研修を受けた患者体験者が届ける、市民、病院関係者へのメッセージ
患者スピーカーの「語り」をよりよい医療に活用してほしい
鈴木信行さん
がんや病気の体験をもつ患者さんが、病院や企業、大学などに出向いて、医療従事者や学生、市民に向けて自ら語るという試みがある。その内容は、医者の話とも違い、教科書や本とも違って、人々の心に届く。昨年、講演者を養成・登録して紹介する「NPO法人 患者スピーカーバンク」が発足した。患者の語りを医療従事者とのコミュニケーションの充足に役立ててほしいという。
理事長 鈴木信行
所在地
〒113-0031 東京都文京区根津1-22-10 1階
E-mail:info@npoksb.org
http://nposb.org
患者志向になっていない医療界
NPO法人患者スピーカーバンク理事長の鈴木信行さんは、二分脊椎症という先天性の病気をもち、大学生だった20歳のときには精巣腫瘍を、その4年後にはがんの再発・転移を経験しています。
二分脊椎とは、背骨の先天的な形成不全により本来なら脊椎の中にあるべき脊髓が外に出てしまい、さまざまな神経障害を起こす病気です。
小さいときから病気と付き合い、がんも経験した鈴木さんが思うのは、がん治療のみならず日本の医療はまだまだ患者のための医療になっていないということです。
「医療業界ほど閉鎖的で、ユーザー(患者)志向になっていないところはない」
このように鈴木さんは言います。
「わかりやすい例でいえば、お金(治療費)をいくら払うのかが、診療後の会計時までわからない。ほかの業界ならありえない話です。しかも、それが当たり前になっていて、医療を提供する側もされる側も疑問に思わない。予約して受診しても待たされるのは当たり前。これもほかの業界からしたら常識外れです」
ほかにも、「おかしいことが山ほどある」と語る鈴木さんは、「これは医療というシステム全体の問題であり、医療従事者だけを責めるものでもないし、言われるままでいる患者の側を責めるわけにもいきません」とも話します。
患者スピーカーバンクを設立
では、医療システム全体を変えていくにはどうしたらいいか。「患者自身も変わっていくことが必要ではないか」と鈴木さんは考えました。
日本の医療の問題点の1つとしてあげられるのが、医療従事者側と患者側とのコミュニケーションの欠如。
患者が医療従事者の言われるままになっているのも、コミュニケーションがうまく取れていないためともいえます。そのような現状を変えて、日本の医療をよくするために、「賢い患者を1人でも多く増やしていくことから始めよう」と鈴木さんは思ったのです。
鈴木さんは2011年4月からの1年間、東京大学公共政策大学院医療政策教育・研究ユニットが主催する「医療政策実践コミュニティー(H‐PAC)」に参加しました。これは、医療政策に関する実践的なグループ活動を行う研究会で、患者さんやその支援者、政治家や行政官などの政策立案者、医師などの医療従事者、ジャーナリストといったさまざまな分野の人たちが医療の将来について話し合い、深め合うもの。鈴木さんはその第1期生でした。
ここでのグループ研究の成果をもとに鈴木さんは、患者の声を医療従事者や医療系学生たちに届けるため、講演・講義を行う「患者スピーカー」を養成し、活用する事業を起こすことを提案。賛同したメンバーが発起人となって12年7月、「NPO法人患者スピーカーバンク」を設立しました。
初級、中級、上級の患者スピーカー養成講座
同バンクは3つの事業を柱にしており、1つは患者スピーカーの養成。2つめが、育成したスピーカーを企業や大学のニーズに応えて紹介する事業。3つめは、啓発活動のためバンク自らによるイベントの開催。
育成した患者スピーカーをデータベースに登録し、講演の依頼内容に合わせて適切な人を紹介しています。多様なニーズに応えようと、スピーカーである患者さんの病気も、がんだけでなく、腎疾患、潰瘍性大腸炎、糖尿病、網膜色素変性症、膠原病などなど、さまざまです。
設立間もない現在は育成に力を入れて、初級、中級、上級の3つのコースで研修を行っているところ。これまでに育成した患者スピーカーは20人ほどですが、来年夏ごろまでに50人ほどの患者スピーカーを育てるのが目標です。