「願い、信じる心」がリンパ浮腫治療の道を拓く

取材・文:常蔭純一
発行:2008年1月
更新:2013年4月

  

がんという病気がやっかいな理由の1つに、治療にさまざまな後遺症のリスクがともなうことがあげられる。

なかでも多くの患者を苦しめているのが、外科手術でリンパ節を郭清した場合や同じ部分に放射線を照射したときに起こるリンパ浮腫だ。現時点ではデータが不足しているため、正確な患者数は把握されていないが、約15万人の患者がこの症状に悩んでいるといわれる。

15万人にも及ぶリンパ浮腫患者

写真:佐藤佳代子さん
後藤学園付属医療施設
リンパ浮腫治療室室長の
佐藤佳代子さん

「手や足がむくんで太くなり、症状が進むと皮膚に変化が起こり、象皮症にまで進むことも少なくありません。痛みはほとんどないものの体が思うように動かせず、人の目を気にして自宅に閉じこもってしまう人も多く、なかにはそのことを思い悩んでかけがえのない人生を自ら放棄してしまう人もいます。にもかかわらず、これまで医療現場ではこの症状の治療に関心がもたれてきませんでした。そうして孤立している患者さんを1人でも多くサポートできたらと思っています」

と、語るのは学校法人後藤学園付属医療施設、リンパ浮腫治療室室長の佐藤佳代子さん。

佐藤さんは新潟県の高校卒業後、同校の神奈川校に入学、そこで欧米で実施されているリンパ浮腫の保存的治療法「複合的理学療法」に出会っている。卒業後、同じ治療法を極めるため、単身ドイツに留学。セラピストとしての資格を取得して帰国した後は、リンパ浮腫の治療にあたりながら後進の指導に取り組み、さらに多くの患者をサポートするために、この治療の保険適用を目指して活動を続けている。その過程では医師や医療従事者に働きかけて、NPO法人日本医療リンパドレナージ協会の設立に携わった。

まだ30代前半という若さ。そのうら若き女性が、日本のリンパ浮腫治療の道筋をつけようとしているわけだ。

そのバイタリティの源泉はどこにあるのだろうか。

「ドイツ留学や協会設立の実現、信頼のおける仲間たちとの出会いのときもそうでした。心に強い想いを抱き続ければ、どんな厳しい条件があっても乗り越えられる。少なくとも私はそう信じています」

そう話しながら佐藤さんは屈託のない笑顔を見せる。じっさい話を聞くに連れて、少女のようにあどけない笑顔とはうらはら、強靭そのものの佐藤さんの「心の力」が浮かび上がってくる。

心の力で病魔を克服する

佐藤さんは小学生時代、ある種の至高体験にも似た不思議な出来事を経験している。小学校5年生のときに糸球体腎盂炎を患い、以来、慢性的な疲労感やむくみなどの症状に悩まされる。そのせいか今ひとつ闊達さに欠ける子どもだったという。しかし卒業を間近に控えたある日、佐藤さんは自らを変える。

「それまでは同級生や周囲の人たちが私を気遣ってくれていたのに当事者のわたしは薬を飲むのも極力拒むような有様でした。結局、自分の病気を他人事として捉えていたんです。これではいけない。自分で病気を治そう。自分こそ立ち上がろう。健康も病気もおなじ身体から生まれてくる。こんな病気は、すぐに治るんだと自分に強くいい聞かせました。すると、その途端に、全身の細胞に力がみなぎってくるのを実感しました。そして私は自分の病気が完治することを確信したのです」

それからの佐藤さんは一変した。中学時代はバレーを、高校時代には空手部に入部して、自らを鍛える。とくに空手では新潟県のチャンピオンに輝き、インターハイに出場するまでの上達を見せる。そうして高校2年になったときには、何年も佐藤さんを苦しめた病魔をも克服する。

医療への志を固めたのも同じ高校時代だった。病に倒れ、入院した祖母を見舞いに日参しながら、佐藤さんは病院での医療のあり方に疑問を抱く。

「医師や看護師さんたちは祖母に親切に接してくれた。ただ、病名に添う治療のみならず、1個人として、こころとからだの両面に同時にアプローチすることができたなら祖母の快復の経過も変わっていたのではないか。そんな疑問がいつしか自分自身を医療に向かわせていたのです」

1人の人間としての患者さんにかかわりたい――そんな思いから、佐藤さんは高校卒業後、「全人医療」をスローガンに掲げる東洋医療を専門にする後藤学園神奈川校の東洋医学総合学科に入学する。

単身ドイツで修業に取り組む

その後藤学園に入学後も不思議な体験が佐藤さんを待っていた。2年次のある日、ドイツから年に1度だけ来日する招聘講師による特別講義を受講しているときのことである。がん治療で生じたリンパ浮腫により50キロにまで及んだ女性の足が治療を受けて、ほぼ元どおりに回復したスライドを目のあたりにして、佐藤さんは痛烈なショックを受ける。

写真:医療リンパドレナージ
徒手により滞ったリンパ液を排液する医療リンパドレナージ
写真:12万人以上の署名

12万人以上の署名。患者さん1人で1000名近く署名を集めた人もいる

「この女性が経験されたからだの変化のみならず、心に与えた感動、安堵感は計り知れない。そう思うと、胸がドキドキし始めた。そしてこのドキドキが2週間継続していたなら、ドイツにわたってこの治療法を勉強しよう。そのために学校長室を訪ねようと決心したのです」

果たして2週間経ってもトキメキは収まらず、佐藤さんは学校長室のドアをノックする。

そうして学校側からの支援を受け、翌年、たった1人で渡独、2年半にわたってドイツで理学療法を学び、医療リンパドレナージのセラピスト(治療者)としての資格を取得しているのである。

帰国後、自らが学んだ治療法を普及するために、精力的な活動に取り組み続ける。学園の賛同を得て校内に治療施設を開設、また後進の指導のために講習会を実施、全国を飛び回って講演会を開催する。全国のリンパ浮腫治療外来開設のサポートもしている。

その一方でこの症状に対する治療の保険適用を実現するために、厚生労働省を対象とした活動にも歩を進めていく。リンパ浮腫の患者会と合流し仔細なデータを集め、その情報をもとに全国の医師に働きかけ「リンパ浮腫保険適用連絡協議会」(代表世話人・松尾循環器科クリニック 松尾汎医師)の立ち上げに携わっている。この10月の病院や患者会を対象に、この治療の保険適用を求める署名活動では、わずか3週間で12万人を上回る署名を集めている。

リンパ浮腫治療を保険適用に

リンパ浮腫という症状はリンパ節が機能しないために、本来はリンパ液になるべき組織液がそのまま皮下組織に滞留することによって起こる。一般的には女性の婦人科がん、乳がんの治療後に発症するケースが多いとされるが、リンパ節が治療対象になった場合には、男女の別なく発症の可能性がある。そのことを考えると潜在的な患者数は、さらに多くに上るとも考えられる。

症状は0~3期に分かれ3期になると、手足を中心にした患部が太くなり、皮膚にも象皮症と呼ばれる変化が起こることがある。現代医学はこの症状に対して有効な治療法を持たず、ほとんどの場合、症状が起こってもそのまま放置されているという。

佐藤さんたちが普及を進めている複合的理学療法は、具体的にはスキンケア、マッサージ(医療リンパドレナージ)、圧迫療法、運動療法という4つの物理療法によって構成される。当然ながらいずれも治療には一定額の費用が必要だ。

たとえば中核になるリンパドレナージは初診1時間半の治療で1万円、圧迫治療に用いる弾性ストッキングは2万円近くする。炎症を起こした場合には、1回の治療に10万円前後かかることもある。リンパ浮腫患者の多くは継続的な治療が必要で、そのことを考えると、保険適用を求める声の切実さも実感できるだろう。

写真:治療前
子宮がん術後両下肢リンパ浮腫(治療前)
写真:治療後
8回の治療でふくらはぎの周囲径が
7.4センチ減少(治療後)


しかし、佐藤さんが保険適用にこだわるのは、それ以外にも理由がある。

「リンパ浮腫は早期からの適切な診断と治療により、よりよい状態で日常生活を送ることができます。個別に応じた治療およびセルフケアにより、症状を緩和させたり、重症化や炎症の頻発を防ぐこともできます。保険適用が実現したら、全国の医療機関にてこの治療が広く認識され、日常的につらい症状に苦しむ患者さんのQOL(生活の質)の向上、医療費負担の軽減につながっていくと考えています。人生はたった1度きり。だからこそ、どの患者さんにもかけがえのない“今”を大切にしてもらいたいのです」

と、凛とした口調で佐藤さんは語る。

人知れずリンパ浮腫に苦しむ多くの患者さんに支援の手を差し伸べる――10年来、抱き続けた、より大きな願いを叶えるために佐藤さんは今日もひたむきに歩み続ける。


学校法人 後藤学園付属医療施設リンパ浮腫治療室

〒143 – 0016東京都大田区大森北4-1-1
03-5753-3941

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