全国20万人オストメイトの悩み解決を目指して、1人の主婦が立ち上がった
人工肛門・膀胱を持つ人が安心して利用できるトイレを!

取材・文:町口充
発行:2006年6月
更新:2013年4月

  

難しい排泄のコントロール

写真:村山輝子さん

日本オストミー協会千葉県支部長の村山輝子さん

日本オストミー協会理事で千葉県支部長の村山輝子さん(千葉県習志野市在住)は昭和57年、42歳のときに千葉県がんセンターで潰瘍性大腸炎の手術を受け、大腸をすべて切除しオストメイトとなった。腹部に人工的に排泄のための孔(ラテン語で「ストーマ」)を造設した人がオストメイトで、尿意や便意を感じなくなるため排泄コントロールができず、ストーマから「パウチ」と呼ばれる補装具に排泄物をためて処理しなければならない。自分がオストメイトになった当時のことを、村山さんはこう振り返る。

「手術して2週間ぐらいがたったころです。やっと最後のドレーン(管)が抜けて自分でパウチの交換を始めたのですが、ストーマからは絶えず緑色の水状液が出て、皮膚はただれて痛くて拭くこともできず、焦れば焦るほどうまくいきません。しまいには涙で何も見えなくなりました。こんなことなら死んだほうがよかったと泣きながらやっていると、カーテンの向こうから男の人の声が聞こえてきて、『おねえちゃん、頑張るんだよ。私は舌がんで手術したら口が開けなくなるが、あんたはまだこれからだ。頑張るんだよ』。思いもよらないお隣からの励ましに、思わずスイマセンといいながら、耐えきれなくなって声を上げて泣いたのを覚えています」

退院したばかりのころは、外出するにも勇気が必要だったといいます。

「人工肛門になるということは、非常に屈辱的な事態です。お尻から出ているものが、おなかから出るようになるのだし、下痢になっても、それがわからない。24時間補装具をつけ、便が絶えず出るというのはにおいも伴うことなのです。今は補装具も大変いいものが出るようになっていますが、それでも補装具がはずれるんじゃないか、下痢をするんじゃないか、あるいは、においが出ているんじゃないかという意識が絶えずあり、自然と対外的に閉鎖的になり、内向的になる人も多いものです」

命は助かっても死にたい気持ち

しかし、病気になる前は洋裁教室を開いていて、人とのつき合いが大好きだった村山さんは、積極的に外に出ようとした。ある日のこと、友人と遊びに出かけ、食事がすんで、さあトイレをすまそうと和式トイレに入って、しまったと思った。排泄物がベットリと腹帯にしみ出ているではないか。パニックに陥って、泣きながら、買ったおみやげのヒモをほどき、包装紙でおなかを隠し、タクシーをつかまえてほうほうの態で自宅に戻った。

そんなことが2度ほどあって、村山さんは痛感した。「トイレの中でお湯が出て、体を洗えるようになったら、オストメイトにとってどれほどの喜びだろうか」と。障害者用のトイレを利用する方法もあるが、オストメイトは外見上は健常者と変わらないので、入りづらいというので二の足を踏み、結局は外出をためらう人は多い。それに、障害者用トイレで間に合わせるのではなく、いざというときに逃げ込める場所であり、洗浄や、ときには着替えが必要なオストメイトにピッタリのトイレが、どうしても必要だ。

同じオストメイトからのこんな訴えも耳にした。

「人工肛門のおかげで命は助かったが、通勤電車の中でパウチがはずれて排泄物が漏れてきて、首を吊って死にたくなった」

どこに行っても、安心してトイレに入れる――その当然のことが、どうしてオストメイトにはできないのか。疑問とともに怒りが湧いた。

オスとメスって何のこと?

写真:駅構内のトイレ案内板

駅構内のトイレ案内板(右側の中央、左の写真の下から2番目がオストメイト対応トイレの表示)

さらに平成7年1月、オストメイトを震撼させる出来事があった。阪神・淡路大震災だ。たまたまその年の日本オストミー協会の全国大会が千葉県であり、神戸に住むオストメイトを招いて話を聞いたところ、村山さんは背筋が寒くなったという。

「明け方の地震のため、パジャマ姿で逃げる人が多く、予備のパウチを持って逃げ出せた人は運のいい人。地震のショックで腸の蠕動運動が活発になり、排泄物も多めに出るし、においもしてくる。満足にトイレもないようなところでは、オストメイトは途方に暮れるばかりです。全国のオストメイトから支援のパウチを送りましたが、まるで届かなかったといいます。なぜかというと、パウチは医薬品でも医療器具でもなく、雑品扱いになって野積みされる状態で、肝心のオストメイトの手には渡らなかったのです。こんなことでは、いざというとき自分たちも同じ目に遭う、何とかしなければ、と思いました」

それに、いくら市役所に「オストメイト対応のトイレ設置を」と陳情しても、福祉の担当者でさえ「オストメイトって?」とキョトンとする始末。同じ障害者でも知らない人が多く、障害者団体の役員でも「オスとメスって何のこと?」という認識だったという。

自分が人工肛門を持つオストメイトだなどとは、だれもいわない時代。村山さんは意を決して、自分のことを明らかにして、平成7年、オストメイト対応のトイレ設置運動を始めた。JRや京成の駅前で、仲間とともに市民に訴えるキャンペーンを展開する一方、各自治体あてに要望書を提出。習志野市では議会で要望が採択され、10年5月、日本で初めてのオストメイト対応トイレが習志野市役所に設置された。なお、この第1号のトイレは、習志野市商工会婦人部の募金活動などの収益で寄贈されたものだった。同年9月には千葉県庁と県議会棟にも設置が実現し、設置運動は燎原の火のように全国に広がっていった。


写真:千葉県庁前でパンフレットを配る千葉県支部の人々

千葉県庁前で「オストメイトをごぞんじですか?」とパンフレットを配る千葉県支部の人々(平成10年12月9日)

写真:駅前での宣伝活動に参加した支部の人たち

駅前での宣伝活動に参加した支部の人たち。左から2人目が村山さん(平成10年12月9日)


ハートビル法などが追い風に

写真:事務局の人々

支部事務所で今後の活動について話し合う事務局の人々

追い風となったのは、「交通バリアフリー法」の施設設備ガイドラインや、不特定多数が使う施設のバリアフリー対策を義務づけた「ハートビル法」の建築設計標準に、日本オストミー協会の要望でオストメイト対応トイレの設置基準が盛り込まれたことだ。この結果、全国各地の公共的施設の身障者トイレや多機能トイレの中にオストメイト対応の設備が設置されるようになっていった。現在、公共交通機関の駅構内や公共施設など全国3千カ所に設置されるようになったという。また、各自治体においても、「まちづくり条例」の整備基準にオストメイト対応トイレの明記を要望する取り組みが行われており、今後さらに広がっていくとみられる。

ただし、設備の内容は場所によってマチマチで、改善すべき点も多い。今のところ、圧倒的に多いのは洗浄ノズルをつけただけのタイプ。しかし、大腸を全摘出した人などは排泄物が水様で、洗浄や着替えが必要なことも多く、洗浄ノズルだけでは対処しきれない。村山さんもこう語る。

「数多く整備されてきた対応トイレですが、構造上使い勝手が悪いものもあり、モップ洗いみたいなものが備えられているところに行くと、大変心が傷つきます。また、お湯は出るけど蛇口が高い位置についていたり、タナはあるけれどうまく活用できるものではなかったりと、いろいろ問題があります」

最近、静岡県のピアノのイスの製造業者が、オストメイトの意見を取り入れて「ジャワメイト」という昇降式のオスメイト専用トイレ流し台を開発。「非常に使いやすい」と村山さん。

「今後は、全国への普及をさらに進めていくとともに、男女共同になっているのを男女別々にするとか、災害時の対応としても、雑品扱いとなっているストーマ用装具を災害用医療機器と同様に災害時救援物資として指定し、避難所などで緊急支給できるようにするなど、引き続き訴えていきたいです」と村山さんは語っている。

写真:ジャワメイト

昇降式で、使いやすく工夫されたオストメイト専用トイレ「ジャワメイト」

写真:習志野市役所に設置されたオストメイト対応トイレ

全国ではじめて、習志野市役所に設置されたオストメイト対応トイレ


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