に回すんやったら、とことんやったるでぇ!』と言うてね。で、とことんやったった。理論武装し、奴らが抵抗できんような状況に追い込んで、契約を解消した」

1年が過ぎるころ、本社がすべて管理する仕組みが再構築でき、2年半後には、借金をすべて返済し、累積損失も解消した。


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