トリプルネガティブ乳がん、自分に合った治療法とめぐり合う

納得して治療を受けるそのサポートを続けていきたい

取材・文●吉田燿子
(2013年6月)

  

桑原晴美 くわはら はるみ 
静岡県生まれ。2009年に上京し、夫とともに世田谷区で飲食店を経営。2011年に乳がんを発症し、抗がん薬治療を経験した後、四次元ピンポイント照射による放射線治療を受けた









とりわけ予後が悪いといわれる、トリプルネガティブ乳がんに罹患した桑原晴美さん。もともとの薬剤アレルギー体質も加わり、治療方法をめぐり不安と不満を抱えていた。それでも、諦めなかったことで、自分に合った治療法に出合うことができた。






2013_06_12_02美味しい料理とお酒と常連客、そして、「この人のために頑張りました」というご主人と

近年、放射線治療は長足の進歩を遂げており、放射線でがんが完治するケースも増えている。なかでも注目されているのが、ピンポイント照射による「定位放射線治療」だ。

これは、多方向から高線量の放射線を集中照射することで、がん細胞を死滅に追いやるというもの。治療効果が高く、副作用も少ない治療法として期待されているが、その研究はまだまだ緒に就いたばかりだ。

そんななか、この治療法を経験した女性がいる。夫婦で飲食店を営む、東京在住の桑原晴美さんだ。

桑原さんは40代後半で乳がんを発症。トリプルネガティブと診断され、術前化学療法を受けた。だが、抗がん薬の副作用に体が悲鳴を上げ、紆余曲折の末に、定位放射線治療を選択。鹿児島のUASオンコロジーセンターで治療を受け、元気を取り戻すことができた。

「がんを経験したことで、物事にこだわらなくなりましたね。病気1つで人生は変わってしまう。どんなに頑張っても限界があるって、つくづくわかったんです。人間万事塞翁が馬。肩の力を抜いて、毎日ケラケラ笑って生きていきたい、と思うようになりました」

抗がん薬はやりたくない

桑原さんが異変に気づいたのは、2011年2月末のことだ。ぎっくり腰で筋肉痛になった両腕をマッサージしていたとき、右胸に虫刺されのようなものがあることに気づいた。ほどなくして、東日本大震災が起きた。その3カ月後、虫刺されだと思ったものは“岩石”みたいなしこりに変わっていた。近くの総合病院を受診すると、触診しただけで医師はこう言った。

「あなた、これはがんだよ」

だが、桑原さんはさほどショックは受けなかったという。「乳がんは、切れば治る」と思い込んでいたためだ。

ただ、震災直後とあって、照明を落とした総合病院内は暗く、陰鬱な空気が漂っていた。桑原さんは次回の検査をキャンセルして、近くのK大学病院に転院。ここでも、外来の担当医は触診しただけで、「悪性腫瘍の可能性が高い」と告げた。

確定診断が下ったのは、6月半ばだった。診断は、「ステージⅢaの右浸潤乳がん」。医師の手元のカルテには、「ホルモン『-』、HER2『-』」という文字が見えた。

「先生、それってトリプルネガティブですか?」

「あ、勉強なさいました? そうです」

トリプルネガティブである以上、ホルモン治療や分子標的薬ハーセプチンは使えない。標準治療は抗がん薬と手術だが、薬剤アレルギーがある自分が、抗がん薬の副作用に耐えられるとは到底思えなかった。

たとえ、再発予防のため抗がん薬を使っても、わずかの期間で再発してしまう印象がある。自分が抗がん薬をやることに果たして意味があるのか、という疑問がどうしてもぬぐえなかった。

担当医によれば、桑原さんのがんは“顔つき〟が悪く、5年生存率は25%。しかも、抗がん薬と放射線治療、外科手術をフルセットでやらなければ、生存率はもっと低くなるという。

「5年後に生き残る可能性が4分の1だとすれば、私は4分の3のほうに入ってしまうだろう。助かるかどうかもわからない治療に、大金を投じるような真似はしたくなかった。原発巣を切って再発したら、後は野となれ山となれ。それが自分の寿命。だから、抗がん薬はしないと決めたんです」

その決意を医師に伝えたが、とりあってはもらえなかった。

「これがスタンダードな治療です。それを嫌だという気持ちがわかりません」

「私は効くか効かないかわからない治療のために、主人の生活を犠牲にするのは嫌なんです」

抗がん薬治療をしたくない桑原さんと、あくまでも標準治療を死守しようとする医師。2人の会話はかみ合わないまま、平行線をたどった。ここにいるかぎり、患者に治療の選択肢はない――桑原さんは不満と不信を募らせていった。

ハーセプチン=一般名トラスツズマブ

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