「絶対泣かない」と心に誓い、膵がんと闘った1年(4)

読者投稿:小川嘉子さん
発行:2006年5月
更新:2019年7月

  

4. 手術(その2)

写真:A棟の売店
運動がてらよく利用したA棟の売店

2月8日(日)術後9日目

今日は日曜日だというのに、午前中胆肝膵外科のM教授の回診があった。ざっくばらんな感じであまり緊張しないですんだ。主治医がドレーンについて説明すると「抗生物質でよく洗うように」と指示していた。

ドレーンの回りを残して全部抜糸。2、3カ所きついところがあり、思わず「痛っ」と声がでた。主治医は笑って「ここは僕が縫ったんじゃないですよ。こんなにきつく縫わなくてもいいのにね」

「先生、日曜日も休まないでいつお休み取るんですか」と聞くと

「大学病院でやっていくつもりなら、休みは取れません」

午後新館A棟の売店まで散歩してみる。水とウーロン茶を買う。少々しんどい。これっぽっちで重いと思うのは情けない。

大変だからいいと言うのに、次女が毎日来てくれる。看護師から教わった方法で私がベッドから上手に起き上がるのを見てびっくりしていた。血糖値が安定したので明日から測らないでよくなった。娘は私が針を刺して血を出し測っているのを見るたび、「痛そう」と言っていたので「よかったね」と喜んだ。

昼間主治医から「個室が空きましたが」と言われたが断った。主人がA棟に替われないかと言っていたので、気にかけてくれていたのだろう。「昨日皆さんが外泊して2人だけになったら、夜何だかちょっと怖かったので、個室はやめます」といったら笑われてしまった。夜更かしはダメと念を押されているが、娘が帰るとまた『王家の紋章』の“読書”。

王家の紋章=秋田書店 細川智栄子 20数年前から連載の続く大長編少女漫画。現代娘キャロルが神秘な力によって3千年の時空を超えて、古代エジプトへ。20世紀の叡知を持った彼女は、エジプトの民から「神の娘」とあがめられるようになる

2月9日(月)術後10日目

体重が43.1キロに減った。やはり食事が少ないからだろう。運動していないからお腹も空かない。レントゲンに行ったついでにA棟の売店へ。やはりA棟はいいなあと未練たらたら。でも贅沢を言ってはいけないと自分自身を戒める。夕方姉が来てくれた。大学の帰りに次女も来たので2人で一緒に食事をして帰ることに。娘も少し息抜きをして欲しい。

痩せたせいか腕に皺ができた。娘がローションを買ってきてくれた。腕には「植物性コラーゲン入り」のボディベール、首の回りには「ラベンダー・カモミール入りのベッドタイム用ベビーローション」別名“ぐずつく赤ちゃんの寝つきに”と書いてある。あらまあ、私は赤ちゃん扱い!? でもとてもいい香りがしてぐっすり眠れそう。何がいいか娘が一生懸命探してくれたのだ……ありがとう。

『王家の紋章』が佳境に入って面白い。お陰で1人になっても“寂しく”なくなった。私もずいぶん元気になったものだ。先生方を信頼しているから、術後のことは全然心配していない。転移とか再発のこともチラッと頭をよぎるが、今はまだ考えないようにしている。そのせいかよく眠れる。

2月10日(火)術後11日目

ドレーンが体の中から押し上げられている。2センチカットする。昼過ぎ激しい腹痛が3回ほどあり、ガスが出たあと大量の下痢をした。どうしたのだろうと心配になる。

夕方3番目の姉が娘を連れて見舞いに来てくれる。退院が早まりそうだと聞いて、徹夜で折った千羽鶴を持ってきてくれた。優しい子だと感激した。主人が来てくれたので、A棟の喫茶店に行ってもらった。ドレーンを付けたままでも退院できると言われたが、パパが「それは困る」と言ったらしい。もちろん姉も大反対。私もドレーンが抜けてからのほうがいいと思う。それだけ私の体力が早く回復しているということだろうか?

2人が帰ってから主人と運動がてらA棟の売店へお水を買いに行く。いつもの調子で主人が歩いているが、私はついていけない。普段は私のほうが早足だったのに。主人が振り向いて「あっそうか、歩けないんだったな」とやっと気づいてくれる。病室へ戻る途中また腹痛が起きた。主人が心配すると思いながら、しばらく壁につかまっていた。病室に戻るとやはり下痢をした。8時、心配しながら主人は帰っていった。さあ、またウフフッ“読書”。

2月11日(水)術後12日目

写真:入院中よく入った喫茶店
入院中よく入った喫茶店

今日は建国記念日。午前中またもや休みだというのにM教授の回診があった。どうやら休日に回診されているようだ。

「嘉子さん、地毛が少し出てきましたね」と軽口を。頭髪を染めていたのが入院中少し伸びたのだ。今日も皆さん外泊でM教授の担当患者は私だけらしく「今日は嘉子さんだけ?」と、気さくに声をかけてくださる。付いてきている医師たちも、そんな教授の言葉にリラックスしているようでいい雰囲気だった。

午後次女が来たので初めてA棟の喫茶店で1時間ぐらいおしゃべりをする。私はココア、娘はチョコレートパフェ。少しアイスを食べてみた。美味しい。用心して、ココアは半分で我慢する。でも喫茶店でお茶するなんてすごい進歩。

2月12日(木)術後13日目

ドレーンを2センチ抜く。残りを全部抜糸した。縦の線はまるでみみず腫れのよう。虫垂炎のときは横に4センチ位切ったが、いつの間にかわからなくなった。でもドレーンを入れたところは今でもはっきり3センチ凹んでいる。診察のとき医師はこれを見て「ああ盲腸ですね」と言う。多分横の線は消えるが、縦の線とドレーンの跡はずっと残るかもしれない。

抗がん剤治療を決める

主人と次女を交えて7時40分頃から退院後の説明が主治医からあった。

「今まで当病院では、切除した人に抗がん剤は投与していませんが、患者さんの希望があればやります。3年程前に認可された「ジェムザール」という膵臓の抗がん剤を4週を1クールとして点滴で行います。今までの抗がん剤より副作用は少ないようですが、どうしますか?」と主治医に聞かれた。

「打ちます。やるべきことをやって再発したなら、諦められますから」と即座に私は答えていた。ステージ2で第1リンパ節に転移があるということだもの。副作用のことはその次のこと、対処する手はあるでしょう。初めてのケースとなれば慎重に経過を見守っていかなければ。

「では抗がん剤投与で決定。いつからかは後日お知らせします」

「今まで誰にも投与してこなかったというのは、どういうことなのですか」と娘が質問した。

「いや、手術できなかった人には投与しています。術後に目覚ましい効果があるというわけではないし、患者さんの希望もなかったので」とあまり詳しくは話してくれなかった。でもジェムザールについてはあとでしっかり調べた。

主人が「AHCC」という健康食品の服用について尋ねた。主治医はご存じなかった様子だった。

「抗がん剤を打っている間は服用しないほうが……」と言われた。そこで娘が資料を渡すと「薬剤師に聞いてみます」と言う返事だった。さあ、これで退院後の方針が決まった。

2月13日(金)術後14日目

朝、T大学へ行く前に次女がひょっこり顔を出す。「ジェムザールのこと調べているからね」と言って出勤して行った。昼過ぎ、談話室でノート(日記)の整理をする。しかし1時間ほどで疲れてしまった。やはりまだ前屈みの姿勢がつらい。

月末迄の病院の費用精算があるので、主人が来てくれた。1階の外来の精算機で支払い、ついでに喫茶店で主人はカフェオレ、私はココアを飲む。本当はコーヒーが大好きだけれど我慢する。別に先生に止められている訳ではないが、膵嚢胞のとき退院までコーヒーは許可が出なかったので自粛しているだけだが。主人が感慨深そうに

「もうこんなことができるようになったねぇ」と。でも、病室に戻る途中またお腹がツーンと痛くなって3回ほど立ち止まる。やはり下痢だった。まだココアも駄目かなぁと思う。

1月23日~2月19日入院費 323,450円 手術費 143,610円

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