乳がん体験者から、医療者には聞けない、生きた生活の知恵を得る
顔と顔を合わせて、気軽に乳がんの悩みが相談できる場「あけぼのハウス」

取材・文:常蔭純一
発行:2010年7月
更新:2013年4月

  
写真:富樫美佐子さん
あけぼの会副会長の
富樫美佐子さん

フェイスツーフェイスで、気軽に、乳がんの悩みを相談できる場を持ちたい――。そんな思いから立ち上げたのが、乳がん患者会あけぼの会が主催する「あけぼのハウス」だ。原則週に1度開かれるこの相談の場は、乳がん患者さんだけではなく、すべての人に開かれている。

顔と顔を合わせて相談できる

写真:あけぼのハウスの様子

「顔と顔を合わせて、悩みに一緒に向き合いたい」という思いから立ち上げられたあけぼのハウス

乳がん患者さんや家族が何でも話せ、何でも聞くことができる「開かれた相談の場」として「あけぼのハウス」がスタートした。乳がん患者なら1度は聞いたことがあろう、30年以上の歴史を持つ乳がん患者会「あけぼの会」が主宰している相談所だ。原則週に1度、東京都の東急田園都市線池尻大橋駅にほど近い大橋会館で開かれている。

「ある日、奥さんががんになったという男性があけぼの会の扉を叩いたんです。それまでは、患者会のイベント以外での相談の場はありませんでした。電話やネットでの相談ではなく、顔と顔を合わせて、悩みと向き合う場所が必要だと実感したのです。がん患者は誰もが不安のなかで手探りで治療に向かっています。あけぼの会では、誰もが気軽に、そして本音で何でも話し合える開かれた相談の場を常設したいと考えてきました。でも資金やスタッフの問題もあってずっと実現できないでいたので、今回実現して感無量です」

と、あけぼの会会長のワット隆子さんは語る。

一般にがん患者会が主催するイベントでは、参加者には参加条件としてその会の会員であることや、がん患者であることが求められる場合が多い。

しかし、ワットさんの言葉からもわかるように、このあけぼのハウスでは会員以外、さらにがん患者でなくても参加することができる。実際、取材班が訪れた日も、がん患者や家族に混じって、一般参加者も参加していた。このような「公共性」が、この相談会の大きな特長だ。

「あけぼのハウスにはがん患者でない人たちにもどんどん参加してもらいたいと思っています。そのことでがんをめぐる問題を広く社会に伝えていきたい。そして私たちも一般の人たちの意見を聞いていきたいと思っているのです」

と、乳がん再発体験を持つ、あけぼの会副会長の富樫美佐子さんはいう。

病院に相談の場をなかなか見つけられない

富樫さんがいうように、がんという病気には、さまざまな疑問や不安が付随する。検査や治療はいうに及ばず、経済面から生活面、さらには心の持ちようについても、患者は悩み、相談相手を求めている。だが実際には、なかなかそうした相談の場は見当たらないのが実情だ。

といって、医師や看護師は仕事に忙殺されており、なかなか患者個々の声にまで耳を傾ける余裕が持てない。

「ある患者さんは治療について相談しようと、予約日以外の日に診察室を訪ねたところ、ルール違反だと医師から突き放されたといいます。医師や看護師と患者との間には、やはり目に見えない壁があるのです。がん拠点病院などでは相談センターが設けられていますが、だからといって、必ずしも聞きたい回答が返ってくるというわけではありません。がん患者が本当に聞きたいことは、教科書に書かれているような事柄ではありません。医師の方たちから見れば些細なことと思われがちな生活に根づいた事柄が、患者にとっては、切実な問題になっていることが少なくないのです」(富樫さん)

富樫さん自身、初めてがんを患ったときには、病気や治療法、副作用についてはむろんだが、いつになったら仕事ができるのか、いつになったらスポーツができるのか、いつになったら家事ができるのか、という生活上の不安が大きく去来したという。しかし、残念ながら、そうした不安をぶつける相手を見つけることができなかったそうだ。

そのこともあるのだろう。あけぼの会に入り、病院内で患者さんたちの話を傾聴し、さまざまな相談支援を行うABCSS(Akebono Breast Cancer Support Service)という病院訪問のボランティアの存在を知った時には、これこそが自分の求めていたものだと強く共感した。

「結局のところ、がん患者の気持ちはがん患者でなければ共感できない部分が少なくないということでしょう。先輩がん患者が実際に体験した話こそが患者の切実な疑問に対する回答でもあるのです。そうした生きた話を聞くことが、がん患者には大きな糧になり、また精神面での励ましにもなるのです」(富樫さん)

しかし現実には、病院側の敷居は高く、あけぼの会ABCSSの活動は、全国を見渡しても16病院でしか受け入れられていない。あけぼの会では、他にも相談の場として講演会や勉強会などで質疑応答の時間を設けているが、それだけでは多くの患者の疑問に答え切れない。あけぼのハウス開設は、そうした壁を打開しようという意図も込められているようだ。

医療者には聞けない生活の知恵

写真:グループに分かれての話し合い

この日、再発乳がん患者が自らの体験談を披露した後、グループに分かれて、それぞれの悩みについて、話し合った

写真:乳がんについての資料

あけぼのハウスでは乳がんについての資料も提供している

では、このあけぼのハウスの場で実際にどんなことが話し合われたのだろうか。話し合いの中心になるのは、病院や医師の選び方や治療法についてのやりとりだ。また生活面で先輩患者の知恵を聞きたいという相談も少なくない。

「医療に関して私たちは意見を述べる立場にないので、自分たちの体験を話すようにしています。皆さん、熱心に耳を傾けてくれます。それに医療者には聞けない生活に関する事柄も、この場なら遠慮なく質問できます」(富樫さん)

ある日、出てきた質問に「薬の飲み方」があった。薬の飲み忘れだ。薬を常用している人にはよくありがちなことだ。この質問に富樫さんは自らの体験を通して、前の晩に1日分の薬を収納して、目に付くところにおいておくことを提案した。

また抗がん剤治療で生じる副作用の脱毛対策としてウィッグ(カツラ)利用についての質問もあった。それには費用を抑えることを最重点に選択することをアドバイスした。

「一時的に利用するだけのものですからね。通販で販売されている安価なものを勧めます。医療用のウィッグはあまりにも高額すぎる。そうでなくても治療に多額の費用がかかるのだから、個人の価値観もありますが、そんなところにまでお金をかける必要はないと思います」

体験者に不安をはき出し、落ち着いた

もちろんミーティングでは、もっと切実な問題も話し合われている。東京・江東区から訪れた49歳の一般参加者の話だ。6年前に初めて左乳房に乳がんが見つかった後、5年間は異常がなかった。しかし昨年になって、右の乳房に新しいがんが見つかったという。

「初めてがんが見つかったときには病院側に提示された治療をそのまま受け入れましたが、今度は自分で納得できる治療をと思い、セカンドオピニオン()を利用することにしました。でも、乳房のしこりが気になって仕方ない。一刻も早く楽になりたいのです。いい治療を、迅速に受けるには、どのように病院を選べばいいかと相談にやってきました」

この参加者にとって、先輩患者との話し合いはかなり有意義であったようだ。

「いい治療を受けるには自分と相性の合う医師や病院を見つけることも大切だといわれました。乳がんは他のがんほど進行が速くないので、時間をかけて自分に合う病院や医師を探してはどうかとも諭されました。そういわれると私は焦りすぎていたようにも思います。これから少し時間をかけて病院探しをしていこうと思うようになりました」

このような相談で大切なのは、いかにして相談者の気持ちを汲み取るか、ということに尽きると富樫さんはいう。

「泣きたい人には思い切り泣かせてあげればいい。そうして涙が枯れ尽くしたところで現実に向き合えばいい。あけぼのハウスから帰って行く人の表情は、来場したときとは打って変わって皆一様にイキイキとしています。同じがん患者と接して自分は1人ではないと実感し、生きる力を得ることができたからではないでしょうか」

そうした参加者の表情を見るたびに、自分も力をもらったような気になると富樫さんはいう。

あけぼのハウスは、患者同士が、そして患者と一般の人たちが互いの思いを重ね合わせる場でもあるようだ。この開かれた「交歓の場」が、これからどんな広がりを見せていくか大いに注目したい。

セカンドオピニオン=「第2の意見」として病状や治療法について、担当医以外の医師の意見を聞いて参考にすること


あけぼのハウス(大橋会館で開催)
〒153-0043 東京都目黒区東山3-7-11
開催日:HP参照、あけぼの会に連絡 時間:13:00~19:00 参加費:無料
申込先:あけぼの会事務局
TEL:03-3792-1204(月~金 10:30~16:30)
FAX:03-3792-1533
Eメール
HP


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