断絶した患者と医師のコミュニケーションを取り戻すために
北海道から、婦人科がん患者の連帯の輪を広げていきたい

取材:「がんサポート」編集部
発行:2008年12月
更新:2013年4月

  
写真:大島寿美子さん
「アスパラの会」主宰者の
大島寿美子さん

乳がんと違って、子宮・卵巣がんの患者会は全国でもまだ少ない。04年6月、その少ない患者会が、患者会活動そのものが立ち後れているといわれる北海道に誕生した。

「アスパラの会」――主宰者は北星学園大学文学部准教授で、03年12月に出版された『子宮・卵巣がんと告げられたとき』(岩波アクティブ新書)の著者、大島寿美子さんである。この本は、「子宮・卵巣がん患者のサポートグループ あいあい」を主宰するフリーライター、まつばらけいさんとの共著である。実は「アスパラの会」を立ち上げたのも、まつばらさんの働きかけがきっかけだった。

北海道初の婦人科がん患者会

写真:「アスパラの会」発足2周年記念の講演会
「アスパラの会」発足2周年記念の講演会

「本が出版されたとき、北海道の患者さんからの相談が少なくないと教えられました。しかし実際には、なかなか東京までは出てくることができず、困っている人がほとんどでした。そこで1度、私の地元の札幌で患者さんに集まってもらうことにしました。そこで参加者から北海道でも患者会をつくってほしいといわれたのがきっかけです。参加した人たちの多くが病院ではできないホンネの会話を交わすことの喜びを噛みしめていたのです」

当初は自らががん患者でないことから、大島さんは患者会を主宰することに、二の足を踏んだともいう。しかし、そうした切実な患者の声に背中を押され、数カ月後、大島さんは大学の自室を事務局に「アスパラの会」を発足させた。ちなみに会の名称の「アスパラ」は、アスパラガスのようにたくましく生きたいという願いとともに、「明日(アス)はパラダイス」という希望も込められているという。

こうして札幌で会を発足させると、同じ思いの患者がどんどんその輪を広げていった。札幌で会が発足した数カ月後には、旭川に、さらに釧路、帯広、函館と次々に新たな拠点が開設され、会員数も現在、370人に達している。

立ち後れている婦人科がん治療

「アスパラの会」発足にいたるまでの大島さんの足跡は、起伏に富んでいる。

千葉大学大学院理学研究科修士課程で生物学を学んだ後、共同通信社に入社。ジャーナリストとしての活動を経験したあと、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大)に留学して、2年間「ジェンダーとサイエンス」についての研究に取り組む。その後、帰国して今度は「ジャパンタイムズ」記者として活動する。その活動を通して、大島さんは婦人科がん治療に内包されるさまざまな問題に直面する。前記のまつばらさんと知り合ったのもその頃である。現職についたのは02年の4月。大学での専攻テーマはコミュニケーション学だ。

こうした大島さんの足跡を紹介したのは他でもない。大島さんが主宰する「アスパラの会」の活動にも、ジャーナリストとしての問題意識、ジェンダー研究者としての一面が顔を覗かせているからだ。

大島さんは子宮・卵巣がん治療の現状について、こう指摘する。

「他のがんに比べて、子宮・卵巣がん治療は立ち後れているように思えてなりません。治療技術という面でもそうですが、最大の問題は治療に患者の声が活かされていないことでしょう」

大島さんは、「アスパラの会」の活動を通して、個々の患者が1人ではないことを確認するとともに、そうした子宮・卵巣がん治療にまつわるさまざまな問題を提起し、状況を打開するための活動にも取り組みたいという。

たとえば乳がんの場合であれば、現在では、乳房温存療法が当たり前のこととして行われている。 これは患者の声が治療に取り入れられた結果だ。言葉を変えると、患者が医療に参画していることを物語っているともいえるだろう。

活かされていない患者の声

ところが子宮・卵巣がんの場合は、乳がんに比べるとまだまだ患者の価値観や希望を尊重した治療が行われているとはいえない。

こうした治療の立ち後れにはさまざまな要因が複雑に絡み合っていると大島さんはいう。その1つがジェンダーにまつわるコミュニケーションの難しさだ。

「子宮頸がんの場合は別ですが、子宮体がん、卵巣がんの患者さんは、やはり年配の女性が大半を占めています。そうした患者さんは、自分を主張することを教えられていません。そのため男性医師に対して、性を意識せざるを得ない子宮・卵巣がんについて、うまく質問することができないでいるのです。もちろん同じことは医師の側にもあてはまる。そうして患者と医師のコミュニケーションが機能不全ともいうべき状態に陥っているのです」

そこに医師の疲弊という問題が重なり合う。

「北海道では札幌を除いて産婦人科医療がどんどん縮小されています。当然ながら、残された医師の負担はどんどん重くなっている。その結果、患者の話に耳を傾ける余裕がなくなり、さらに状況を悪化させているのです」

そうした結果、患者が医師の対応に不満を募らせているのが、北海道の婦人科がん治療の実情という。

分かち合う「生の歓び」

写真:アスパラの会では医療機関への働きかけもやっている
アスパラの会では医療機関への働きかけもやっている

「アスパラの会」の主要な活動は2、3カ月に1度のペースで各拠点で開催される交流会にある。これは患者同士が治療や術後の暮らしに関する情報交換をしたり気持ちを分かち合おうというものだ。しかし、それ以外に逐時、必要に応じて講演会や勉強会なども行われている。最近では婦人科がん、乳がんなどリンパ節郭清をともなう手術などの後遺症として多発するリンパ浮腫の治療に関するイベント開催が多い。

これも、医師とのコミュニケーションの欠如が要因の1つになっているという。

「女性にとっては、リンパ浮腫は身体機能の低下というだけでなく、体型が大きく変化することも切実このうえない問題です。ところが、多くの医師はそのことをまったく理解しようとしていません。リンパ浮腫を何とかしたいと主治医を訪ねても、手術で命を取りとめたのだから、それでいいじゃないかといわんばかりの対応を示されることもあるのです」

交流会でもリンパ浮腫で困っている会員からは「主治医が相手にしてくれない」「病院でリンパ浮腫の治療を行っている診療科が見当たらない」といった不満の声が相次いでいるという。実際患者がリンパドレナージなど、専門的な治療を受けようとしても、受け皿となる治療機関は札幌を除くとほとんど皆無というのが実情だ。

そこで「アスパラの会」では、少しでも、そうした状況の打開につながればと、この治療やケアに理解のある医師を招いて講演会を催し、さらに東京からリンパ浮腫セラピストを招いてセルフケアの勉強会も行っている。また、医療関係者向けに講習を行うことにも力を入れている。最近では北海道大学の医師の協力なども得て、誰でもが自宅で手軽にできるセルフケアのマッサージシートも刊行した。

このほかにも「分かち合い活動」の輪を広げるために、年に3~4回のペースで機関紙も発行している。また、大島さんは活動の一環として、がん患者に対する電話での相談業務にも取り組んでいるが、こちらは東京や関西の患者からの問い合わせもあるという。さらに北海道大学などと協力して婦人科がんやリンパ浮腫などに関する問題を研究として学会や研究雑誌に発表している。

他地域との連帯を求めて

写真:リンパ浮腫のセルフケア実技講習会
アスパラの会で行っている
リンパ浮腫のセルフケア実技講習会の様子

北海道という医療環境の側面では、必ずしも恵まれていない地域で、しかも医師とのコミュニケーションが難しい子宮・卵巣がん患者の会を運営しているのだから、大島さんが直面する問題は他にも少なくない。

たとえば患者から「セカンドオピニオンを受けたい」と相談を受けても、地域によっては医療機関そのものが見当たらないこともある。また会の活動を円滑に進めていくには、資金的な側面も含めて、地域や企業の理解も不可欠だ。そうした問題を克服していくためには、何より患者自身の意識改革が大切だと大島さんはいう。

「子宮・卵巣がん患者のなかには、そのことに対して引け目を感じているような人もいるし、実際患者を色眼鏡で見るような傾向も残っています。まずは患者自身が患者であることを堂々と伝え、自らの意見を主張すること。そこからすべてが始まるのではないかと思っています」

変化の兆しは現われている。たとえば勉強会などでは、それまで人前で話したことのない患者が、壇上で自らの体験を話してくれるようになったともいう。そうした状況変化のなかで、現在、大島さんは他地域の子宮・卵巣がん患者の会との連帯を模索している。

「多くの人の声が1つになることで患者の声は強くなる。日本の子宮・卵巣がんをめぐる環境を変えていくために、より多くの人と手を取り合いたいと願っています」

これまでは声にならなかった患者の思いを、医療に生かすために大島さんの模索は続く。


アスパラの会

〒004-8631 札幌市厚別区大谷地西2-3-1
北星学園大学文学部
心理・応用コミュニケーション学科大島研究室 TEL:011-891-2731(内線2202)
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