承認がゴールじゃなかった。打ち破らねばならない4つの壁
10年越しの承認薬、サリドマイドが、すべての患者に届きますように!

取材・文:半沢裕子
発行:2009年8月
更新:2013年4月

  
写真:上甲恭子さん
「日本骨髄腫患者の会」副代表の
上甲恭子さん

かつて深刻な薬害を引き起こしたサリドマイド(一般名)は、治療抵抗性の多発性骨髄腫の治療薬として復活し、日本でも2008年10月、悲願の承認となった。にもかかわらず、薬が患者さんに「届かない」事態に、個人輸入のサポートまでやってきた患者会は疑問の声を上げる。


「私たちは約10年間もの間、この治療薬の承認を求め、活動を続けてきました。そして、ようやく2008年に承認されたわけですが、いざ蓋を開けてみたら、薬がなかなか手に入らないなど、多くの患者さんにご不自由をかけていることがわかりました。それを思うと、この10年間より今のほうがもっとつらく、泣きたいです」

「日本骨髄腫患者の会」副代表、上甲恭子さんはうなだれた。

患者さんのため、会では個人輸入のサポートをしてきた

会報誌「がんばりまっしょい」
会報誌「がんばりまっしょい」

治療薬とは、多発性骨髄腫の治療薬として2008年10月に承認されたサリドマイドだ。1950年代末~60年代初頭に入眠剤、精神安定剤として世界的に使われ、日本やドイツで大規模な薬害を引き起こした薬だ。妊娠中に服用したおかあさんから、手足に障害のある赤ちゃんが生まれたのだ。当然のように、日本では薬の販売が禁止された。が、その後、アメリカでハンセン病の薬として承認。また、抗炎症作用や、がんの血管新生抑制作用(※1)が確認され、炎症性の病気やがんにも効果が期待されるようになる。

中でも、有効性が世界的に確認されているのが多発性骨髄腫だ。とりわけ、再発したケースや、標準治療である抗がん剤治療が行えない治療抵抗性のケースで治療効果が報告されている。その有効性は単剤で約35パーセント、ステロイドホルモン剤との併用で約50パーセントに認められ、抗がん剤との併用ではさらに高い効果も。そのため、多発性骨髄腫の治療薬としては今日、日本をふくめ18カ国で承認されている。

1997年に発足した同会の初代代表、堀之内朗さん(2001年逝去)は、1998年、多発性骨髄腫に対する効果を検証した論文がアメリカで発表されたことを知る。

すでに闘病数年を数え、抗がん剤の効果が得られなくなっていたことから、堀之内さんは未承認薬サリドマイドによる治療を希望。主治医の協力で個人輸入を実現し、「サリドマイド治療を受けた日本人の多発性骨髄腫の患者第1号」となった。

そして、ほかの患者さんにも広くサリドマイド治療の道を開きたいと、同会は1999年、個人輸入のサポートを開始する。

ところが、がんの血管新生抑制効果が期待されたこともあり、サリドマイドの個人輸入は急増。2002年には20万錠を超える。それに伴い、一部の医療機関でのずさんな管理や国内での無許可製造などがマスコミ報道されるようになる。そうした一種の野放し状態を「見過ごせない」と、サリドマイド被害者団体も安全対策を求める要望書を厚生労働省に提出。サリドマイドの個人輸入は社会問題になっていく。

※1 血管新生抑制作用=増殖するためにがん細胞が勝手に作る血管を抑制し、がん細胞に栄養を与えないようにすること

やっと承認されたのに、患者さんの役に立たない

写真:要望書を厚労省に提出

要望書を厚労省に提出し、サリドマイドの承認を辛抱強く求めてきた

もともと、「個人輸入は緊急対策であり、最善なのは国内で薬が承認・製造・管理・供給されること」と考えていた同会は、この事態に個人輸入サポートを中止するとともに、サリドマイド承認を求める要望書を厚労省に提出。10年間、サリドマイド製造を引き受けてくれる製薬会社を探し、同製薬会社や行政、それに、サリドマイド薬害の被害者団体や医療関係者とも緊密な情報交換をしながら、サリドマイド承認を辛抱強く求めてきた。

中でも、再び薬害を起こさないよう、関係者が集まって検討を重ねたのは安全管理システムだったが、これもアメリカの管理システムを参考に厳重につくられ、やっと承認にこぎつけた。

それなのに、患者さんが薬を飲み続けられない事態が生じ、2009年3月に以下4点を訴える要望書を提出することになったのだ。

1錠6570円という高額な薬価

厚労省に対し、「緊急に対応」するよう会が求めた課題は、

1. 高額薬価

2. 不明瞭な供給体制

3. 限定的な処方可能施設

4. 個人輸入の制限

の4つだ。これらを緊急課題とした背景には、2008年12月にサリドマイドの薬価(※2)がついて以来、要望書提出日の3月2日までに同会に寄せられた220件もの相談がある。

最も多い(約30パーセント)のは、「薬が高すぎる」という相談だ。サリドマイドについた薬価は1錠6570円。多発性骨髄腫は年齢の中央値が約65歳と、高齢の患者さんが多い。3割負担で計算すると、1錠は約2000円、1カ月6万円。サリドマイド以外の医療費を加えると、総額7万円から8万円弱の医療費となるが、高額療養費制度が使えるのは8万100円から。ちょうど対象外で、最も高額な医療費を払い続けなければならない。年金生活の中、毎月6~8万円を医療費にかけるのが大変なことは、簡単に想像がつく。

※2 薬価=国が決めた医薬品の公定価格のこと。原則として2年に1度改訂される

なかなか進まない薬の供給は、煩雑すぎる手続きが障壁に

2番めに多い相談は「供給について」(25パーセント)。薬価は高いが「薬が手に入るなら、それでも我慢する」という患者さんも少なくなかったが、そのような患者さんを困らせ、同時に、医師や薬剤師など医療現場の専門家たちを困惑させたのが、なかなか進まない薬の供給だった。サリドマイドが承認されたのは、2008年10月、薬価が決定したのが12月。通常、薬価が決定したらすぐにでも供給が開始するはずだが、サリドマイドの供給開始は、翌年2月までずれ込んだ。

サリドマイドを処方してもらうには登録が必要で(後述)、その登録が6月25日の時点で1266人となっている。しかし、サリドマイドを必要としている骨髄腫患者さんにサリドマイドがまだまだ十分に行き渡っているとは思えない、と上甲さんは言う。

そうした供給不足に輪をかけて、患者さんや医療関係者を困らせたのが、相談数第3位の「安全管理基準(TERMS)」であり、第4位の「サリドマイドを処方する施設が少ないこと」だった。

サリドマイドに関して作られた安全管理基準は「サリドマイド製剤安全管理手順」といい、英訳を略して「TERMS」(タームス)と呼ぶ。TERMSはアメリカのサリドマイド管理システム「STEPS」(ステップス)にならって作られたが、予想以上に厳格・煩雑になってしまった。

患者さんはTERMSに登録するため、医師の説明を1時間聞き、同意書に署名し、理解度確認テストを受ける。しかも、処方を受けるたびに、自宅からTERMS管理センターにファクスを送信し、診察室で医師による確認を受ける。医師は医師でセンターにファクスを送って、確認済のファクスを受け取り、処方箋が出されるが、今度は病院内の薬剤部において患者さんと薬剤師が「遵守状況等確認表B」を確認し、その結果がセンターにファクスで送られ、センターから確認済みのファクスが来て、やっと薬が処方される。

こんなにきびしいのに、処方できる施設も限られて

アメリカのSTEPSも煩雑だが、手順を踏みさえすれば、多発性骨髄腫を治療している医師はだれでもサリドマイドを処方できる。ところが、TERMSにはさらに条件がつく。日本血液学会の研修施設となっている病院でしか処方できないのだ。

登録病院は全国に274、医師は1035人(4月23日現在)。と聞くと多そうだが、たとえば青森県では病院も医師も全県に1カ所だけ。患者さんは今まで通っていた病院とは別の遠い病院に通い、煩雑なシステムを乗り越えて、薬を入手しなければならない。平均年齢が65歳で、最も特徴的な自覚症状が骨の痛みという病気の患者さんにとっては、高すぎるハードルといえる。

こうした数々の障害のために、「個人輸入のほうがよかった」となるケースも少なくない。しかし、「承認されたのだから、個人輸入は不要でしょう」と、地方の厚生局が現場判断で個人輸入をストップする事態も起こり、現場はさらに混乱している。

そのため、要望書の「個人輸入の制限」で、サリドマイドの供給を受けられない患者さんのためにやむを得ず行う個人輸入継続の保証を求めた。

すべての患者さんに届くまで必要なことは何でもやる

写真:地域でセミナーを開催し、患者同士の交流・勉強会を行っている

地域でセミナーを開催し、患者同士の交流・勉強会を行っている

では、会としては事態を改善するため、どんな手立てを考えているのだろうか。まず、煩雑すぎるTERMSの見直しだ。TERMSにお金がかかることも高い薬価の原因になっているから、見直しは二重の意味で必要といえる。

供給については、製薬会社にお願いするしかないと上甲さんは語る。サリドマイド製造を引き受け、TERMSを維持・管理している藤本製薬株式会社に聞くと、

「登録された患者さんも多数となり、あとは粛々と提供していくだけです」

とのことだった。

「私たちは必要とする患者さんすべてにサリドマイドが届くまで、できることは何でもやっていく。相談事があったら、どんなことでも知らせてください」

上甲さんは会のサリドマイド担当として、自身の携帯電話番号を公開している。


日本骨髄腫患者の会
〒184-0011 東京都小金井市東町4-37-11
Eメール
ホームページ
サリドマイドに関する問い合わせ:(担当)上甲恭子


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