患者さんが自分の意志で正しい情報を得られるようにサポートする
情報の地域格差をなくそう! 大阪発の情報発信基地が誕生
NPO法人キャンサーネットジャパン
大阪事務局の
橋本真由美さん
がんに関する新しい情報は首都圏一極に集中しがちだ。それによって、地域で情報や受けられるサポートに差が生じている。そんな地域格差を解消しつつ、1人で悩み、戸惑う患者さんに救いの手を差し伸べていきたいと、NPO法人「キャンサーネットジャパン」は大阪事務局を2009年5月に新たにオープンさせた。
「私たちキャンサーネットジャパン(CNJ)は、がんに関する情報サービスを提供しているNPOです。今から10年以上前に、『科学的根拠(エビデンス)に基づいたがん情報の普及』を目的に発足しました」と、2009年5月にオープンしたばかりのキャンサーネットジャパン大阪事務局で認定乳がん体験者コーディネーター(*)を務める橋本真由美さんは説明する。
キャンサーネットジャパンが、東京を飛び出して大阪に事務局を構え、いよいよ西日本発のがんの情報発信を始める。
*認定乳がん体験者コーディネーター=乳がん体験者、またはその家族が、乳がんと診断されて直面する問題を解決したり、解決に導く情報を提供できるように養成講座を受けた人
乳がんの冊子を翻訳したのが始まり
キャンサーネットジャパンの理事長を務める、吉田和彦さん(東京慈恵会医科大学付属青戸病院副院長)が持ち帰った米国の乳がん患者向け冊子を、顧問理事の南雲吉則さん(医師)と翻訳・出版・無償配布したことが活動の始まりだ。それはNIH(National Institute of Health: 米国国立衛生研究所、日本の厚生労働省に相当する)が発行していた乳がん患者向けパンフレットだったのだが、当時、日本で行われていた乳がん治療とは全く違う治療法が紹介されていた。「その頃は、海外で行われている最新の治療を知る手段がほとんどありませんでした。ですから、乳房温存療法の生存率が乳房切除術と同等であること、術中生検(*)でがんを確認し、同時に乳房を切除する1期手術は勧められないこと、患者の権利としてインフォームド・コンセント(*)や治療の選択権・拒否権があることなど、ほとんど日本では知られていませんでしたので、それらを紹介した、まさに画期的な内容だったことからマスコミでも取り上げられ、大変に話題を呼びました」と橋本さんは言う。
当時は、情報源が少ないこともあり、医師と患者の間の“情報の量の格差”が大きかったことから、患者の多くは医師の言うままに治療を受けるしかなく、そのため、本当に必要かどうかわからないまま手術を受ける患者も少なくなかったという。
「患者が安心して治療を受けるためには、医師への信頼はもちろんですが、今、自分が受けている治療がどのようなもので、どうなるのかを正確に知っておく必要があります。そうでないと患者は、『この治療で大丈夫なんだろうか』などと、不安になることも少なくないからです」と橋本さんは言う。
*術中生検=手術中に、良性・悪性を診断するために組織を一部取り出し、顕微鏡で観察する検査
*インフォームド・コンセント=患者が医師から治療方法や効果、危険性などについて、十分に説明を受け、そのうえで治療の同意をすること
科学的根拠に基づくあらゆる情報発信を行う
こうしたこともありキャンサーネットジャパンは、当初からミッション(使命)を、「がん患者が本人の意思に基づき、治療に臨むことができるよう、患者擁護の立場から、科学的根拠に基づくあらゆる情報発信を行うこと」と掲げたのである。橋本さんは、「私たちは、患者の知る権利、選ぶ権利、決める権利を守るべく、セカンドオピニオン(*)やインフォームド・コンセントを適切な形で普及させることも目標に掲げています」と説明する。
具体的な活動としては、各種がん患者向け書籍の出版や電話・手紙・メール・ファックスを利用した「セカンドオピニオンコール」(*現在はこの活動は行っていない)などのサービスなどが挙げられる。
*セカンドオピニオン=「第2の意見」として病状や治療法について、担当医以外の医師の意見を聞いて参考にすること
通院中の交通機関の利用に潜む危険
橋本さんが、交通機関の中で席に座る必要があることを周囲の乗客にさりげなく伝える「車内弱者プレート」の普及を提言するのは、もう1つ理由がある。患者さんの安全を守るためだ。
白血病をはじめとした血液がんの患者さんは、造血機能の問題から、貧血症状が現れることが多い。そのため、無理をして交通機関の中で立っていると、意識が遠のいて転倒することもありうる。血小板が減少しているときは、血液の凝固機能が低下するため、転倒や怪我から大出血につながる可能性がある。
「今はあまり見かけなくなりましたが、雨降り時に傘を脇に抱えて移動する人が多かった時期があったんですね。息子が通院治療を続けていた時もそうだったんですけど、傘の先がぶつかって怪我しないかはらはらしたことがあります」
駅の階段は、人ともぶつかりやすい。また、貧血症状がある患者さんが、下りの階段で立ちくらみを感じたら、とても危険だ。患者さんが転倒したり、何らかのアクシデントで意識を失ったとして、もしこのプレートを付けていたら、と橋本さんは言う。「血液の状態が要注意だということが、救護する人に分かりますよね」
健康な人にとって、交通機関を使った移動は、ごく普通のありふれた日常である。だが、がん患者にとっては、他の人に伝わらないつらさに耐えなければならないだけでなく、時として、生命にかかわりかねない危険と向かい合わなければならない場所でもあるのだ。
インターネットの普及が状況を変えた
インターネットの急速な普及により、現在は、キャンサーネットジャパンが設立された頃とは様子が大きく変わってきている。ネット上には、日本はもちろん世界中のがんに関する多大な情報が溢れており、誰でも手軽にそれらを手にいれることができるからだ。「でも、それらの中には役に立たない情報も山ほどあります」と橋本さんは言う。つまり現在は、“情報の質の格差”が生まれてきているということでもある。さまざまなメディアを通じて膨大な量の情報が流れ込んでくることから、患者自身がその情報に惑わされてしまい、行く先を見失っている現状があり、それを救うことが新たな使命となった。
「私も乳がん体験者なので分かりますが、がん患者は、医師から説明を受けてもはたして真に受けていいのか、ほかにもっといい方法があるのではないか、この医師よりももっと適した医師がいるのではないか、不安になってしまいがちです。がんと闘うことは無駄なのか、闘うべきなのか、それとも代替療法を行うべきかなどを迷い、さまざまながん情報の中から何を信じたらいいのか、正確な情報が知りたいと、治療しているときは本当に思いました」
大阪から情報発信、地域格差をなくす
情報についての患者さんの悩みはそれだけではない。情報は東京に一極集中していることから、地方との情報格差が生じているのも事実だ。キャンサーネットジャパンではそれを少しでも埋めたいと思い、この5月に西日本の中心である大阪に事務局を構えた。
「がんに罹って悩んでいる患者さんは、全国にたくさんいます。とくに症例数が少ないがんに罹った患者さんは、地方では、医師も臨床経験がほとんど無いため正しい治療ができない恐れもあります。そこで、大阪という、より地方に近い場所に事務局を構えることで、そういった人たちの少しでもお役にたち、また心の負担を和らげるお手伝いができたらと思っています」と橋本さんは言う。
現在、大阪事務局のボランティアスタッフは9名で、ほとんどががんの体験者である。そうした自らの経験を踏まえて、乳がん体験者コーディネーター(BEC)やがん情報ナビゲーター(CIN)の修了者となって活動している。
橋本さんもその1人であり、同NPOが活動の一環として2007年4月に立ち上げたがん情報収集のための専門家教育プログラム「乳がん体験者コーディネーター」を修了してコーディネーターとなった。
「自らの体験を踏まえながらも、それだけにこだわらず、科学的根拠に基づく情報の提供ができるのが私たちの強みだと思います。がんとの闘いには終わりがありません。だから患者が1人でいると、その家族も含めて、精神的にも肉体的にも大変です。でも、大阪事務局に来て、同じ悩みを持った人たちと触れ合うことで、『自分だけじゃないんだ』ということがわかるだけでも、全然、違うはずです」
正確な情報を伝えるナビゲーター
「私たちは医療関係者ではありませんから、患者さんに『この治療がいいです』といったようなアドバイスはできません。ですから、患者さんが自身の意志で正しい知識を選べるように “サポート”するのが仕事です」と橋本さんは、自らの仕事を説明する。
「いかに正しい情報を皆さんに伝えるかが、私たちの使命だと思っています」
橋本さんと同じく、キャンサーネットジャパン大阪事務局でコーディネーターとして活動しているスタッフの武内務さんも、前立腺がん体験者だ。
「私もそうでしたが、患者さんには常に自分1人でがんと闘わなければならないという孤独感があります。でも、自分と同じがんの患者さんと話し会う機会があれば、情報を交換し、悩みを共有することができ、気持ちが少しは軽くなると思います。また、私たちは、ときにはがんの専門家を招いて勉強会も開いていますから、そこでのスモールミーティングなどを通じて、自分の悩みを直接聞く機会があれば、きっと自分の抱えている悩みの解決の糸口になるはずです」
「がん情報ステーション大阪」が開設
さらに大阪事務局内に、「がん情報ステーション大阪」を設置し、2008年、東京ステーションで提供を開始して好評を得ている「医療用かつらのデイリース」を9月1日から開始している。さらに、その他にも、乳がん体験者コーディネーターによるピアサポート(*)プログラムや、東京には無い泌尿器がん(精巣腫瘍・前立腺がん)を対象としてピアサポートプログラムを2009年6月に、神戸でいち早く催したりもしている(*これらの活動に関する最新の情報については、「NPO法人キャンサーネットジャパン」ホームページを参照)。
今後の展開に関して、大阪の事務局の立ち上げを手伝った同会の理事・事務局長の柳澤昭浩さんはこう語る。
「活動を広げるためには、いつまでも善意のボランティアだけに頼っているわけにはいきません。長くこの仕事を続けて、がん患者さんの役に立つためにも、有償でこの仕事に従事する環境を、何とか確立したいと思っています」
既に橋本さんは、大阪事務局の有償の専任スタッフとして常駐しているが、今後は、さらにその数を増やしたいと希望を述べる。
これまで患者とその家族などに対するケアをする団体が東京に比べて少なかった大阪だが、関西に在住していて、がんの治療をしている患者やその家族で、もし治療法などで悩んでいるのであれば、1人で抱え込まず、是非、キャンサーネットジャパンへ問い合わせてみて欲しい。橋本さんが事務局で連絡を待っている。
*ピアサポート=同じ病をもつ人自身がカウンセラー(ピアサポーター)となって、悩みや問題について相談に応じるもの
キャンサーネットジャパン大阪事務局・がん情報ステーション大阪
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