患者らが「推進する会」をつくり、訴え、署名・募金活動
「希望をください」肉腫の標的遺伝子治療に国の研究助成を!
再発・転移しやすい病気
平滑筋肉腫の患者と家族が中心になってつくる会の名称は「肉腫の標的遺伝子療法を推進する会 キュアサルコーマ」。
「キュアサルコーマというのは、治癒・治す(キュア)と肉腫(サルコーマ)を意味する英語に由来していますが、標的遺伝子療法の実現に希望をこめて、この名前をつけました。世界にさきがけてこの治療法を開発した大阪府立成人病センター研究所・高橋克仁グループの研究を実現させるための会です」
と語るのは会のメンバーの1人で、東京・大田区在住の大西貴子さん(39歳)。
大西さんは13年前の1992年、自分がこの病気であると知った。その4~5年前から背中と腰の痛みを覚えるようになっていて、大学病院で検査を受けたところ、8センチもある大きな腫瘍が見つかった。当初は膵臓がんを疑われたが、詳しく調べたところ、平滑筋肉腫の一種である後腹膜内腫瘍とわかった。
平滑筋とは、消化管壁や気管壁、血管壁、泌尿生殖器系の導管などにあり、分布場所から「内臓筋」ともよばれる筋肉の一種。手足を動かす黄紋筋と異なり、自分の意思で動かすことができない随意筋でもある。その平滑筋にできるのが平滑筋肉腫で、好発部位の1つが後腹膜だ。
悪性腫瘍は、内臓など上皮組織にできるがんと、上皮組織以外の組織(筋肉・骨・血管・神経など)にできる肉腫に大きく分類される。肉腫の種類は多く、平滑筋にできるものをはじめ30種類以上もあるが、年間の発症率は日本国内で数千人と、がんに比べて少なく、治療法の研究はあまり進んでいない。しかし、転移・再発しやすい特徴があり、自覚症状があらわれにくいので、発見時にはかなり進行していることも多い。
大西さんもその後、転移・再発を繰り返し、開腹手術は7回、肺の手術も2回、ラジオ波治療は10回を数えるという。実は今回のインタビューも、8回目の開腹手術の直前に行われた。
何しろ、有効な薬もなく、既存の治療法で完治させることは困難な現状だから、転移があればそのたびに手術を繰り返し、つらい抗がん剤治療に耐えるほかはない。大西さんは結婚し、子どもにも恵まれたが、家族と暮らす喜びとともに、常に死と向かい合う日々を送っている。
世界中の先端治療を調べたら……
ただし、大西さんはただつらい思いを抱いたままじっとしている人ではなかった。
「たしかに、不安でノイローゼになることもあるけれど、どうせノイローゼになるなら、リサーチ・ノイローゼになろうと思ったんです」
と、冗談めかして語る大西さんだが、両親が移住したためカナダで育った彼女は英語が堪能。そこで、世界中を探せばきっと自分の病気を治す治療法が見つかるはず、と文献探しを始めた。アメリカの患者会にも入り、インターネットを通じての交流も行うようになった。たまたま、英語のポータルサイトを検索していたところ、日本人研究者の論文を発見した。それが、大阪府立成人病センター研究所病態生理学部門部長の高橋克仁さんを中心とする研究グループの論文だった。
「日本という、こんな身近なところに、こんなすばらしい研究者がいたとは!」
大西さんが初めて高橋さんの研究室を訪ねたのは03年の秋。患者の数が少ないため、製薬会社も研究開発にはなかなか目を向けてくれない、01年に基礎研究の論文が発表されたあと、資金不足で臨床試験のスケジュールも遅れている――という現実を知り、「こうなったら患者自身が立ち上がらなければ」と発奮した大西さんだった。
高橋さんらは、分裂を終えた正常な平滑筋細胞に存在するタンパク質の一種を発見し、カルポニンと命名。さらに、このカルポニンは、増殖のため分裂を繰り返す種々の肉腫にも異常発現していることを突き止めた。
高橋さんらは、遺伝子操作によって、カルポニンを発現し、かつ分裂する細胞にだけ働くようにした運び屋であるベクターを開発すれば、分裂を終えた正常な細胞には影響を与えず、カルポニン陽性の肉腫細胞のみを標的にすることができるものと考えた。そして開発されたのが、カルポニンの発現を標的にして増殖血管平滑筋細胞や肉腫細胞だけを選択的に破壊する新しい1型単純ヘルペスウイルス(HSV-1)だ。
肉腫の細胞にこのHSV-1を加えたところ、増殖して細胞を殺すとともに、他の肉腫細胞に次々と感染して破壊を繰り返し、4日後には全滅させた。また、ヒトの肉腫を移植したマウスの実験では、80パーセント以上で肉腫が縮小。正常細胞に影響は見られなかったという。
副作用の少ない体にやさしい治療
「除去手術や抗がん剤、放射線治療と比べても、副作用の心配はあまりなく、体にやさしい治療法です。ウイルスを用いるといっても、1型ヘルペスウイルスはほとんどの人がすでに体内にもっているもの。それを遺伝子操作によって体に害のないようにするのだし、安全性は高い。人への治験はこれからですが、マウスに使う薬でもいいから、いますぐにでも注射してもらいたいほどです」
と、大西さんの思いは切実だ。
研究は実用化に向けた臨床試験(治験)の段階まできているが、これをクリアするにはさまざまなステップを踏まなければならず、数千万円の資金が必要。大西さんは、インターネットや、高橋さんを介して知り合った患者やその家族、支援者らとともに04年12月、「キュアサルコーマ」を設立。
単に患者会として励まし合ったりするのを柱とするのではなく、肉腫の標的遺伝子療法を推進するという目的を明確に掲げた会となった。治験の早期実現に向けて、研究支援5000万円 を寄贈しよう――これが当面の会の目標となった。
もっぱら会の活動場所となっているのがインターネットだ。中心となるメンバーは患者自身。いつ再発するかもわからない。インターネットなら、わざわざ出かけていかなくても、自宅や病院のベッドの上からでも、自分の思いを伝えることができる。
1カ月半で集まった10万署名
そこでホームページを立ち上げ、このとき全面的に協力してくれたのが、東京・目黒区に住む岡田真一郎さん(28歳)だ。岡田さんは8年ほど前から、兵庫県在住の平滑筋肉腫の患者とメールでやりとりをしていて、「もし時間があったらホームページを手伝ってくれない?」と相談され、「自分にできることなら」と快諾してくれたのだった。
「せっかくいい治療法があるのだから、その道が開かれるよう、何とかならないかと思いました。僕自身、10年間ネフローゼとたたかっています。同じ患者同士としても共感するものがあります。時間は比較的あり、ホームページをつくる知識もあったので、少しでもお役に立てるなら、と参加させてもらったんです」
と岡田さん。05年7月、ホームページがスタートし、まず取り組んだのがリストバンド(2本1組1000円)の販売。ホームページなどを通じて、すでに4000セットが売れた。もちろん売り上げは研究の支援金として寄贈される。
10月末からは、厚生労働大臣に宛てて研究開発への助成を求める署名をネットを通じて呼びかけた。ホームページから署名簿をダウンロードしてもらい、それに署名してもらったが、12月はじめまでの1カ月半で、目標を上回る10万5000人からの署名が寄せられた。署名簿は12月末、メンバー9人が厚生労働省に赴き提出したが、さらに募金や支援を求め活動中だ。
大西さんは次のように語っている。
「1日も早い実用化が待ち望まれますが、たとえ私たちには間に合わなくても、それでも早く使えるようになってほしい。肉腫は比較的、若い人がかかりやすい病気です。もしも自分の子どもや、同じ年ごろの人が肉腫になっても、標的遺伝子治療が確立していれば、もう絶望の淵に立たせなくてすむようになるかもしれませんから」
キュアサルコーマ
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