大阪独自のがん対策推進計画に患者たちの思いを届けたい

取材・文:増山育子
発行:2008年5月
更新:2013年4月

  
写真:濱本満紀さん
「大阪がん医療の向上をめざす会」の
濱本満紀さん

2007年9月。大阪府の南部、河内長野市にある国立病院機構大阪南医療センターを6名の男女が訪れた。日の光が差し込む明るいロビーで、病院スタッフが彼らを出迎える。男女は病院内を案内された後、応接室でずらりと並んだ病院スタッフらと向き合い、意見交換を始める……そんな映像がテレビのニュース番組で流れた。

「がん医療の向上に患者・家族が参加」というテーマで紹介された、「大阪がん医療の向上をめざす会」(以下、めざす会)の活動の一部である。めざす会は、大阪府下のがん診療拠点病院11施設を7カ月間かけて見学した。

めざす会の渉外担当として、病院側との連絡調整役となった運営委員の濱本満紀さんは、「病院を回って、できてないじゃないかと批判するのが目的ではありません。患者の視点で見て、改善できそうなところを提案させていただいたり、病院をよくしていくためにできることを私たちと一緒に考えてくださいませんか、というスタンスでやっています」と話す。

「おばさんの社会見学」的拠点病院訪問

写真:がん診療拠点病院の高槻赤十字病院を見学
がん診療拠点病院の高槻赤十字病院を見学

訪問する病院が決まれば、その病院についての情報を集める。メンバーが「外来化学療法室」「患者情報室」「緩和ケア」「副作用対策」「チーム医療」など担当を決めて、下調べ。各担当が調べてまとめたものをメーリングリストで流す。それに目を通しておくのは鉄則で、事前の打ち合わせも念入りに。そして迎える見学当日。なにせメンバーの多くはいわゆる“大阪のおばちゃん”である。社会見学のノリで、あれも聞きたい、これも知りたい。巧みにスタッフの本音を聞き出してしまう。

「当初は受け入れる病院側が対応に戸惑っておられるようにも感じましたが、『おばちゃんの社会見学ですので、おかまいなく』と申し上げて(笑)続けていくうちに、知られるようになったのか、だんだん『お待ちしています!』みたいな反応に変わっていきました」と濱本さんは振り返る。

とある病院の外来化学療法室。最新の設備を整えてある。病院としてはアピールのしどころで「リクライニングシートや液晶テレビも置いて……」とその説明にも熱が入る。と、メンバーの片山環さん(グループ・ネクサス)がこんな質問をする。

「ところで、トイレットペーパーにミシン目は入っていますか?」

一瞬、怪訝な顔をされる。

「点滴の最中にお手洗いに行くと、片手でトイレットペーパーをちぎりにくいのでミシン目が入っていると便利なのですと言ったら、説明してくれていた医師が即ナースに確認させミシン目入りを検討しますって。それが印象に残っています」と片山さんは言う。

「そういう気持ちの問題ですよね。よくしていこうと思ってくれているのかどうか。失礼ながら、ここ、拠点病院? みたいな病院もありましたが『こんなふうに変えていきます』と前向きな姿勢で、誠意を感じました」

濱本さん、片山さんをはじめメンバーは、病院訪問に手ごたえを感じている。冒頭のシーンでも、病院サイドは「対立関係にならずに、医療側もこれはできるけどこれはできないと、お互い言い合えるのはいいこと」とコメントしている。また「当院圏下の研修会で発言してほしい」と会に依頼してきた病院もある。参加したメンバーも「勉強になった!」と声をそろえる。現在も、病院訪問のレポートをつくる作業が続行中だ。

がん対策に患者の声を反映させていきたい

2006年8月2日。大阪市内で大阪府と患者会の意見交換会が行われた。企画したのは、がん対策基本法成立の立役者となった参議院議員の故・山本孝史さん。患者会関係者30名が集まり、府の担当課長補佐を交えて活発な議論が交わされた。

このときに意気投合した患者会の有志が、勉強会を立ち上げ、がん対策に患者の声を反映させていきたいと同年11月29日、発足させたのが「大阪がん医療の向上をめざす会」だ。参加する患者会・支援団体は9団体。代表は置かず、運営委員が活動の企画を担う。それぞれの患者会の活動を尊重しながら“ゆるやかに連帯”する。自主的な勉強会であり、特定の営利に関与しないといった、申し合わせ事項を暫定ホームページで公表している。

会発足の翌日、11月30日には大阪府とめざす会の意見交換会も実現された。実は8月の意見交換会のあと、濱本さんは府の担当課へ「再度、意見交換会を!」とラブコールを送り続け、面会の機会も得ていた。地道な下準備の期間を経ての開催である。

拠点病院訪問が思いのほかスムーズに運んだのは、府の担当部署が病院に声かけをしてくれ、病院側の担当者を紹介してくれるなどバックアップ体制があったから、と濱本さん。「山本議員が道をつけておいてくれたことが大きかったのですが、府のご担当もがん対策推進計画の策定に向けて患者の意見を聞く1つの窓がほしかったのかもしれません」。

大阪らしいあたたかいがん対策推進計画を

写真:2「大阪がん医療の向上をめざす会」に参加している「癌と共に生きる会」主催の公開講座

「大阪がん医療の向上をめざす会」に参加している「癌と共に生きる会」主催の公開講座

2007年4月1日施行された「がん対策基本法」により、都道府県には「都道府県がん対策推進計画」の策定が義務づけられている。大阪府でも推進計画策定に向けて、医療関係者や学識経験者などで構成される「大阪府がん対策推進協議会」(以下、協議会)を設置。7月2日に第1回会議が開催された。その席に濱本さんと、NPO法人乳がんサポートグループVOICE(めざす会運営委員)の河野一子さんの姿があった。

めざす会は協議会の委員としての患者・家族代表者の人選を大阪府から打診されて、協議会へ2名、協議会のなかの「がん医療部会」に2名の委員〔西村愼太郎さん(大阪肝臓友の会)、片山環さん〕を選出したのだ。

「協議会や医療部会に出席すると、ほんとによく『どうですか?』と振られるので、どんどん発言させてもらいます。会議は年度内に協議会5回、医療部会4回開催されましたが、それでも足りないくらいです。おまけに会議は平日の昼間なので仕事をしている患者や家族は出席するのに一苦労。働くがん患者の声を届けねば……」と片山さんは苦笑い。

めざす会のなかでも話し合いを重ね、「専門医が診療科の連携をもって適切な治療を検討する“キャンサーボード”を設け、その結論を受けて患者がベストな治療を選択できるようにしてほしい」、「ピア・カウンセリング(同じ患者の立場どうしで行うカウンセリング)事業を制度化してほしい」、「相談支援センターの開設、充実を図ってほしい」など数々の意見を出した。

国の「がん対策推進基本計画」に沿った形で策定される都道府県がん対策推進計画は、患者・家族により身近なものとして影響力の大きなものではないか。 だからこそ、自分たちの思いを届けたい、と思うのだ。

「私は、大阪府の対応は120点だと思います。府の担当者と出会う前は『相手は役人だから判でついたような回答をされるのかしら』なんて思っていたのですが、会ってみると、そんなことないのですよ。私たちの話を聞こうとしてくれています」

大阪は知事の交代という事情もあり、推進計画の策定が大幅に遅れた。

「時間がかかった分、患者を見放さない、“がん難民”を生み出さない、大阪らしいあたたかい推進計画を!」と強く願う

患者・家族の思いを集約したいパブリックコメント勉強会

写真:定例の勉強会

定例の勉強会。左から渡邉美紀さん(のぞみの会)、森 洋子さん(あすなろ会)、中村弘子さん(水琴窟の会)と濱本満紀さん

パブリックコメントとは公官庁のホームページ上などで行う意見募集のこと。誰でも意見を書き込むことができる。大阪府はがん対策について07年7月にパブリックコメントを募集、さらに素案の公表後にも予定している。これを活用しない手はないと、めざす会は一案を講じた。「パブコメ勉強会」をしようというのだ。

濱本さんは自身が参加する「癌と共に生きる会」が3月2日に行った公開講座で、参加者の声からその必要性と意義を確信した。

「参加者のアンケートのなかに、自分も意見を出したいけれど、どうすれいいのかわからない、なにかあれば教えてくださいと書かれてあるものが少なくありませんでした。その声と熱意を集約していこうと、パブリックコメントの勉強会を企画しました。実は橋本知事に公開質問書を出し、がん対策に前向きに取り組むという回答をもらっているのです」

一般の人たちの参加も呼びかけ、素案について話し合って意見を出し、パブリックコメントの基礎知識から効果的な書き方について学習する。

「今、2人に1人ががんになる時代です。ですから患者・家族以外の一般の方々にも、ぜひ、関心を持っていただきたいのです」見たがり、知りたがり、言いたがりの大阪人。そのパワーを生かしたがん政策の行方が楽しみだ。


「大阪がん医療の向上をめざす会」

FAX 06-6354-3473(癌と共に生きる会大阪気付)
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ホームページ

参加団体(五十音順)
 ・大阪肝臓友の会
 ・癌と共に生きる会大阪(消化器がん、乳がん、肺がんなど)
 ・ぎんなん(全がん)
 ・NPO法人乳がんサポートグループVOICE
 ・のぞみの会(乳がん)
 ・水琴窟の会(乳がん)
 ・リンパ浮腫患者グループあすなろ会
 ・いいなステーション(全がん・患者活動支援団体)
 ・特定非営利活動法人グループ・ネクサス(悪性リンパ腫)

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