「グリベック」耐性のGIST治療薬「スーテント」の早期承認を!

取材・文:町口充
発行:2007年4月
更新:2019年7月

  

「スーテントの早期承認を求めるGIST患者の会」を立ち上げ、世話人を務めるのは神奈川県横浜市の西舘澄人さん(42歳)。同い年の妻がGIST患者だ。

2002年秋、妻がGISTに……

写真:西舘澄人さん

「スーテントの早期承認を求めるGIST患者の会」を立ち上げ、世話人を務める西舘澄人さん

2002年10月、急に下痢が続くようになって受診。GISTと診断された。初めて聞く病名であり、2人とも一時は目の前が真っ暗になったというが、11月に腫瘍を摘出する手術を受け、現在はグリベックを服用。日常生活を送るのに支障はなく、元気に毎日を過ごしているという。

2人の間には11歳になる男の子がいる。今のまま、平和な家庭が続いてほしいと願う一方、いつまた再発するかもしれない不安におびえる日々でもある。

「GIST患者とその家族の多くが、同じ思いでいるのではないでしょうか」と西舘さんは語る。

同じ消化管でも、胃がんや大腸がんは粘膜から発生するのに対して、粘膜より下の層にある筋肉層の細胞が異常に増殖し、腫瘍となるのがGISTだ。なぜ異常に増殖するかというと、GISTの90パーセントは、「c-kit遺伝子」と呼ばれる遺伝子の突然変異が原因と考えられている。その結果、細胞増殖に関与するチロシンキナーゼという酵素の一種であるkitが異常な働きをするようになり、増殖シグナルを出し続けるようになる。

残りの10パーセントのうちの半数、つまり全体の5パーセントの患者には、kitとよく似たPDGFRAα遺伝子変異が見つかっている。残り5パーセントについては不明だ。

GISTのできる場所は胃が60~70パーセントと最も多く、小腸が20~30パーセント、残りが大腸、食道など。年齢では50~60歳代に多く、男女差はない。発症率は年間10万人に1~2人といわれる。まれな病気であるため、この病気を知らない人も多く、医者のなかにも正しく診断できないケースが少なくない。

再発・進行GISTに対して、予後を改善する治療法

GISTには有効な薬が存在する。グリベックだ。西舘さんは語る。

「GISTは粘膜より下の層にできるため、症状が出にくく、発見されたときはかなりの大きさになっていることが多い。胃がんや大腸がんなどとも違うため、通常の抗がん剤や放射線治療がほとんど効きません。初発で手術ができる場合は外科手術が最も有効で第1選択となりますが、手術ができない症例に関しては、ほんの数年前まで有効な手だてがなく、死を待つしかありませんでした。c-kit遺伝子やPDGFRAα遺伝子の変異がわかったのは比較的最近のこと。この腫瘍の90パーセントを占めるkitタンパク陽性の人に有効なグリベックの登場で、多くのGIST患者が救われるようになりました」

グリベックは分子標的薬と呼ばれる経口薬で、1日1回内服して用いる。もともと慢性骨髄性白血病の治療薬として開発された。その後、GISTにも効果があることがわかり、日本では2003年7月、GIST治療薬として承認された。

また、グリベックは増殖シグナルを出し続けるkitタンパクに結合して、増殖を阻止する働きをする。異常なkitタンパクのみを標的にするため、GISTに対しては高い効果を示す一方、副作用は従来の抗がん剤療法に比べ少ないという利点がある(ただし、PDGFRAαタンパクの異常が原因と考えられる患者については、グリベックが効く可能性があるのは半数程度といわれ、効きにくい患者が多い)。

現在、手術による切除不能、または再発して進行しているGISTに対して、標準的な治療法となっている。ところが、その後、新たにわかってきたのが「耐性」の問題だ。

厚生労働省の「未承認薬使用問題検討会」に提出されたワーキンググループの報告書でも、グリベックの服用を続けると大半は治療抵抗性となる、つまり次第に効かなくなると述べている。

しかし、今のところ頼りになるのは唯一グリベックしかないのだから、患者は飲み続けるしかなく、グリベックの量を増やしている人もいる。

毎月50~80万円の自己負担

写真:イフラフトグループのニュースレター

スーテントの早期承認へ向け、パソコンと向き合う日々が続く

そこに、最近登場してきたのが、グリベック耐性のGISTに効果がある「スーテント」という薬だ。すでに海外で承認されているスーテントを個人輸入して服用している患者が増えてきている。しかし、問題点もある。

「グリベックを増薬すると保険適用外となってしまい、自己負担になるし、日本で未承認のスーテントはとても高額で、個人で輸入されている方は毎月50~80万円もの負担を強いられています」と西舘さんは話す。

スーテントはグリベック同様、経口の抗悪性腫瘍薬。腫瘍の増殖、血管新生に関与するチロシンキナーゼの働きを選択的に阻害するマルチターゲット型の分子標的薬の1つだ。

「GISTの500以上の症例で治験が行われ、グリベック耐性の症例に対して、無憎悪期間(中央値)を約4倍に延長することがわかっています」と西舘さん。

米国では2006年1月に承認され、現在、世界40カ国以上で承認されている。

では、日本での承認の動きはどうか。昨年7月の厚労省の未承認使用問題検討会議では、米国や日本国内での治験成績をもとに、「早期の承認申請がなされるべき」との報告が出ていて、スーテントを製造・販売するファイザー社は2006年12月25日、厚労省に対して承認申請を行った。

しかし、日本の場合、新薬の承認までにはかなりの期間を要するのが通例。グリベックは優先審査の対象となったが、それでも申請から7カ月弱かかっている。

妻の発病以来、インターネットの掲示板などを通じて、GIST患者やその家族と積極的に交流してきた西舘さんだが、「1日でも早く承認してもらうには、多くの人が声を上げないとダメ」という思いを強くしていた。そこで、ファイザー社にも足を運び、「承認申請を早く」と要望していたが、厚生労働省の資料を見て驚いた。スーテントについての学会や患者団体からの要望の有無についての欄を見たら、「なし」と書かれてあったのだ。

これでは緊急性がないと判断されて、承認が後回しになってしまうことだってありうる。危機感を抱いた西舘さんは、患者やその家族などに呼びかけて、スーテントの早期承認を要望する署名を集め、厚労省に提出するGIST患者の会を発足させた。さらに、主にネットを通じて、署名を呼びかけている。

人と人とのつながりの大切さ

写真:イフラフトグループのニュースレター

アメリカのGIST患者の団体・ライフラフトグループのニュースレター。ここでも西舘さんらの活動が取り上げられた

西舘さんをここまで熱心にさせている理由はなんだろうか。もちろん妻のことが一番の要因だろうが、それだけではない。

西舘さんは20歳のときから洋菓子職人、つまりパティシエとしての人生を歩んできた。GISTと闘うようになり、時間的な余裕が必要、とパティシエを辞め、今は医療器具や介護用品をレンタルする会社で働いている。

GISTとわかったときは落ち込んだこともあった。ネットの掲示板で思いの丈をぶちまけたり、「ライフラフトグループ」という米国のGIST患者の団体に悩みをメールで送ったりしたこともあった。すると、こんなことが起こった。

「ある日突然、そのグループのメンバーの1人から連絡があったんです。『日本に来ているので会いませんか?』というものでした。約束の場所に現れたのは50代の日系の女性で、片言の日本語でこう言ってくれました。『絶対に大丈夫。あなたの奥さんは助かりますよ』。その言葉がとても嬉しかったと同時に、まったく知らない日本人のためにここまでしてくれる彼女の姿に感動しました。その彼女は、昨年亡くなりましたが……。でも、このとき思ったんです。こういう病気になったときこそ、人と人とのつながりが大事なのではないか、って」

2006年9月、茨城県つくば市で「リレーフォーライフ」というイベントがあった。社会全体でがんと闘うための連帯感を育むために企画されたもので、西舘さんらGIST患者と家族も10数人が集まった。今までメールでしかやりとりしていなかった仲間が、初めて顔を合わせ、「1人じゃない」「仲間の輪を広げて、世界標準となっているスーテントが日本では選択できない現状を変えるため、声を上げよう」と交流を深めたのだ。

患者数が少ない病気であっても、GISTの治療薬はグリベックやスーテント以外にも、「ネクサバール(一般名ソラフェニブ)」「スプリセル(一般名ダサチニブ)」など、有効と思われるものが相次いで開発されている。これらの薬が使えるようになれば、それだけ治療の選択肢も広がり、多くの患者が救われるはずだ。しかし、現実は患者は薬を選ぶことはできず、グリベック服用中の多くのGIST患者が耐性になる恐怖におびえている。そのような状態を1日も早く終わらせるためには、何よりまずスーテントが承認されなければ、次に進むこともできない。

署名が一定数に達したところで、西舘さんらは厚生労働省に要請に行くことにしている。


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