「患者の立場に立った看護」を信条に訪問看護センターを設立した看護師 医療者は「患者に寄り添う」視点を置き去りにしている

取材・文●増山育子
発行:2009年3月
更新:2019年7月

  
写真:藤本真知子さん
乳がん術後9年目の看護師
藤本真知子さん

患者さんの苦悩に寄り添うことを信念にしているベテラン看護師、藤本真知子さんは、その理想により近づくために訪問看護センターを設立した直後、乳がんを患った。その自身の経験から、「患者に寄り添い、共に悩み励ます」という視点を医療は置き去りにしていることをさらに強く意識するようになったという。

待望の訪問看護センター設立直後、余命2年の宣告

写真:「パールデイサービスセンター」外観
「パールデイサービスセンター」外観

明石海峡大橋をのぞむ、兵庫県神戸市垂水区。この地で、「患者の立場に立った看護」を信条とする看護師・藤本真知子さんは一念発起し、訪問看護センターを立ち上げた。

藤本さんが代表をつとめる「パール訪問看護センター」が稼動を始めたのは、2000年1月のこと。「パール」はもちろん明石海峡大橋の愛称・パールブリッジからのネーミングだ。

「患者さんにとっての最善策を一緒に考え、親身な対応がしたい」と訪問看護に懸けた藤本さん。

念願が叶ったその矢先に、乳がんが見つかった。右胸の細長いしこりに気づき、近医から紹介状を渡されて訪れたがん専門病院。そこで待っていたのは乳がんの告知、手術、そして「余命2年」の宣告だった。

「病院に勤めていた頃、医療って患者さんの視点を忘れているのではないかという疑問に何度もぶち当たったんです。そして自分ががん患者となって、心の痛みに寄り添うことが決定的に欠けている、とさらに強く思いました」

県下有数のがん専門病院で、同じ医療者として首をかしげたくなるような数々の出来事に遭遇した、と藤本さんは当時を振り返る。

医師も看護師も忙しすぎて、患者の肩に手を置く時間がない

藤本さんの主治医は手術の腕前が有名な医師だった。しかし余命2年の宣告に打ちひしがれる藤本さんに対して、「私だって明日交通事故で死ぬかもしれないのだから」とひとこと。

「そんな言葉はなんの励みにもなりません。余命告知をされるなら、『最後までよい治療方法を探していきましょう』という希望を託せる言葉も聞きたかったです」と藤本さんはいう。

「その医師の性格なのかもしれませんが、話が苦手で言葉がうまく出ないなら、血圧を測るとか、そんなアクションでもいいんですよ。パソコンの画面ばかり見ていて、私と向き合ってくれていると思えなかった。むなしさがありましたね」

また抗がん剤の投与について、「なぜその薬を選択したのですか」と尋ねたときも返答はなく、ただ「書類に印を」と迫るだけ。泣きながら判を押す藤本さんの傍らに立っていた看護師も、無言のままだった。

「あれはつらかったなぁ。せめて肩に手を添えるとか、できないものでしょうか。私は気持ちを共有してほしかったし、私なら患者さんにそうしてあげたいですよ」

医師も看護師も忙しすぎて、泣きたい患者の肩に手を置く時間も心の余裕もないのだと、藤本さんは痛感した。

「告知のとき、その記録をとるのも看護師でした。それは秘書的な仕事をする事務職員でいいでしょう。業務を見直せばいくらでも効率化できますよ。仕事を整理して、医師や看護師が本来の仕事に専念できるようにするべきです」

自助療法の持つ意味や、患者の気持ちを医療者に伝えたい

藤本さんは抗がん剤治療の後、主治医から勧められたホルモン療法はしないと決めた。病院ですることといえば半年毎の定期検診だけ。本当に治療はこれで終わりなのだろうか、あとは再発の有無を確認するだけなのか……と不安に襲われた。

仕事柄、それまでがん患者さんを看取ることはあっても、元気になる人を知らなかったという藤本さんだが、訪問看護の仕事や自らの療養生活を通じて、闘病経験を持ちつつも元気に長期生存している人たちと出会い、生きる勇気をつかみとっていった。

そして、「自分らしく生きて、死にたい。たとえダメでも自分で努力した結果であると納得したい」と考えた藤本さんは気功など自分でできる自助療法をいくつか実践してみることにした。公園で一緒に気功をする患者仲間もできた。自分にできることを、やりたいからやっている患者たちだ。 藤本さんから見ると、その効果が出ているような患者仲間がいる。しかし、皆、そのことを医療者の前では口にしない。

「医師には話す気にならないのですね。頭ごなしに否定された経験を持っていますから。大切なのは患者自身が『自分なりに努力した結果である』と納得すること。だから医師は患者さんから自助療法の話題が出ても、無視せずに耳を傾けてほしい。医師のほうから患者さんに『ご自分でいろいろ調べてみてはいかがでしょう』と振ってあげたらいいと思うのです」と藤本さんは訴える。

「そして、それを試した患者さんの調子がよければ、『よかったね』と言ってほしい。私たち患者は、医療者と一緒に考え、一緒に喜びたいんです」

主治医とは離れたが、術後9年たって再発していないのは治療がよかったのだと感謝する気持ちが藤本さんにはある。だからこそ、医療をとりまく問題について、患者と医療者とが一緒になって考えたいと願うのだ。

「医療者はがんをゼロにすることを目指しますが、患者は日常のこの暮らしが続くならば、がんが消滅しなくてもいい、がんと仲良くしていたらいいと思うわけです。考えがまったく違います。医療者には、患者さんのそんな気持ちに気づいてほしいと思います」

受け入れ先がない重症者と家族を応援する通所介護施設

余命2年と告げられ、絶望の淵に立たされた藤本さんを支えたのは、利用希望者が増え、手ごたえが感じられる訪問看護センターの仕事だった。

昨今、病院での入院期間が短くなり、在宅医療の環境を整える必要性から、訪問看護は制度的な面での改善が進んだ。

「訪問看護は週に1回程度ですが、看護師は四六時中担当の患者さんが気になっているものです。患者さんもそれがわかっているから、安心して家で過ごせるのだと思います」

訪問看護師が患者さんにとって心強い味方となるために、患者としての立場から、藤本さんはスタッフと議論することもあるという。

さらに、藤本さんは小規模の通所介護施設(デイサービスセンター)を訪問看護センターに併設することを考えていた。

「あのとき人工呼吸器をつけなければ、終わっていたのになぁ」

訪問先のある家庭の、人工呼吸器をつけた妻を介護する夫の呟きを藤本さんは忘れられない。

介護に疲れきった家族の休息がどうしても必要だと使命感に駆られ、2007年、医療処置が必要な人を受け入れられるように、スタッフとして看護師が常駐し、ベッドを4床、AED(自動体外式除細動器)やアンビュバッグなど医療用器具も備えた「パールデイサービスセンター」を開設。細かなケアを行き届かせるため、定員を14人という少人数に抑えている。そのパールデイサービスセンターには、末期がん患者も通所している。

一貫してこだわったのは「患者さんに寄り添う」こと

写真:デイサービスでの一風景

デイサービスでの一風景。お茶を飲みつつ談笑するひととき

写真:開設1年記念のパール祭

開設1年記念のパール祭。留学生の民族舞踊を鑑賞し、気持ちも華やかに

「生きる時間をただ延ばすのではなく、いかに充実して生きるかが大事なのだと感じながら、死の不安のなかにいる患者さんと向き合えるようになったと思います。死について率直に話し合うこともあります」

患者さんと一緒に考え、人それぞれの生き方、死に方、闘病のあり方があると認められるようになったことが私の大きな財産、と藤本さんは語る。 藤本さん自身、術後9年。再発が多い時期でもある。

「再発したら仕方ない。自らの人生、引き受けます。流れにまかせましょう」

2008年11月3日。パールデイサービスセンターは開設1年を迎えた。この日行われた利用者や地域の人たちとの交流会「パール祭」は「1歳のお誕生日会」だった。

利用者の方々が共同でつくった創作紙芝居の上演やボランティアによる手品、AEDの講習、そして藤本さんの大学院での後輩である中国からの女性留学生が民族舞踏を披露。流暢な日本語で母国の文化を解説し、華やかに舞う姿に、そこにいた全員がうっとり見入った。

ティータイムでは利用者さんや家族、立ち寄った人たちも、手作りのおからケーキをほおばりながらの談笑。秋の午後がほっこりと過ぎていく。

「利用者さんにも生き生きしていただきたいし、私たちスタッフも、ただ仕事だからしているのではなく、やりがいをもって働きたい。生きている実感を、お互いに喜び合えるように心がけています」

はきはきと明るい藤本さんの声、きびきびした立ち居振る舞い、にこやかな表情、そして隅々まで気を配るプロの目、すべてがエネルギッシュで優しい。

接した人の心にそんな印象を残す藤本さんが一貫してこだわってきたのは、”患者さんに寄り添い、共に悩み励ます看護”である。患者としての自身の体験を糧に、寄り添いながら、ここを必要とする人たちの期待にこれからもこたえ続ける覚悟だ。

藤本さんの著書『がんingマイウェイ』は同時代社刊


パールデイサービスセンター(通所介護事業)
〒655-0006 兵庫県神戸市垂水区本多聞2丁目34-14 Tザ・ライフ本多聞1F
TEL:078-785-8160

パール訪問看護センター(訪問看護事業・居宅介護支援事業)
代表 藤本真知子
〒655-0006 兵庫県神戸市垂水区本多聞2丁目10-7-101
TEL:078-785-7650
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