経済的支援、情報格差解消を求める、がん患者さんたちの声と活動
離島でのがん医療格差をなくし、孤独でない闘病生活を!

取材・文:「がんサポート」編集部
発行:2010年11月
更新:2013年4月

  
天野慎介さん

厚生労働省がん対策推進協議会会長代理、沖縄県がん診療連携協議会がん政策部会会長を務める天野慎介さん

離島に住むがん患者さんたちは、交通費などの金銭的な負担が増え、十分な治療が受けられないことや島特有の偏見に悩まされることも多い。鹿児島県と沖縄県の例を中心に、そんな離島での医療格差をなくそうと奔走している、がん患者さんたちの活動を追った。

『がんはうつる』――偏見が残る離島での闘病

写真:がんサポートかごしま主催の市民公開講座「がん医療を語ろ会」

がんサポートかごしま主催の市民公開講座「がん医療を語ろ会」。テーマは「医療者と患者さんのコミュニケーションを良くするには?」

写真:生命保険会社で「がん対策」について講演する、がんサポートかごしま理事長の三好綾さん

生命保険会社で「がん対策」について講演する、がんサポートかごしま理事長の三好綾さん(1番右)

がん医療の地域格差が叫ばれて久しい。地域といってもさまざまだが、その最たるものが離島におけるがん医療だろう。28の有人島に約19万人が住む鹿児島県や、沖縄本島以外の39の有人島に約12万人が住む沖縄県などに代表される島国日本では、国民の生活を左右する切実な問題だ。

たとえば、鹿児島で1番大きな離島である奄美大島にもがん診療連携拠点病院(以下、がん拠点病院)はあるが、きちんとした説明が足りないことで設備や治療に不安を持ち、できれば本土の鹿児島市内で治療したいと考える患者さんも多いという。しかし、抗がん剤や放射線の治療費に加え、旅費、宿泊費などがかさむので、経済的負担は大変なものになる。さらに、問題はお金の面だけにとどまらない。

鹿児島市でがん全般の患者会として活動するNPO法人「がんサポートかごしま」理事長であり、厚生労働省がん対策推進協議会委員でもある三好綾さんは、こんな例を挙げた。「先日、患者会の仲間である、奄美大島に住む乳がん患者さんが亡くなりました。彼女は家族が付き添うとお金がかかるので、つらくても鹿児島市の病院に1人で通院することもよくありました。正規料金だと飛行機の運賃が1人往復約5万円近くもかかるからです。しかし、脳転移してしまい、体調が悪くて飛行機にも乗れなくなりました。『脳外科の専門病院が近くにあれば、車で通って最新の治療を受けられたかもしれないのに……』という彼女の言葉が忘れられません」。自身も乳がんを経験した三好さんは声を落とした。

沖縄県も同じ状況だと話すのは、同じく乳がん患者で看護師の上原弘美さん。沖縄本島のがん拠点病院、琉球大学医学部付属病院がんセンター主催の患者会「沖縄県がん患者ゆんたく会」会長を務める。「放射線治療は沖縄本島でないと受けられないため、アパートを借りる方もいます。さらに『がん=死』『がんはうつる』といった偏見が、島が小さくなればなるほど残っています。そのため誰にも悩みを話せず、1人で抱え込んで闘病している患者さんが多いのです」

ひど過ぎる離島の医療環境

悪性リンパ腫を乗り越えたサバイバー、天野慎介さんは、悪性リンパ腫の患者団体NPO法人「グループ・ネクサス」の理事長を務めている。がん対策に関して積極的に提言する姿勢が評価され、現在は厚生労働省がん対策推進協議会会長代理や沖縄県がん診療連携協議会がん政策部会会長などを歴任しているが、後者のタウンミーティングには離島ならではの厳しい実例が寄せられていると話す。

「たとえば、認知症の患者さんが夜通し叫び、大便や小水を垂れ流しているすぐ隣で、がん患者さんが最期を迎えなければならないこともよくあると、ある医療関係者が話していました。緩和ケアのサポートがどうのという前に、離島の医療環境がひど過ぎます」と天野さん。

「離島でも本土や沖縄本島と同じ医療を受けられるのは理想ですが、予算も限られたなかですべての病院が最新の医療設備を整えるのは無理でしょう。しかし、何の情報も持たないまま治療を受けるのと、本土や本島ではこんな治療も受けられると知った上で島での治療を選択するのとでは全然違います。患者さんが本島で治療を受けたいと思ったら経済的な支援は最低限必要だし、離島での治療を選ぶなら可能な限り良い治療を受けられる連携体制をしっかりつくってほしい。地域連携や在宅医療の体制がしっかり整備されていないから、積極的な治療を受けられない患者さんが見捨てられた感覚を持ってしまうのです」(天野さん)

24時間コールセンターの設置を要望

天野さんは、すべての患者さんが納得して標準的な治療を受けるために最低限必要なのは、“情報”と“セカンドオピニオン”だと強調する。このうち、離島やへき地における情報格差を解決するための提言を聞いた。

離島では、医療情報が圧倒的に足りない。インターネット上では国立がん研究センターがん対策情報センターが発信する『がん情報サービス』や『患者必携』を見られるようになったが、高齢の患者さんがアクセスするのは難しいだろう。そこで必要になるのは、患者さんの悩みに応えたり、さまざまな情報を提供してくれる相談場所だと天野さんは話す。

「以前より患者さんから繰り返し要望が出されているのが、全国で1カ所の“24時間コールセンター”の設置です。そこに電話をすれば、その場で解決できなくても『ここに相談すればいいですよ』と教えてもらえる機関です」

こんな機関があれば、離島に住んでいても、欲しい“情報”や“セカンドオピニオン”にたどり着きやすいだろう。アメリカにはACS(アメリカがん協会)に全米をカバーするコールセンターがあり、トレーニングを積んだ相談員が24時間体制で電話相談に応じているという。

2010年4月、日本にもこのような体制を作ってほしいと、がん対策推進協議会の委員が動いた。長妻昭前厚生労働大臣に手渡した「平成23年度がん対策に向けた要望書」にコールセンター設置の項目を盛り込んだのだ。

「長妻大臣(当時)もその重要性は認めてくださったので、実際に予算に盛り込まれるかどうか期待しています」(天野さん)

離島住民への経済的支援をがん条例の項目に盛り込む

写真:仲井眞弘多沖縄県知事(右から3人目)に「県がん対策推進基本条例」制定を要請した沖縄県がん患者会連合会役員ら

仲井眞弘多沖縄県知事(右から3人目)に「県がん対策推進基本条例」制定を要請した沖縄県がん患者会連合会役員ら。右から2人目が事務局長の上原弘美さん

各地の患者会も動き始めている。各都道府県のがん対策推進基本条例制定に向けて、がん患者会やその連合会などが条例案を作成し、都道府県に制定の要望書を提出する活動が各地で起こっているのだ。がん対策推進基本条例は、すでに神奈川、新潟、岐阜、奈良、鳥取、島根、徳島、愛媛、高知、長崎の計10県で制定されているが、いずれも患者会などを通して患者さんの声が反映・集約され、地域の特性に応じた内容となっている。

これに続けと沖縄県でも条例案制定に動いている。今年5月、上原さんが事務局長を務める沖縄県がん患者会連合会が県に条例案を提出し、さらに患者会や行政関係者、医療関係者などで構成される沖縄県がん診療連携協議会も7月に修正条例案を提出した。この案には「県は、離島地域に居住する県民が離島地域以外でがん診療を受けるにあたって必要な、経済的支援に関する施策を講ずるものとする」という項目も含まれている。

鹿児島県でも「がんサポートかごしま」が6月の県議会に条例制定を求める陳情を出した。三好さんは「残念ながら継続審議という結果だったので次回の議会に期待します」と話す。

離島で開催した市民講座やがん患者会が好評

写真:沖縄県の北部・中部・南部の合同ゆんたく会

沖縄県の北部・中部・南部の合同ゆんたく会。活動は宮古島や石垣島など離島にも広がりつつある

離島での活動も徐々に活発になっている。鹿児島県では、離島でがんに関する市民講座を開催すると、毎回満席になるという。島民がいかに情報を求めているかがよくわかる。2009年8月には「離島にこそ、がん患者が集まれる場所が必要」との声を受け、大島病院の協力のもと、院内で公開講座を開催し、それをきっかけに患者サロンが立ち上がった。

「月1回開催している患者さんの交流会は『誰にも話せなかった悩みを共有できる』と喜ばれています」(三好さん)

沖縄県でも、今年2月に宮古島で緩和ケア研修会が開催されたのを機に、月1回ペースで宮古島や石垣島で「ゆんたく会」が開催されている。これは、琉大病院内の患者会「ゆんたく会」が本島のほかの地域や離島にも広がったもの。「医療者とほどよく絡みながら、宮古島、石垣島など離島での心のケアの問題を皆で考えていきたいと思っています」と上原さんは意欲を語る。

離島のがん医療を充実させようとさまざまな動きはあるが、問題はまだ山積みだ。天野さんはたとえば、がん拠点病院制度の問題を挙げる。沖縄に、放射線治療機器がないためにがん拠点病院の指定から外れてしまったけれども、特定のがん種には実績のある病院がある。

「そういう病院には予算が投入されればよいのに、現行制度ではそうはいかない。地域独自のがん拠点病院が国の制度でも認められるべきです」と天野さん。

「06年にがん対策基本法が成立しましたが、現場ではがん医療がよくなったという実感がありません。厚労省は患者さんや医療関係者など現場の声をもっと聞くべき。その代表が集まる、がん対策推進協議会の意見ももっと取り入れてほしいです」

離島で受けたい治療を受けられず、だれにも悩みを相談できないまま、がんと闘う患者さんが1人もいなくなる日を目指す。そんな思いを胸に、今日も多くの患者さんたちが闘っている。


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