身近な環境を整えていくことが、患者をサポートする第一歩

取材・文:松本浩美
発行:2007年6月
更新:2013年4月

  

東京・秋葉原にある三井記念病院の3階外科フロア。エレベーターを降りて乳腺分泌外科の待合室の奥には、雑貨屋さんを思わせるホスピタリティコーナー(通称ピンクリボンコーナー)がある。補正下着や医療用かつらなどサポートグッズのパンフレットや商品サンプルのほか、乳がんやがんに関する書籍数冊に混じってファッション誌も置かれている。診察室へ向かう通路脇のラックには、「リンパ浮腫」「乳房再建」「乳房温存療法ガイドライン」など乳がんに関する資料ファイルが数冊。これらを揃えているのが、今回紹介するMRCミツイリボンクラブ(以下MRC)だ。同院乳腺内分泌外科の乳がん患者を支援するボランティア団体である。

チーム医療の一翼を担う、乳がん経験者による支援グループ

写真:山本千佳子さん(左)と鈴木眞理子さん
乳がん経験者の山本千佳子さん(左)と鈴木眞理子さん

「診察を待つ間は不安なもの。時間を有意義に使っていただこうと思って、本や資料を揃えました。がんの治療法や闘病生活に役立つ情報もありますが、病気のことを忘れたい患者さんが気分転換できるように、まったく関係ない読み物も用意しました」

こう語る代表の山本千佳子さんは、同科で乳がん手術を受けた乳がん経験者でもある。

活動の目的は、患者の社会復帰を応援すること。病気と向き合ううえで役立つさまざまな情報やサポートグッズを紹介するほか、患者同士の交流のためのイベントも企画している。また、医療者と患者のつなぎ役として、医療者と連携して患者への支援とともに、医療者に患者の声を伝える活動も行っている。

もう1つの大きな活動は、乳がんの早期発見・自己検診の重要性を広く社会に訴える「ピンクリボン運動」の実践である。2005年からピンクリボンフェスタに参加し、リボンをモチーフにしたオリジナルアクセサリーを企画・販売している。この収益はクラブの大事な活動源でもある。

団体としては、院内患者会というよりも、企画グループと捉えたほうがわかりやすいだろう。スタッフは山本さんを含めて4人。彼女はイベントなどの企画立案を行うディレクター。企画内容をパンフレットやポスターなどの形にするのが、ビジュアルデザイナーの鈴木眞理子さん。彼女も乳がん経験者である。

そして、患者家族のリフレクソロジストの堀内悦代さん。さらに、山本さんと鈴木さんの主治医で同科科長の医師・福内敦さんがメディカルアドバイザーという立場で関わっている。

殺風景な待合室を和むことのできる空間に

写真:待合室の棚
写真:待合室の棚

棚を整備するのがMRCの日常の活動。この一角に来れば乳がんに関して一通りの情報を得ることができる

山本さんが乳がんの手術を受けたのは2000年11月のこと。がんは当初左胸に発見されたが、手術の前日に右胸にもあることがわかり、最終的に全摘となった。ステージは2。

「入院中、精神のバランスが崩れ、夫のアドバイスも説教にしか聞こえなかったりと、被害妄想のような状態になってしまいました。そんな私の様子を見た主治医(福内さん)が、インターネット上の『When the woman you love has breast cancer』という文章をダウンロードしてくれたんです。『訳してみませんか』と。患者サポートの重要性が書かれているもので、一生懸命訳して読んでいくと、心の整理にとても役立ちました。ですから、主治医や病院に対して、何かお礼がしたいと思いました」(山本さん)

山本さんが気になっていたのは、待合室全体が殺風景であることだった。書籍や雑誌の1冊も置かれていなかった。そこで、まず花を買い、病院へ行くたびに診察室の入り口や受付窓口に置かせてもらった。また、出版社に勤務している友人や知り合いの編集者から乳がんや健康に関する書籍を提供してもらった。こうして10数冊が集まったとき、山本さんの活動を見ていた看護主任が、捨てる予定だった本棚をプレゼントしてくれ、現在のスペースを与えてくれた。

以後、山本さんは患者、女性という視点に立ち、「これは」と思われるグッズを扱う会社にも協力を呼びかけてゆく。そんな山本さんの「活動するには団体名があったほうが便利」という要望に対して、主治医の福内さんは「ミツイリボンクラブ(MRC)」という名前を勧めた。

一方、鈴木さんはフリーランスで医学関係のイラストを描く仕事をしていた。2002年4月、右胸に乳がんを発見。ステージ3bだった。同年12月に手術を行うことになり、術前に半年間、通院で抗がん剤治療を行うことになった。

「仕事柄、病気については他の人よりも詳しかったはずなのに、実際に告知されると頭が真っ白になり、毎日が不安でたまらなくなりました。そんなある日、待合室の本棚に『奥の細道』の画集があるのを目にしました。開いてみると、とても美しい絵で、その瞬間だけ病気のことを忘れられました。本当に久しぶりでした。そこで、何かお手伝いしたいと思ったのです」(鈴木さん)

こうしてディレクターとデザイナーが揃った初の仕事は、2003年7月の「乳がんの自己検診」というポスターの制作だった。乳がんの自己検診を呼びかけ、方法をわかりやすく提示した。出来上がったポスターは好評で、MRCの活動に協力してくれる会社などで啓蒙ツールとして使われている。

がん体験者や家族の生の声を載せた絵本をつくる

写真:絵本『Be Happy』

絵本『Be Happy』。参考までに寄せられた声を1つ紹介。「なんで私だけがこんな病気に……」とお思いかもしれません。が、乳がんと向き合っている仲間はたくさんいます(30代再発治療中)

こうして患者という立場で医療者の協力を得ながら活動を続けていた2人は、やがていろいろな局面で患者と家族、患者と医療者との間に、お互いその時々の気持ちや感じ方にすれ違いがあることに気づくようになった。その「ずれ」は、告知前後のいちばん大事な場面でさえ見られた。

そこで、患者と家族にお互いの気持ちをわかりあえるきっかけになればと、実際の声を拾うため、患者とその家族各50人にアンケートをとることにした。

予想通り、結果に“すれ違い”は現れていた。医療者とのそれもあるが、家族や周囲との間でも目立った。たとえば、同じ質問でも、患者と家族とで答え方に違いがあるという。

「患者さんの書く分量が1とすれば、家族の分量は半分以下。やはり患者さんのそばにいても、病気や本人の気持ちについて理解するのが難しいからかもしれません」(鈴木さん)

「家族も関係が疎遠だから、患者さんの気持ちを理解できないのではありません。家族も緊張を強いられます。むしろ、近すぎる関係だから適当な支援の言葉が気楽に出てこない。お互いに微妙な距離ができて難しいのでしょう」(山本さん)

このようにして得られた貴重な肉声をもとに、内容を伝える手段は絵本とした。

「医療者には患者さんの気持ちを、患者には、病と付き合ううえでのヒントになるとともに、決して1人ではないことを、医療者や家族、友人など支えてくれる人がいることを知ってほしかった。そして医療者の熱意を伝えたいと思いました。読んだときに温かい気持ちになれるようにと、ハートフルな絵を一緒にしました」(山本さん)

タイトルは、『Be Happy』(しあわせを見つけよう)。2006年10月発行。全40ページの絵本だが、1年がかりの大仕事だった。反響は大きく、院内だけでなく、院外の医療機関、関係者からも好評で、注文が相次いだ。

身近な環境を整えていくことも大切なサポート

写真:MRC主催「リラックスの会」
MRC主催「リラックスの会」。三井記念病院会議室にて

さて、患者としての経験とMRCの活動を通じて、山本さんが感じているのは、標準治療を受けることの難しさである。

「確かな情報自体が少ないし、整備もされているとは言えません。的確な標準治療が受けられるよう、患者をサポートする体制が不可欠だと思います」

「サポートにもいろいろな方法がありますが、私たちは身近な環境を整えていくことも大切だと思っています。患者さんが普段の生活のなかで、普通に過ごせたり、楽しいことがあれば心に余裕が生まれ、問題に気づくきっかけになります。多くの医療機関で患者さんを支える体制ができれば、病気や治療に対する意識も変わってくるのではないでしょうか」(山本さん)

4月26日(金)には病院近くのレストランを借り切って、患者向けにイベントが開かれる。リラックスしてもらうことを目的に、リンパ浮腫を改善するマッサージの施術・指導や、サポートグッズの展示も行われる。

本稿のために取材をしたのは4月の半ば。1人でも多くの患者さんが「参加してよかった」と感じてもらえるように、山本さんも鈴木さんも準備に余念がない。彼女たちは言う。

「私たちも患者ですから、自らが楽しまないと!」


ミツイリボンクラブ
代表 山本千佳子
Eメール

同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート4月 掲載記事更新!