希少な悪性腫瘍の正確な診断と、検査や治療薬の保険適用を早く
神経内分泌腫瘍(NET)に専門医と検査機器と治療薬を!
世話人の生島幸子さん
神経内分泌細胞に発生する「神経内分泌腫瘍」は、希少な悪性腫瘍です。大腸、膵臓、腎臓などさまざまな臓器の神経内分泌細胞にできますが、診断までに時間がかかることも多く、症状が出ないタイプの場合は、診断時には転移していることも少なくありません。有用な検査機器が未承認であるなか、適切な治療を早く始められるようにと患者さんたちは要望しています。
(神経内分泌腫瘍&カルチノイドのおしゃべりカフェ)
「ガストリノーマ」の診断に13年 がんと違うNETとは
「36歳のとき、十二指腸潰瘍と言われ、初めて入院しました。その後も症状が再発するとお薬で抑えていました。49歳の頃、どうも身体の調子がおかしいように思い、かかりつけ医に精密検査を依頼すると、近所の大学病院の内科を紹介されました。検査を受けに行った結果、*神経内分泌腫瘍(NET)の一種、ガストリノーマ(ゾリンジャー・エリソン症候群)と診断されたのです」
こう話す生島幸子さんは、下痢から始まった初発症状から13年以上を経て実の病名が判りました。
神経内分泌腫瘍は、神経内分泌細胞からできる腫瘍。一般的ながんは、たとえば膵がんなら多くが膵管の上皮細胞から、また消化器がんは主に消化管の粘膜から発生するのに対し、全身の多くの臓器がもつ神経内分泌細胞に発生する悪性腫瘍が、神経内分泌腫瘍です。肺、直腸、膵臓、十二指腸、脳の下垂体など、全身の臓器に発症し、転移します。また、腫瘍から分泌されるホルモンにより、様々な症状が出る「機能性NET」と、自覚症状がなく、発見されたときにはすでに肝臓に転移していることも多い「非機能性NET」に分けられます。
生島さんが診断されたガストリノーマは、症状のある「機能性NET」の1つです。膵臓や十二指腸にできた腫瘍から、胃酸の分泌を促すガストリンというホルモンが過剰に分泌されることにより、消化性潰瘍や逆流性食道炎を起こすもので、潰瘍は治療薬の服用をやめると再発します。
*神経内分泌腫瘍(NET)は以前、カルチノイドとも呼ばれていたが、2000年にWHOがNETに統一した
手術はNETの専門医のところで受けたい
新しい診断はされたものの、生島さんは、詳しい説明もないまま、検査と服薬を繰り返すだけの日々に憔悴。親戚の医療関係者に相談したところ、京都大学にこの病気の専門医がいると教えられ、2000年11月、第1外科の土井隆一郎さんの外来を受診しました。
翌年、CT検査に加え、*SASIテストや*ソマトスタチン受容体シンチグラフィの臨床試験等、NETの正確な場所を把握する精密検査の結果、診断は十二指腸原発のガストリノーマでした。膵頭十二指腸切除手術を受け、病理検査の結果は比較的おとなしい高分化型の*G1というものでした。ただし、腫瘍は小さかったものの、切除できずに残した部分があり、リンパ節転移も見つかりました。
2年後にリンパ節郭清手術を受け、2004年8月から現在まで、*サンドスタチンという、腫瘍の収縮、および症状緩和のための薬の、4週間に1度の投与を継続中です。その間に大腸がんの手術を受けましたが経過は良好で、胃酸分泌を抑える薬も併用し、下痢等の症状は緩和されています。
「私の場合は、腫瘍が分泌するホルモンにより症状が出る〝機能性〟だったこと、十二指腸の原発巣を手術で切る前に専門医の今村正之先生と河本泉先生に巡り会えたことが幸運でした。術中の病理検査で初めてNETと判る患者さんが多いですし、この病気の人をまだ診たことがない医師も珍しくないのですから」
術前にNETの疑いが生じる場合には、治療の入り口である手術は、できれば専門医に行ってもらい、次の治療の際にスムーズに対処したいというのは、多くのNET患者さんの要望だ。そのためには、多くの医師にNETを知ってもらい、専門医との事前の連携が求められる。
*SASIテスト(選択的動脈内刺激薬注入法)
NETの正確な場所やホルモン分泌能が診断できる検査。米国では、Imamura-Doppman法と呼ばれている
*ソマトスタチン受容体シンチグラフィ
ソマトスタチンは成長ホルモンをはじめ、多くのホルモンの分泌を抑制するため、ソマトスタチンに類似した化合物に放射性同位元素(アイソトープ)を結合させた薬を注射してX線写真を撮る。NETであるかどうか、また、NETの正確な場所がわかる画像診断の1つ
*G1
NETの悪性度分類で使われる名称の1つで、比較的おとなしいもの(NET G1/NET G2)と、活発なもの(NEC)に分け、それぞれ異なる治療方針を立てる
*サンドスタチン=一般名オトクレオチド
「直腸NET」で永久ストーマに
一方、症状が出ない非機能性の「直腸NET」の治療を受けてきた原敬子さんの場合、病気発見のきっかけは、2010年、会社の健診で胃のポリープを指摘されたことでした。指定医療機関での再検査時に勧められ大腸内視鏡検査を受けたところ、「平滑筋肉腫が直腸にある」と診断されました。
京都大学か京都第二赤十字病院で手術を受けるよう言われ、自宅に近い病院を選んで消化器内科を受診。再び大腸内視鏡検査を受けたところ、「直腸NET」と判明。大きさは13㎜でした。
外科では、腹腔鏡手術で腫瘍を切除し、一時的にストーマ(人工肛門)を造設する温存法の説明を受け、手術に臨みました。しかし腹部内の癒着のため、開腹手術に変更。手術は10時間に及びました。術後は、縫合部の狭窄により永久ストーマへの変更手術を受けました。
「当時は医師でさえ、神経内分泌腫瘍は〝がんもどき〟〝切除すれば予後は悪くない〟という認識でした。私自身も全摘できて転移もないのは幸いと思い、悩みはむしろストーマのことでした。この「しまうまサークル@関西」のほかに、女性のストーマ患者会「ブーケ」にも参加しています。NETは原発臓器ごとに特有の悩みがあるので、私自身、患者会に参加することで、大きな心の支えを得ています」
原さんはその後、膵がんの患者会パンキャンジャパン主催のNETフォーラムでNETを専門の1つにしている京都大学の肝胆膵移植外科医師の増井俊彦さんを紹介され、半年に1度受診しています。ストーマについては、手術した病院で引き続きフォローしてもらっています。
海外で使われている精密検査を 早く保険適応に
前述のソマトスタチン受容体シンチグラフィのほかに、全身の転移を調べる「68Ga-DOTATOC PET/CT」という検査などの臨床研究が行われていますが、すべて臨床研究段階のもので、保険未承認。国内数カ所の限られた施設でしか行われていません。「これらの検査機器のデバイスラグ、ドラッグラグ、が解消され、先端の薬剤や医療機器が使えるようになることが、患者みんなの願いです」と原さん。
原さんは、「原発の部位によっては同じ治療薬が保険で使えないことは、大きな問題です」と指摘します。例えば、腎臓の神経内分泌腫瘍の場合は、元々患者数も薬も少ないうえ、原発が膵臓なら保険が使える薬に効果が期待できるのにかかわらず、全額自己負担になってしまうのです。
「医療保険制度や高額医療給付制度があってこそ私は家族と長い闘病ができました。多くの医療従事者の方にNETに関心を持っていただき、医療保険の恩恵を多くの人に広げてほしいです」(生島さん)
社会にNETの認識を促しつつ、「*ペプチド受容体放射線療法(PRRT)などの有望な治療が受けられる拠点病院を地域に」と声を上げていくことも、会で話し合っていきたいと思っています。
*ペプチド受容体放射線療法(PRRT)
NETがソマトスタチン受容体を持っている場合に、NETを治療する内照射療法のこと。NET G1及びNET G2の患者に有効とされ、スイスのバーゼル大学病院等、現在のところ海外でのみ受けられる治療法で、日本では未承認。横浜市立大学医学部附属病院臨床腫瘍科医師の小林規俊さんらが国内でのPRRT実現に向けて毎月勉強会を開催、市民公開講座も行っている
神経内分泌腫瘍の情報交換の場――しまうまサークル@関西
どのような会?
同病者と知り合う機会が少ない稀な病気、神経内分泌腫瘍(NET)の患者・遺族の3人が出会い、2012年11月に発足。以来、生島幸子さん、原敬子さん、田中泉さんが世話人として、広報ブログ担当者1名とともに同会を運営しています。膵臓がん患者支援団体パンキャンジャパンが年数回、各地で開くNETの勉強会に強く支えられ、また、専門医による日本神経内分泌腫瘍学会が2013年に発足したことにも元気づけられ、情報網と患者同士の出会いの場の1つとなっています。
◎膵がんの患者会パンキャンジャパンは、日本でのネットキャンサーデーを主催するなど、NETの情報普及活動にも力を入れている。ホームページにはNETの情報コーナー「jNET Community」も開設されている。
活動内容は?
現在、会員28人が知識と交流を深めるため、3カ月に1度、患者会を開催。京都市下京区の「ひと・まち交流館」を拠点に行っています。今もがんと思い込んでいる人、転移や再発で治療法に行き詰っている人、情報がなく1人で悩んでいる人、家族を亡くしたご遺族、専門医が少ないこの病気について医療関係者にも関心をもっていただける会として、勉強と情報提供と悩みを共有する場を提供します。ブログ「しまうまサークル@関西」では、最新情報を掲載しています。そのほか、ランチや行楽などの機会もつくり、気持ちも元気になる楽しい会の集まりになっています。
◎「しまうまねっと」(神経内分泌腫瘍〔NET:ねっと〕・神経内分泌がん〔NEC:ねっく〕の患者が気軽に集う会)が、東京にある