〝限局がんだから……〟にだまされず、「リスク分類」も考えて
前立腺がんの医療情報は患者に届いているか 鮮度の良い医療情報を届けたい!
運営する武内 務さん
前立腺がんの治療法では、手術ではロボット支援手術のほか、IMRT、小線源療法、粒子線など放射線治療の分野でも著しい進展がみられる。しかし、それらの情報を患者に届けるシステムの整備は不十分で、正しい情報を先に知っていれば、違う治療法を選択したし、予後も違っていたかもしれないという状況が生じている。それをなんとかしたいと患者自ら、治療情報を一括したサイト「前立腺がん支援ネットワーク」をつくった。その運営者・武内務さんは、「もっと正確な前立腺がん情報を患者に届けたい」と話す。
ホームページ:http://pros-can.net
メール:higeno103@gmail.com
前立腺がんMEMO:http://higepapa.blogspot.jp/
最新の治療(IMRT)にたどり着かない
「手術ができないほど進んだ前立腺がんで、ホルモン療法で時間稼ぎをするしかないと言われたとき、私もまだ56歳でしたから、『困ったことになった』と焦りました」
兵庫県在住の元設計士、武内務さん(65歳)は、2004年、排尿時に違和感を覚え、泌尿器科を受診したところ、*PSAが異常高値の147。CT、MRI、骨シンチグラフィなどの検査の結果、がんの一部が前立腺の被膜を突き破った状態で浸潤もあり、画像上は転移が見られなかったものの、*グリソンスコアは9、悪性度の高い前立腺がんと診断されました。
「駆け込んだセカンドオピニオン先でも、もはや手術は手遅れ、5年生存率は2割と告げられて、さすがにショックでしたよ」
気が動転しながらも、何か良い治療法があるはずだと、武内さんは連日連夜、インターネットのサイトを検索。海外のサイトも訪れるなどしてようやく数週間後、たどり着いたのが、*IMRT(強度変調放射線治療)という当時最先端の放射線療法(ホルモン併用療法)でした。
「甚だ疑問に思いましたよ。たったこれだけの情報に行き着くために、何でこんなに苦労をしなくてはならないのか、とね」
当時は、医療者向けのガイドラインもなければ、患者向けの公的な医療情報サイトもありません。現在、がんの情報を求める患者や家族の多くが通常真っ先に検索するのが、国立がん研究センターの「がん情報サービス」ですが、そうならば、一医療機関の解説にとどまらず、専門医の総力を結集し、日本のがん医療の到達レベルを、鮮度を落とさず患者に伝えてほしい。
自身のつらい経験からその必要性を痛感した武内さんは、「患者が本当に欲しい情報が簡単に見つけられるサイトを、俺がつくろう」と一念発起したのです。
退院後の2005年、元々あった自身のサイトに前立線がんの治療法の解説ページを新たに設け、情報を更新し続けました。
数年後には、アクセス数は多い日で200件を超え、2012年にはそのサイトを引き継ぐ形で「前立腺がん支援ネットワーク」(腺友ネット)を立ち上げました。
それと同時に治療法のコーナーに専門医のチェックを得て「前立腺がんガイドブック」へとリニューアル。同病体験者ならではのかゆい所にきちんと手が届く武内さんの解説は、*サイドオピニオンの役割を併せ持つようになり、面談を望む人も増えました。
*PSA=前立腺特異抗原。前立腺で作られる糖たんぱく質で、がんがあると血液中のPSA量が急増することが多いため、前立腺がんの判定指標とされている *グリソンスコア(GS)=前立腺がんの悪性度の指標。がん細胞の顔つき(構造異型)を調べ、2~10で悪性度を判断。低リスク(おとなしい):GS=5~6、中リスク(普通):GS=7、高リスク(増殖が早く、再発・転移しやすい):GS=8~10 *IMRT=強度変調放射線治療。照射野内の放射線の強度を変調させて照射することができ、がんの凹凸に合わせて線量分布ができる放射線治療法 *サイドオピニオン=専門家ではない者が専門家の意見を集約し、消費者(患者)側の立場から考え、提案すること
「リスク分類」を知れば選択も変わる
武内さんは、患者さんから治療法選択の相談を受けるなかで、最近とくに気になっていることがあると言います。
「限局がんだから切るのが一番」と言われて手術を受けたが浸潤が見つかり、結果再発してしまったという声が多いことです。「限局がんと診断された症例の中にも、実は相当高い確率で浸潤や転移が隠れていて、その確率の予測はノモグラムという表から推察できます。それをもっと簡略化したのが「リスク分類」で、低リスクよりは中リスク、高リスクではさらにそうしたことが起こりやすいのですが、「リスク分類」はこれまであまり重要視されず、患者にも知らされないことが多いのです。ハイリスクの限局がんと言われた場合は、浸潤がんの常道に倣い、手術を避けて放射線治療を選ぶべきではないでしょうか」
前立腺がんの患者さんは、まず泌尿器科医と向き合うことが多いわけですが、「手術を選べば、また後で放射線治療も受けられるが、先に放射線治療を受けた場合、手術は受けられなくなる」という泌尿器科医師の一言で、患者は手術を選びがちです。
「術後の救済放射線療法は、前立腺跡を中心に他臓器を気遣いながら低線量の照射しかできない。IMRTなどの高線量照射とはほとんど別物であり、小線源療法も術後では不可能なので、この説明は不親切だと思います」
治療法と予後についてもっと多方面からの説明がなされれば、異なる選択をする患者さんが大勢いるのではないか。患者さん1人ひとりの再発リスクの予測も含めた情報を提供してほしい。これが武内さんのいま求めていることです。
「患者数が最も多いがんなのに5大がんのようには扱われず、生存率しか判っていません。統計データとして、治療法ごとの非再発率(最初の治療で治る率)が整えば、患者が治療法を選ぶ時の一番の参考になるはずです。地域医療に移って再発した人についても診療所を通して市区町村が把握し、それを集積することも必要なので、行政にはそれをぜひ行ってほしいです」
小線源療法の進歩にも注目を
前立腺の上部には膀胱、下部には排尿を司る括約筋があり、血管の束や神経にも接しています。「がんがこれらに近接している場合には、前立腺の摘除は高度な技術を要し、性機能障害や排尿障害、ときにはリンパ浮腫等の副作用を起こしやすい」
治療法の進歩にも気を配っておく必要がありそうです。例えば、始めは低リスク向けと思われていた小線源療法も、外部照射を併用できる一部の施設では、IMRTを凌駕する高線量を前立腺に当てることが可能なため、「高リスク」に対して効果の高い治療法となっています。
武内さんは現在、画像診断では異常が認められませんが、PSA値が7年をかけて徐々に上昇し、再発ラインを突破。それでも日々ウォーキングをし、フルマラソンを完走するなど、体調に変化はないそうです。「手遅れ、再発と、一通りを経験したことでどの段階にいる患者さんともより共感をもてるようになったことはプラスです」
前向きな心と活動で同病者を励ましている武内さん。「『効く薬が尽きる前に、新薬の認可を早く』という方々の要望も切実ですし、そのための発信もしていきたい」と話します。