市民団体が、厚生労働省に体制整備の要望書を提出
骨転移の痛みをとるストロンチウム-89治療を全国で受けられるように

取材・文:半沢裕子
発行:2009年2月
更新:2013年4月

  
写真:渡辺孝男厚生労働省副大臣に要望書を提出する「日本がん楽会」代表の中原武志さん(左)

渡辺孝男厚生労働省副大臣に要望書を提出する「日本がん楽会」代表の中原武志さん(左)

「市民のためのがん治療の会」は、全国どこでもだれでもが、骨転移痛の緩和を目的としたストロンチウム-89(一般名)内部放射線の治療を受けられるよう、厚生労働省に要望書を提出した。同会は、がん治療の体制と情報が広く行き渡ることで、患者さん自らが治療法を選択し、がんの治療中であっても自分らしく過ごすことを叫び続けている。


「いつでも どこでも だれでも がんについての『良質な』情報を 早く 安く 簡単に」

というモットーを掲げる市民団体、「市民のためのがん治療の会」は、08年9月、市民団体「日本がん楽会」(中原武志代表)とともに1つのアピールを作成し、広く署名を呼びかけた。それは、「多発性骨転移の疼痛緩和にストロンチウム(Sr)-89(商品名メタストロン注)による内部放射線治療を受けられるように」と題するものだ。翌10月には2つの会の代表が、公明党参議院議員の風間昶さん、慈恵会医科大学放射線科准教授の内山眞幸さんとともに、舛添要一厚生労働大臣を訪問。いつ解散するとも知れない政治情勢の中、大臣との面談は土壇場で不可能になったが、渡辺孝男副大臣が代わって要望書を受け取り、前向きな対処を約束した。

多発性骨転移の痛みをとるストロンチウム内部照射

會田昭一郎さん

「市民のためのがん治療の会」代表の會田昭一郎さん

呼びかけの理由を、「市民のためのがん治療の会」代表の會田昭一郎さんは、次のように語る。

「ストロンチウム-89による内部放射線治療は07年10月にようやく認可され、保険診療が受けられるようになりました。けれども実際にはさまざまな壁があり、この治療が受けられる病院は決して多くありません。この状況を改善したいという呼びかけを行い、署名活動と大臣への要望書提出を行ったのです」

痛みがなければ残り時間を自分らしく豊かに過ごせる

最近はがん治療が進歩し、再発・転移後も生き続けることのできる患者さんは増えた。一方、がんが背骨などに転移し、痛みで食べることも眠ることもできない患者さんは今だに多い。

「骨転移の痛みは、ベッド脇のカーテンをビリビリに引き裂いてしまうくらい激烈だそうです。そんな痛みに苛まれて過ごしたのでは、せっかく時間が残されても意味がありません。

逆に、痛みを感じずに過ごせたら、残された時間を豊かに、自分らしく使うことができます。ストロンチウム-89の治療は、痛みのない穏やかな時間を過ごすことを可能にしてくれる治療なのですが……」

ストロンチウム-89は骨転移による疼痛の緩和を目的とした治療用の放射性医薬品。体内においては、骨に集まる性質から、静脈注射を1本打つだけで骨転移病巣に集まり、痛みを劇的に和らげる。「多発性骨転移」の患者さんにとって福音とも呼べる治療だ。

欧米ではすでに標準治療になっているが、日本では体の外側から放射線を照射する外部照射だけが認可されていて、静脈注射による内部照射は認可されていなかった。それが07年にやっと認可され、この治療を保険で受けられるようになった。

ところが、保険で認められるのは、医薬品としてのコストだけ。ストロンチウム-89は放射性物質なので、実際にはその扱いや管理に大きな費用がかかる。しかし、そこに保険が適用されないため、病院が「赤字覚悟でなければ、取り組めない治療」となっている。当然、治療に取り組む病院が増えるはずがない。そこで、會田さんらはアピールの中で、以下の3点を要望した。

(1)ストロンチウム-89による内部放射線治療が医療機関の負担にならないよう、診療報酬上、加算を行う

(2)入院患者に対しても投与できるよう、診断群分類点数表の対象にしない

(3)全国のがん拠点病院で治療が受けられるようにする

いわば、病院がストロンチウム-89による内部放射線治療に積極的に取り組めるよう環境を整えてほしい、ということだ。そうすれば、患者さんは「いつでもどこでもだれでも」「早く安く簡単に」この治療が受けられ、骨転移の痛みに苦しまずに残された時間を有効に使うことができる――これがアピールの狙い。

「ストロンチウム-89の内部照射で七転八倒の痛みがなくなり、元気になった患者さんはたくさんいます。要望書提出後の記者会見にはそうした患者さんに出席してもらおうと計画していましたが、旅行に出かけられた後でした(笑)」

商品(治療)の知識は必要と発奮して情報収集

「市民のためのがん治療の会」は04年、代表の會田さんが、自らの主治医だった北海道がんセンター現院長の西尾正道さんをはじめ、6人のメンバーで創設した。目的は「正しいがん治療の情報が患者さんに早く、簡単に届くように手助けをすること」だ。そこには會田さん自身の闘病体験と関係がある。

會田さんは9年前の00年、舌がんとの診断を受けた。当時、がんの知識が皆無だった會田さんは、最初の主治医が勧めるまま、放射線の外部照射などを受けるつもりでいた。ところが、乳がん体験のある職場の女性上司に、「専門病院に意見を聞かなくて大丈夫?」といわれ、消費者問題の専門家として、「商品(治療)知識をもたずに、治療を受けていいのか」と発奮。舌がん治療について、猛烈に調べ始める。

まず、上司が貸してくれたアメリカのNCI(国立がん研究所)発行の“Radiation Therapy and You”(邦題『安心して受ける放射線治療』)を読んで、自分が放射線治療にもっていた「被曝」「副作用が強い」といったイメージが間違っていたことを知る。アメリカではすでに、放射線ががん治療に大きな役割を果たしていた。外部照射だけでなく、腫瘍組織に放射性物質の小さな針を埋め込む治療があることもわかった。

何事につけ「定石」というものがあると考える會田さんは、さらに舌がん治療の定石=標準治療を探し続け、ついに針を埋め込む治療(小線源による組織内照射)が、国際標準治療とされているデータベースを発見。同じ時期、慶應義塾大学病院放射線治療・核医学科医師の近藤誠さんの著書、『ぼくが受けたいがん治療』の中に、「もしぼくが舌がんになったら、北海道がんセンターの西尾さんに小線源をやってもらう」と書かれているのを読み、「これだ!」と確信、西尾さんのもとで小線源治療を受けた。

「1度舌を切除してしまったらもう元には戻せません。最初は切らずに放射線治療をして、完治できなかったら手術をしよう、という計算をしました」

こう語る會田さんは、治療後8年たつ今日まで再発・転移もなく、元気に過ごしている。そして、自分の体験を通じて、患者さんが正しい情報を苦労せずに入手できる大切さを痛感し、「市民のためのがん治療の会」を設立したのだ。同会の会員は現在、約千人。5年前には想像もつかなかった数だが、それだけ患者さんの情報に対する要望が強かったのだろうと、會田さんは推測している。

初期の根治治療から、終末期の痛みケアまで

写真

写真は左から、慈恵医大准教授の内山さん、「日本がん楽会」代表の中原さん、「市民のためのがん治療の会」代表の會田さん、渡辺厚生労働省副大臣、参議院議員の風間さん、参議院議員の山本さん、衆議院議員の古屋さん

同会の活動の第1は、放射線治療医によるセカンドオピニオンの提供だ。がんの診断を受けると、ほとんどの人は臓器別・器官別の専門医の治療を受けることになる。が、同時に全身のがんを横断的に診ている放射線治療医の意見は、患者さんにとって貴重な情報となる。

また近年、コンピュータ技術などの進歩により、がん細胞を狙い撃ちできるようになった放射線治療は、多くのがんで「世界標準」になりつつある。しかも、がんが原発した場所にとどまった段階で放射線治療を行えば、完治も十分可能だ。

がんを完治させられる治療は、今のところ手術と放射線治療しかなく、手術に比べると、多くの場合、体へのダメージが大変小さいのが放射線治療なのだ。

そんな画期的な治療にもかかわらず、外科医ががん治療を統括することの多い日本では、放射線治療がなかなか普及しない。極言すると、日本ではがんの診断がつくと、即刻手術してしまう可能性がとても高いのだ。

同会の活動内容の第2が、「放射線治療についての正しい理解の推進」となっているのはこの現状を受けてのことだ。そして、活動内容の第3が、「制度の改善などの政策提言」。今回、ストロンチウム-89による内部放射線治療についてのアピールを行ったのは、まさに会の活動目的にかなう、そして、今患者さんが切実に必要としていることだったからだ。會田さんは言う。

「手術でも放射線でも抗がん剤でも、治療はせずにすむなら、しないに越したことはないものです。

それならメリットとデメリットをよく検討し、できるだけダメージの少ない治療を選ぼう、ということなんです。

がんが原発病巣にとどまっている間は、完治が可能です。原発病巣から出てしまったら(転移)、完治はなかなか望めませんが、痛みや圧迫をとるなど、医療にできることはたくさんあります。 そして、そのいずれについても、大きな力を発揮するのが、放射線治療です。日本では、がんの放射線治療について、もっと正当に評価されるべきだと思いますね。

がん治療は最初の治療が大切。

選択肢は他にもあるのに、知らないために適切な治療が受けられなかったり、切除してしまって元の状態に戻れず後悔することのないよう、私たちのような会にセカンドオピニオンを受けて欲しいと思います」

ストロンチウム-89の署名運動は今も続いており、現在約3000人の署名が集まっている。今後も全国の患者団体などに協力を呼びかけ、再度厚生労働省に請願する予定だ。


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