社会が変わるのはもう待てない。がん患者で作るビジネスモデル
職場に復帰したいがん患者さんを支えて!

取材・文:町口充
発行:2010年6月
更新:2013年4月

  
写真:桜井なおみさん
キャンサー・ソリューションズ株式会社
代表取締役社長の
桜井なおみさん

がんになって多くの人が直面する共通した問題が、がんを理由に退職や転職を迫られ、生活上の不安を抱えること。そんな中、がん体験を前向きにとらえ、就労・雇用支援に取り組んでいる「キャンサー・ソリューションズ(株)(CANSOL)」の声を聞く。

3人に1人が転職。解雇・退職も

写真:キャンサー・ソリューションズ(株)(CANSOL)

「企業や行政が変わるのを待っていては遅い。自分たちで解決策を」。CANSOLは桜井さんらのそんな意志から立ち上げられた

「キャンサー・ソリューションズ」は、がん体験者の就労・雇用支援を目的につくられた社会貢献型の株式会社。代表取締役社長の桜井なおみさんをはじめ、スタッフの多くが、がん体験者です。本格的に事業開始に至るそもそものきっかけも、桜井さん自身の体験から出発しています。

「04年、37歳のときに乳がんが見つかり、乳房全摘手術を受けました。当時、私は造園専門家として設計事務所に勤務し、忙しい日々を送っていましたが、

がん治療のため8カ月間会社を休み、その後復職しました。ですが、通院のため有給休暇はあっという間になくなって、あとは通院するごとに欠勤扱い。夏休みも全て通院。化学療法やホルモン療法の副作用、術後の後遺症に悩む中、それでも仕事量は病気になる前と同じだけあり、結局、『このまま働き続けるのは無理』と退職せざるをえませんでした」と桜井さんは、がんと闘いながら勤務していた当時の状況を振り返ります。

「勤めていた会社はまだ新しい会社で、就業規則があるようなないようなところでした。がんでなくても、病気になったらどう対応していいか、どれだけの仕事量を与えたらいいか、会社もわからないような状態でした。でも、仕事を失って初めて、働くということが自分にとっていかに大切か、自分のアイデンティティになっているかを、私は退職してから知りました」

その後、新たな職を得た桜井さんですが、同じがん体験者らと共に「HOPE★プロジェクト」というNPO法人組織を設立。「すべての人が能力を発揮できる協働・共生型社会」を目指す活動に取り組み始めました。

07年9月からは東京大学医療政策人材育成講座に参加。桜井さんが選んだ研究テーマは「がん患者の就労・雇用支援」問題。

「研究にあたって、がん患者を対象に行った調査では、がん患者の厳しい就労環境と、その一方で旺盛な就労意欲があらためて浮き彫りになりました」

調査では、就労している人の4人に3人は「今の仕事を続けたい」と希望。しかし、現実は3人に1人は、がんと診断されたあとに転職し、そのうち解雇・依願退職は約1割。約4割の人が診断後に収入減となっていました。 「また、就労者の約6割が仕事の継続に不安を感じる一方、未就労者の8割以上は就労を希望していました」

研究の成果は09年7月に「病とともに歩む人が、自分らしく生きていくために――がん患者の就労・雇用支援に関する提言」としてまとめられましたが、その後も仲間たちと、働きたくても働けない、自分らしく生きたくても生きられないがん体験者の現状について語り合う中で、思い至ったのは「もはや問題提起にとどまっている段階ではない」ということでした。

「がんは昔と違って必ずしも亡くなる病気ではなくなり、時間はかかるけれども治る人が多くなってきている。がん患者さんの就労問題も新しい目で見直すべきなのに、がん=死という古いイメージはそのままで、社会は何も変わっていない」と桜井さんは訴えます。

がん患者の意欲を知らない企業と社会

写真:キャンサー・ソリューションズ事務所に集うスタッフ、サバイバーたち

キャンサー・ソリューションズ事務所に集うスタッフ、サバイバーたち

がん患者・がん体験者はどんな現実に直面しているのでしょうか。

「今は化学療法にしても入院ではなく外来治療が増えてきています。そうすると頻繁に通院しなくてはいけなくなりますが、通院しながら仕事を続けることが就業規則などで守られていないので、両立が難しくなるケースがけっこうあります。病気や通院を隠しながら仕事をしている人もいるわけで、そうなると『○○さんは何であんなに休むのか』とウワサになったりして、結局は居づらくなってしまうのです」

がんについて企業が十分に理解していない問題もあるといいます。

「たとえば、がんになった社員に会社がいう言葉に『病気はいつ治るのか。予定が立たないと困る』というのがあります。『病気を100パーセント治してから出社してください』と言われた人もいます。でも、たとえ手術でがんを摘出しても、いつ再発するかわからないのががん患者です。乳がんの場合、10年間は再発の心配があるといわれますから、『だったら10年間休まなくてはいけないの?』となってしまいます。私の場合も、会社から5年間はこの仕事をひとりで担当して欲しい、といわれても、がん患者は来年どうなっているかわからない。ひょっとしたら再発しているかもしれない。そうなると、『できます』と安請け合いはできないから、正直にいうほかはありません。すると、会社からは『やる気がないんじゃないか』ととらえられ、会社との間にすごいギャップを感じるようになってしまいました」

そこで、桜井さんらが提言しているのは次のようなことです。

定期的・長期的な通院が必要ながん患者への「治療休暇制度」や「通院時間休制度」の確立。長期通院治療が必要な疾患については有給休暇以外に通院時間を有給認定にする。

がん患者の就労に対する社会・企業の理解促進、医療者とのパートナーシップの構築。

がんと付き合いながら仕事ができるよう、体力や治療計画に見合ったゆるやかな就労環境の提供。

旺盛な勤労意欲や学習意欲を持っているのががん患者。「命を見つめる病」から立ち上がった患者の「生きよう」とする意欲を社会全体で支援していくため「がん患者の雇用促進法」の制定など、行政のあと押し・・。

ビジネスモデルをつくり、まず実践

桜井さんらは提言の実現を訴えていますが、実現させるのは簡単ではありません。

「がん患者は現在進行形で仕事と生活への不安を抱えているのだから、すぐにでも解決してもらわなければ困ります。でも企業や行政が変わるのを待っていては遅い。だったらもう自分たちで解決策をつくっちゃったほうが早いのではないかと、がん患者さんたちが働けるビジネスモデルとしてスタートさせたのがCANSOLです」

NPOではなく株式会社にしたのは、企業として収益をあげ、それをがん患者でもある会社のスタッフに還元したいため。桜井さんはそれまでの勤め先を辞めて09年12月、取締役社長に就任。本格的な企業活動が始まりました。

今までに、神戸大学大学院での授業講義録を、スタッフとして登録した患者が分担して作成したり、製薬会社と協業してアンケートの計画・立案・実施とその集計までを行っています。

「Canなび」画面

「Canなび」からNICが運営する求人情報サイト「NIC-job」につながるので、そこに登録して仕事を探す

『がんと一緒に働こう』

『がんと一緒に働こう』(定価1365円税込、合同出版)を出版した

「製薬会社の人は自分で抗がん剤を使ったことがないから、いくら製品を作ってもどんなつらい副作用に苦しんでいるかはわからない。実際にがんを患った立場から、こういうことを聞いたほうがいいとコンサルティング(企画・立案の手助け)して、アンケートの作成からアンケートを集めて解析までするので、患者であることを武器にしたビジネスができます」

さらに、新たな取り組みとして、CANSOLが目指すがん体験者の就労支援(CSRプロジェクト)に賛同した医療関連サービスを行う株式会社日本医療事務センター(以下、「NIC」という)の協力によりスタートした「Canなび」というがん患者の就労支援ナビゲーションシステム。

NICは病院事務の業務委託などのほか、医療・福祉関連の人材派遣・紹介を行っています。また、医療・介護関連の教育講座を運営し、人材育成にも力を入れています。

「NICの人材派遣事業をCANSOLがナビゲーションし、5月1日からCANSOLのホームページで始まったのが『Canなび』です」

“Can”はWe Can、I Can(私たちはできる、私はできる)のcan、cancer(がん)のcanでもあります。「あなたの生き方をナビゲーションしますよ」というのが「Canなび」です。

「Canなび」をクリックすると、「NIC-job」というNICが運営する求人情報サイトにつながるので、そこに登録して仕事を探します。自分に適した求人がないなら、自己PRもできるので、がんを体験したことをむしろスキル材料としてアピールするのも可能です。

またCSRプロジェクトでは30代~40代でがんに罹患した25人のがん経験者と7人の支援者とともに『がんと一緒に働こう~必携CSRハンドブック~』というタイトルの本も出版(定価1365円税込)。治療しながら働くコツ、がん患者が知っておきたい権利、生活術、仕事に役立つアイテムなど、働くがん患者が知りたい情報を1冊にまとめたもので、がん体験者でもある各方面の専門家が執筆しています。

5月1日のメーデーの日には、本の出版、がん患者の就労支援サービスの開始と共に、東京・恵比寿でシンポジウムを開催。「病で人を区別するのでなく、だれもが自分らしく生きられる社会」の実現に向けた取り組みが本格化しています。


キャンサー・ソリューションズ株式会社
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