若年で乳がんを体験した女性たちによるピアサポートのコミュニティが始動
気になる「妊娠」のこと情報がほしい。話せる場がほしい

取材・文:「がんサポート」編集部
発行:2011年12月
更新:2013年4月

  
渡邊知映さん
Stylesの世話人の1人、
渡邊知映さん

乳がんを発症すると、治療は数年に及ぶ。さらに治療によって、一時的にでも卵巣機能が低下することも少なくない。20代から40代始めの乳がん若年層にとっては、思い描いていた「妊娠」「子育て」が見通せなくなる。彼女たちの思い、求める支援、目指すものを聞いた。

「治療が終わった数年後、子どもをもてるだろうか」

乳がんは日本人女性が罹患する率が最も高い悪性腫瘍である。患者数は多いが、35歳未満のいわば「若年性乳がん」の患者さんの割合は少なく、乳がん患者全体のうち、わずかの2.7パーセントだ。彼女たちにとって、結婚、妊娠・出産といったライフイベントにまつわる問題が、現在進行形の状態にある。

今年7月に発足した、若年乳がん体験者のためのコミュニティ「Styles」。発起人の1人、昭和大学医学部乳腺外科特別研究生の渡邊知映さんは、病院看護の経験を経て、「がん治療と妊娠出産」をテーマに研究してきた。乳がんに罹患した若い女性のおかれる状況を渡邊さんは、次のように話す。

Stylesは昭和大学病院ブレストセンター併設「リボンズハウス」で活動

Stylesは、昭和大学病院ブレストセンター併設の「リボンズハウス」という施設を借りて、活動場所としている

「いまや乳がんは、手術すれば治療が終わりという時代ではなく、化学療法やホルモン療法などが組み合わされ、年単位の長い期間をかけた治療が行われます。とくに30代後半から40代の患者さんは、化学療法の副作用によって治療後に閉経する可能性や、長期的なホルモン療法によって妊娠を考える時期が遅れるという問題があります。20代後半から40代前半という、仕事、結婚、出産などでライフプランを決断すべき時期に、『治療後に妊娠できるかどうか』の見通しが立たないのですから、迷いや不安は大きいといえます」

患者さんたちは、具体的にどのような悩みを抱えているのか。

「たとえば、がんになってから子どもをもっても、子どもの体には影響がないのだろうかという心配。また、エストロゲン受容体陽性の乳がんの人の場合、妊娠によってがんの再発に悪影響があるのではないかという気がかり。既婚者、単身者にかかわらず、若年乳がん患者さんの悩みは、実にさまざまです」

治療の知識をもった医療者のサポートが不可欠

Stylesは、渡邊さんとともに世話人を務めるゆりさんの体験から生まれた。彼女は、乳がんを30代前半で発症。治療後、30代半ばで再発。再発したときの心情を次のように語る。

「初発のときと全く違って、出産年齢の限界を意識し始めていました。数年間のホルモン療法を終えたら40歳にさしかかるかもしれない。いずれは子どもをもちたいという自分の望みはどうなるのか、もやもやとした悩みを抱えていました。どうしたらいいのか全くわからず、同じような悩みをもつ同病同年代の人と話したいと思いました」

このような思いを抱く患者さんは多い。けれども若年の患者さんが話せる場があまりない。

「患者同士が話せる場として、手近なのは院内の患者会です。ただし、そのような会の参加者は、乳がん好発年齢である40代後半から50代の患者さんがほとんど。ライフスタイルができあがった年長者ばかりのなかで、ごく少数派の若い患者が、恋愛や妊娠などの悩みをもちだしづらかったり、いざ話してみても共感を得られないことも多いのです」

その後、ゆりさんは院内患者会で、運良く同病同年代で同じような悩みをもつ友人ができ、その輪を広げるなかで、話すことのよさを体験。

「同病同年代で妊娠・出産という共通の関心事を安心して話せる場は、どうしても必要だと思いました」

友人たちとの間で、「若年者特有の問題を気兼ねなく話せる場をつくろう」と盛り上がった。さらに、その「場」には、正しい知識を提供してくれる医療者のサポートが必要不可欠だと、ゆりさんは考えた。そんな折にある講演会で渡邊さんと出会い、医療者として若年乳がん患者のコミュニティ運営にかかわってもらうことになった。

「私自身、若年乳がん患者さんの問題にかかわるなかで、主治医や医療者とコミュニケーションをとるためには、患者さんも正しい知識を得たうえで、しっかり話し合うことが必要だと考えていました」

知識が必要な理由には、「乳がんの患者さんが妊娠や出産の問題に心を砕いていることを、医療者側が認識できていない」ことも関係している。

現在は、乳がんに罹患しても標準治療を受けて一定の期間を経過していれば、妊娠・出産は再発に影響がないという研究結果が主流だ。ただ現状は、乳がん治療中に医師から避妊や治療後の妊娠の話題を出されることは稀で、とくにエストロゲン受容体陽性の乳がん罹患者の妊娠には否定的な医師もいる。

「事実、患者さんのほうからは、話を切り出しにくいものです。話し合いのためには、医療者と患者さん双方がこの問題に対する関心をもつことから始める必要があります」

「将来、妊娠を考えていますか」医療者からひと言あれば

Styelsの発足までの約1年間の準備期間に、渡邊さんら発起人と協力メンバーたちは、定期的に集まって若年乳がん患者さんたちの思いや状況を共有してきた。そこで明らかになったのは、「医療者にはもっと、患者に情報を伝えてほしい」という要望だ。

「患者さんのなかには、『治療後には妊娠してもよい』ことを知らなかったという人もいます。また、予期しない妊娠によって、治療の継続に問題が生じる患者さんがいることを考えると、現場でそのあたりの情報提供があまりなされていないように感じます。できれば最初の治療のときに、医療者のほうから『子どもをもちたいという将来の希望がありますか』というような問いかけをしてほしいのです」

妊娠・出産が患者の関心事になるころというのは、実は、医療との接点が少ない時期であることも多いという。

「治療開始の時点では、当面は治療が第1の関心事です。術後、その後の治療の目安が見えてきた段階で、家事がどの程度できるか、仕事が続けられるかなどの見通しが立ってきます。妊娠や出産のことに関心が及ぶのは、さらにその後かもしれない。最初の治療から、だいたい1~2年経っていて、たとえば外来通院で治療中とすると、相談する相手は側におらず、情報も得にくい。本当なら、妊娠・出産のことが気になり出す前に、1度でも関連する情報を医療者から提供しておいてほしい。そうすれば、患者さんは動きやすいのです」

渡邊さんは、化学療法を受けるがん患者さんとパートナーが、妊娠・出産や性生活についての情報を得られる小冊子『化学療法を受ける大切なあなたへ そしてあなたの大切な人へ』を作成した。ここには、治療後の妊娠・出産について医師と話すときの質問の仕方なども掲載されている。

選択肢から決断した経験が人生にプラスに働く

Stylesのブログ

Stylesのブログ。ブログ更新を含むすべての運営を世話人、スタッフがボランティアで行っている

情報といえば、個々の女性の意向に合ったより豊富な情報提供を医療者に望む声も多い。

「病気を治すためには、標準治療の選択が基本です。ただし、年齢的なリミットが近づいていて、どうしても子どもが欲しいというご夫婦であれば、がんの様相を鑑みて、たとえばホルモン療法の期間を短縮するなどの方法が検討されることもあります。また、既婚者であれば、治療前に受精卵として凍結保存する、またはシングルの方には、まだ臨床試験中ではありますが、未受精卵を凍結保存するという方法もあります。どちらの方法も不妊治療に用いられる場合と同様、健康保険の適用外ですが」(渡邊さん)

実際にそのような選択をする人は少数である。とはいえ、そのような選択肢があることを知ったうえで選択しないのと、治療後に知って「やっておけばよかった」と後悔するのでは、当事者の心情は全く異なると、ゆりさんは話す。

「『必要な情報を得たうえで、自分で決定できた』という経験は、がん患者が病気とともに主体的に生きていくうえで大きな意味をもちます。だからもっと個人に合った情報がほしいのです。私たちStylesからも、今後さらに多くの情報を届けたいと思います」

同病者の考えに触れるなかで自分の価値観が見えてくる

9月に行われた第2回のStyles Cafeの様子

9月に行われた第2回のStyles Cafeの様子

Stylesの活動内容は、「Styles Cafe」というおしゃべりの会、テーマ別に少人数で行う学びの会「ちえゼミ」、いきいきときれいであるためのメイクレッスン「Styles Beauty」の3つを柱としている。「Styles Cafe」は、第1回を7月に開催。10数名が集まり、実りあるひとときを過ごした。

「その日初めて会った方がほとんどでしたが、1時間と少し、すごく盛り上がりました。思いっきり話せて『すっきりした』という表情で帰られた様子が印象的でしたね」

だれでも気軽に参加できる場であるために、会員制はとらない。参加条件は、Stylesのコアテーマである「乳がん医療とリプロダクティブ・ヘルス()」に興味をもつ若年で乳がんを体験した人だ。年齢による区切りも設けていない。

「いろいろな人の悩みや生き方に直に接することで、自分の『立ち位置』というか、価値観が見えてくることがこのような集まりのよさかと思います。がん体験者には、病気になる以前の自分の生き方を大切にしながら、病気とともに生きる方法を模索するという、パワーのいる作業が求められます。ここは『がんになっても子どもを生もう』という会ではありません。患者さんたちは、がんになる前の生活で大切にしていたものと治療とを結びつけていけるように、医療者に働きかけるための情報や元気を求めています。それができる場でありたいと考えています」

リプロダクティブ・ヘルス=子どもをもつ・もたない、何人もつか、いつもつかを決める自由が保障されるという健康概念


Styles~Young Breast Cancer Survivors (若年乳がん体験者のためのコミュニティ)事務局

世話人 渡邊知映ほか、若年性乳がん体験者1名
Eメール: styles.japan@gmail.com
ホームページ: http://infostyles.blog.fc2.com/


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