悪性リンパ腫などの患者の命を守るため
G-CSF在宅自己注射の早期認可を!

取材・文:町口 充
発行:2007年10月
更新:2013年4月

  
写真:山田百合香さん

G-CSF在宅自己注射認可を目指す会代表の山田百合香さん

悪性リンパ腫など血液系のがんに対する抗がん剤や放射線治療は近年、外来で行われることが多くなってきた。しかし、抗がん剤などで白血球、とくに好中球が著しく減少すると、減少した好中球を回復させるG-CSF製剤の皮下注射が必要になるが、外来だと、免疫力が落ちて感染に無防備な状態で病院に通わなくてはいけない。

「G-CSFを在宅で自己注射できるようにしてほしい」と、たった1人から始まった呼びかけ。それが2万人を超える署名となり、多くの声が厚生労働省に届き始めた。

千葉県松戸市の山田百合香さん(42歳)は92年3月、悪性リンパ腫を発症した。咳をしたところ血痰が出て、病院で調べたら肺のリンパ組織に大きな腫瘍が見つかり、びまん性大細胞リンパ腫と診断された。ショックだったが、「十分かつ必要な抗がん剤治療をするので、大丈夫、治りますよ」と医者が言ってくれたのが心強かった。

G-CSFが助けてくれた

写真:初めて入院した際の山田さん
初めて入院した際の山田さん

入院しての抗がん剤治療は半年に及んだが、そのなかで山田さんが「助けられた」と感じたのがG-CSF製剤の投与だった。

G-CSFは白血球の一種である好中球を選択的に増やす造血因子で、「顆粒球コロニー刺激因子」といわれる。もともと人の体内に存在し、化学的につくられたのがG-CSF製剤。「グラン(一般名フィルグラスチム)」、「ノイトロジン(一般名レノグラスチム)」「ノイアップ(一般名ナルトグラスチム)」の3製剤がある。

山田さんは語る。

「実は、G-CSFが日本で認可されたのは、私が発症するわずか1年前のこと。G-CSFがない時代は、免疫力低下によって感染症にかかる率が高く、かぜをひいたり、肺炎を起こして重篤になる人も多くいたそうです。それに、白血球数が減少しているときは抗がん剤治療もできません。その間にがんが増殖していけば、病気はますます悪化していくことになります」

抗がん剤治療を始めて半年後、山田さんのがんは寛解したが、治療前に医者が言った「十分かつ必要な抗がん剤治療」とは、G-CSFという支持療法に支えられてのものなんだな、と山田さんは実感したのだった。

外来通院が招く感染症の危険

写真:転院先での七夕風景
転院先での七夕風景

その後、山田さんはよき伴侶を得て、また、母親から受け継いだ音楽教室の経営も順調で、ごく普通の日々を送っていた。

ところが3年ほど前のこと、たまたまインターネットで、「はりゅうパパの悪性リンパ腫体験」というホームページを目にした。「はーちゃん」「りゅうくん」という2児の父親が悪性リンパ腫にかかり、その体験が綴られていたのだが、そのなかで、G-CSFが自己注射できないで困っている人が数多くいると知り、10年以上前に、自分がG-CSFに救われたことを思い出した。

山田さんが治療を受けていた当時は、抗がん剤治療といえば入院して行うのが普通だったが、今は外来治療が当たり前のように行われるようになった。しかし、抗がん剤の副作用は相変わらずで、とくに好中球が減少すると免疫力が低下して、肺炎や敗血症、破傷風など、さまざまな感染症にかかりやすくなってしまう。このため、免疫力を回復させるために行われるのがG-CSFの投与だが、外来だと、感染症予防のための治療がかえって感染症を引き起こすこともあるという矛盾した結果を招いてしまうのだ。

G-CSFは飲み薬の剤形がないため、1日1回を数日続けて皮下注射する必要がある。すると、外来で治療を受ける場合、抗がん剤治療の副作用で最も免疫力が低下した状態で、混雑した電車に乗り、雑踏のなかを歩き、病院に行くことになる。院内の待合室では、インフルエンザなどの感染症を持った患者さんが多数待機している。これではまるで感染症にかかるために病院に行くようなものではないか。

G-CSFを必要とする子どもたち

山田さんは、がんの患者以外にも、同様の危険にさらされている人たちの存在をはじめて知った。生まれつき好中球をつくれない先天性好中球減少症の患者さんだ。多くは子どもで、G-CSFの投与を受けるために一生通院しなくてはならない。G-CSF投与のため、幼稚園や学校に毎日のように遅刻するか早退するかを強いられ、遠足や旅行にも行けない現実があるという。

「悪性リンパ腫の患者さんも先天性好中球減少症の患者さんも、自宅で、家族や自分の手でG-CSFを注射できたら、命が助かるし、QOL(生活の質)も上がるはず」

山田さんは切実にそう思った。じっとしていられなくなった。そして、「少しでも力になれば」と、行動に出た。

たった1人で始めた署名活動

写真:患者さんが開いたフォーラムで署名と活動への支援を訴える

患者さんが開いたフォーラムで署名と活動への支援を訴える

調べてみると、欧米ではG-CSFは以前から「当然のこと」として自己注射が認められている、ということだった。なぜ日本でできないかというと、医師法の規定で、医師以外は医療行為をしてはならないとされているからだ。注射を打つことは医療行為に当たるというわけだ。

また、G-CSF投与による白血球の上昇には個人差があり、あまりに増えすぎてもよくない。このため素人が勝手に判断するのは禁物だが、この点は専門医によるコントロールがしっかり行われるようにすれば、クリアできる問題だ。

それに、在宅自己注射は初めてのことではなく、すでに糖尿病の患者は1981年に、在宅でインシュリンを自己注射することが認められ、健保適用になっている。それまでには、10万人の署名を集めるなど、大きな努力があったことを山田さんは聞いた。

まず、G-CSF製剤を製造販売している製薬会社3社を訪ねた。いずれも賛同を得られ、自信を得た山田さんは、「G-CSF在宅自己注射認可を目指す会」を設立。05年1月からインターネット上で署名活動を始めた。会と名づけたものの、あくまで署名のまとめ役を担うだけで、メンバーも当初は山田さん1人。それでも約1000人から署名が寄せられ、同年3月、厚生労働省を訪ねて要望書を提出。応対した担当者は丁寧に「おっしゃる通りです」と言ったきり、その後の音沙汰はなかった。

その後、いくつものがんの患者団体と交流を深めるようになり、「今度は手書きの署名に取り組んでみたらどうか」とアドバイスされ、人が集まるところを回っては署名を訴えるようになった。同時に「悪性リンパ腫と戦う会」「がんの子供を守る会」「血液情報広場つばさ」「グループネクサス」「菜の花会」「ももの木」などが署名活動に加わり、輪が広がっていった。

帰ろうかと30分も逡巡して

こんなエピソードがある。ある医大の文化祭に、飛び込みの署名活動に行った。事前に許可はもらったものの、模擬店の学生たちに話しかけても冷たい視線を浴びせられるだけ。学生たちが集まって雑談で盛り上がっている場所があり、その人たちに向けて声を出そうとするが、なかなか出てこない。何しろ見ず知らずの人の前で訴えるなど初めてのこと。恥ずかしい、このまま帰ろうかと30分ほど逡巡して、ようやく勇気を振り絞って話し始めた。すると――。

「そうしたら皆さん真剣に聞いてくれ、なかには私に話しかけてくれる人もいて、『水泳部の主将をしています。部の全員に署名してもらって、後日送ります』と言ってくださった。帰り際には『頑張ってください!』と声をかけていただき、感激しました。その水泳部の主将は、別の日に行われた医学系12大学の水泳大会にも呼んでくださり、マイクで訴える時間もつくってもらえました」

多くの人の声を厚生労動省へ

写真:厚生労働省の担当者に署名簿を手渡す山田さん

厚生労働省の担当者に署名簿を手渡す山田さん

06年2月、協力団体の代表とともに、約1万7000人分の署名を厚生労働省に提出。すると「関係学会の要望があれば検討します」ということだった。

関係する学会は、日本血液学会、日本臨床血液学会、小児がん学会、日本小児血液学会など10を超えていて、その1つひとつに要望書を送った。多くは好意的で、厚生労働省への要望書提出を約束してくれたり、すでに厚生労動省に働きかけを行っている学会もあるという。しかし、何といっても厚生労動省の重い腰を上げさせる決め手となるのは、患者や国民がどれだけ声を上げるかだろう。署名は2万人を超え、今年7月には厚生労働省に対する再度の要請活動が行われたが、引き続き署名を呼びかけ、多くの人の声を厚生労動省に届けたい、と山田さんは語っている。


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