インプラント再建にも保険適応を
「治療して終わり」ではない! 失った乳房をきれいに元に戻すために
近年、乳がん患者の間では、手術後の「乳房再建」に対する注目が高まっている。だが、情報不足や費用の問題などもあり、実際の再建率はまだまだ低いのが実情だ。そんななか、再建を希望する患者のためのサポート活動を展開しているのが、KSHS(キレイに手術・本音で再建)である。
KSHS世話人代表・
乳房再建サポーター
溝口綾子さん
乳がん手術による乳房喪失は、患者さんにはかり知れない苦痛をもたらす。「自分の裸体を見るのも、見られるのもつらい」「パートナーとの関係に自信が持てない」といった精神的苦痛のみならず、乳房喪失による肉体的なバランスの変化に悩まされている女性も少なくない。
そんな乳がん患者にとって福音となっているのが、「乳房再建」だ。近年は乳房再建の技術も進歩し、体の組織の一部を移植する自家再建や人工乳房による再建(インプラント法)、がんの摘出と同時に行う同時再建など、さまざまな方法によって行われている。だが、実際に再建するとなると、仕上がりや費用、体に及ぼす影響などの点で、不安も多いのが実情だ。
そんななか、乳房再建を希望する患者さんのサポート組織として09年2月に発足したのが、「KSHS」である。KSHSとは「キレイに(K)手術(S)・本音で(H)再建(S)」の略。現在KSHSでは、再建経験者が中心となって、乳房再建を考えている患者さんの相談に対応しているほか、セミナー開催や交流会などの活動を行っている。
KSHSの乳房再建サポーター兼世話人代表を務めるのが、歯科衛生士の溝口綾子さんだ。
乳房喪失は男性が想像する以上に、女性にとっては大きな問題である。なかには「おっぱいを取るぐらいなら手術しない」という人もいるほどだ。そんな患者さんも、乳房再建によって元通りになるということがわかれば、希望を持って治療が受けられるのではないか。自分が再建によって得た喜びを、ぜひ他の人にも味わってほしい――そう、溝口さんは語る。
体に負担の少ない、楽な方法で再建したい
溝口さんの乳がんが発覚したのは、07年4月のこと。市の乳がん検診で異常が見つかり、乳がんの告知を受けた溝口さんは、複数の病院でセカンドオピニオンを求め、最終的に聖路加国際病院での治療を選択。翌月から半年間の術前化学療法がスタートした。
当初は、「乳房を全摘して再建したい」と考えていたという溝口さん。だが、4センチ以上あったがんが抗がん剤により縮小したため、主治医から乳房温存手術を勧められ、一時は「再建という構想がなくなりかけた」という。だが、術前検査により、縮小したがんが2カ所に分散していることがわかり、乳房全摘の方針が決まった。こうして11月末、皮下乳腺全摘による手術(皮膚や乳頭・乳輪を残したまま乳腺を全摘する手術)が行われた。
術後の経過は良好で、半年後の乳房再建をめざし、3月から準備を開始。聖路加国際病院の患者サポートプログラムで、乳房再建の患者会を紹介され、月1回出席するようになった。
「その会の席上で、再建経験者の皆さんが上半身裸になり、再建した胸を見せてくださったんです。再建といっても治療法はさまざま。その結果を1度に見せていただけたことは、とても参考になりましたね」
これがきっかけとなり、本格的な医師選びがスタート。溝口さんは紹介状を持参して、乳房再建で著名な3人の医師を訪ねた。
乳房再建の方法は、背中や腹部の皮膚や脂肪などの一部を移植する自家再建と、人工乳房を挿入するインプラント再建の2つに大別される。
溝口さんの相談を受けた3人の医師は、三者三様に前記の再建法を提案。そのメリット・デメリットを比較した結果、溝口さんは、1回の手術でインプラント再建を行うナグモクリニック総院長の南雲吉則さんに手術を依頼することにした。
「まず、自家再建かインプラント再建かという点では、後者を選びました。乳がんの全摘手術でつらい思いをしたので、再建はできるだけ体に負担をかけない、楽な方法で受けたいと思ったのです」
3人の医師を訪ね、再建方法を比較検討
ただ、自家移植は保険が適応になるのに対し、インプラント再建は保険が適応にならない。したがって、治療費がかさむというデメリットがある。
「がん治療でお金がかかっているのに、再建にまでお金をかけるなんて、贅沢?」そんなためらいがなかったわけではない。だが、溝口さんにとって再建とは、「今までがんばった自分へのご褒美」でもある。溝口さんは、体に負担の少ないインプラント再建を選んだ。
インプラントによる再建方法では、エキスパンダー(組織拡張器)で皮膚を伸ばしてから人工乳房を挿入する「組織拡張法」と、皮膚の拡張を行わずに1回の手術で大胸筋の下に直接、人工乳房を挿入する「単純人工乳房挿入法」の2つがある。決め手となったのは、手術時期と費用だった。
実はこの時期、溝口さんの焦燥感はピークに達していた。再建を思い立ち、実際に動き始めたことが、かえって乳房の喪失感をきわだたせたのだ。顔を洗うたび、洗面所の鏡には、前かがみになったパジャマの隙間から胸の部分が映り込む。喪失感に苦しめられ、「一刻も早く胸を作りたい」という思いが募った。
「組織拡張法を提案された医師の話では、最初の手術ができるのが年末で、エキスパンダーでの拡張にも8カ月ぐらいかかるとのこと。大胸筋の下にエキスパンダーを入れ、生理食塩水を注入して通常の1.5倍まで皮膚を伸ばすのですが、その過程がけっこうつらいという話も聞きました。一方、南雲さんからは、エキスパンダーを使わずに人工乳房を挿入する方法を紹介された。この方法なら1回の手術で早く再建でき、おまけに費用も抑えられる! そこで、南雲さんにお願いすることに決めたのです」
再建で得た喜びを伝えていきたい
「再建をして、失ったものを取り戻したこと、コンプレックスがなくなったことに、ただただ喜びを感じました」
乳がんを患っても、元に戻れる――そんな思いから、再建を考えている患者さんをサポートしていくことを決意した。南雲さんの協力と共に、KSHSが発足した。09年2月、医師と患者が本音で語り合うセミナーがスタートし、これまでに6回のセミナーが開催された。乳房再建で著名な医師が講師を務めるとあって、回を追うごとに参加者も増え、ときには70名を超えることも。最近は、経験者による「体感会」も好評だ。
「体感会では、再建を希望している人が参考にできるよう、経験者に再建した胸を見せてもらいます。乳房再建の方法は医師や術式によって違いますが、この体感会では、ふだん見る機会のないさまざまな再建例を一挙に見て触れられます。“百聞は一見にしかず”。これから再建を受ける人には、大変参考になると思います」
インプラント再建の保険適応を求めて
KSHSの活動を通じて、日々、乳房再建に対する期待の高まりを実感しているという溝口さん。しかし一方では、問題も感じているという。それが、インプラント再建が保険適応ではない点だ。
自家移植再建は3割負担で、約30万円の負担。しかしインプラント再建では、約60~100万円かかる。
「『がんの治療だけでもお金がかかるのに、家族にこれ以上負担をかけられない』『再建したくても、お金がかかるので踏み切れない』という声をよく聞きます。誰も好きでがんになったわけではない。悪いところを切除するだけでなく、元の状態に戻すまでをトータルで治療と考えていただければ……。その意味でも、自家再建だけでなく、インプラント再建も保険適応にして欲しいのです」
そう溝口さんも語る通り、乳房再建に対する医療者の理解は、必ずしも十分とはいえない。がん医療にかかわる外科医の多くが、乳房の形成までは視野に入れていないのが実情だ。
「乳がん患者さんにとって、外科治療と形成は一体のもの。にもかかわらず、治療が終わると、患者は自力で乳房再建の道を探さなければならない。今は再建の技術も進歩し、手術の際に同時再建が行われる例も増えました。『治療して終わり』ではなく、『きれいに元に戻すことが大切』だということを、医師の方々にも患者さんにもわかっていただきたいですね」
現在、KSHSでは、インプラント再建の保険適応に関する署名活動を展開中。「11月の国際乳房オンコプラスティックサージャリー(腫瘍形成外科)学会に向けて、数万人レベルで署名を集めたい」と溝口さんは目標を語る。
自家再建とは異なり、体の組織をとるためにメスを入れる必要がない、日帰り手術が可能で、社会復帰も早期化できる、など、インプラントによる再建のメリットは少なくない。
「乳房再建に対するニーズは高まっています。でも、乳がん患者さん全体からみれば、再建率はまだまだ低い。費用のことを気にせず、自家再建もインプラント再建も選択できるように、これからも活動していきたいと思います」
KSHS(キレイに手術・本音で再建)
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