鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談
母乳の研究からマイクロRNAをがん診断に使うバイオマーカーの発想が生まれました 落谷孝広 × 鎌田 實 (前編)
一滴の血液で乳がんを始め13種類のがんが早期発見できる画期的診断法!
経済産業省が79億円という破格の国費を投じている、新たながん検診法の研究が進んでいる。一滴の血液中のマイクロRNAという微小物質を計るだけで、早期かつ正確に、臓器別にがんが判別できるのだという。その研究の最前線に立つ、国立がん研究センター研究所の落谷孝広 分子細胞治療研究分野長に、鎌田さんが直撃した。
国立がん研究センター分子細胞治療研究分野長。1988年、大阪大学大学院医科学研究科博士課程修了、医学博士、大阪大学細胞工学センター助手。1991年、米国ラホヤ癌研究所(現:SFバーナム医学研究所)ポストドクトラルフェロー。1993年、国立がんセンター研究所分子腫瘍学部室長。1998年、国立がんセンター研究所がん転移研究室室長。2004年、早稲田大学生命理工学部客員教授(兼任)。2008年、東京工業大学生命理工学客員教授(兼任)
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数
今世紀に注目されてきたマイクロRNAの存在
鎌田 「がんサポート」はがん患者さんやそのご家族など読者に対して、エビデンス(科学的根拠)のはっきりしたがん治療法などの最新情報を、専門家の力を借りて、できるだけわかりやすく提供しています。今回、落谷さんにお目にかかりたいと思ったのは、がんの診断が超早期に臓器別にできるという、新たな腫瘍マーカーの世界的な研究の推進者だからです。
日本のがん患者さんたちは、現在使用されている腫瘍マーカーを信頼していますが、実は医師たちはあまり信頼していないというのが現実です。落谷さんが研究されているマイクロRNA腫瘍マーカー(以下バイオマーカー)は、がん診断の世界を劇的に変えるものですが、まず、RNA(リボ核酸)はDNA(デオキシリボ核酸)とどこが違うか、という点からうかがいたいと思います。
落谷 私たちの体をつくっているメインはタンパク質で、最終的にいちばん大事なのはタンパク質ですが、体の設計図をつくっている元はDNAです。DNAを間違いなくタンパク質に翻訳するためには、「DNA→タンパク質」というひとつのルートだけだと、おそらく間違いが起こりやすい。そのために中間体としてRNAができたんだろうと思います。つまりDNAからまず一旦RNAに移し替えて、タンパク質に翻訳する。そうすることで、遠回りするように見えても、誤りが起きにくくしている。生命の仕組みは非常に巧妙にできているんです。
鎌田 スゴイですね、生命の仕組みって。誰が考えたんでしょうねぇ(笑)。
落谷 そう思いますよね(笑)。RNAは中間体ですから、それ自体は機能を持つ必要はないんです。RNAはDNAから読まれて、確実にタンパク質にする鋳型として働けばいい。だからRNAはがん細胞を増やしたり、何かの遺伝子を変化させたりする機能は、まったく必要ないんです。鎌田さんも私も、教科書的にはそう習ってきたし、今の高校生もそう教わっている。
鎌田 RNAはあまり注目しなかったですよね。DNAは本質的に生命を伝える遺伝子として、きちんと頭の中に整理してきましたけれどね。落谷さんはなぜRNAに注目されるようになったんですか。
落谷 RNAが注目されるようになったのは、実は2002年ぐらいからです。DNAとRNAは構造が違いますが、RNAを調べていくと、タンパク質になるRNA以外に、すごく小さなRNAがある。これはタンパク質にならない、言わばジャンク(粗悪品)のような微小なRNAなんです。
タンパク質になるRNAは、塩基の長さで言うと、短くても数百個、長いものは何千個という長いものになりますが、小さなRNAは22個ぐらいで成り立っていて、タンパク質にならない。そういう小さなRNA、マイクロRNAがたくさんあるんです。
マイクロRNAにより 人間は進化を果たした
鎌田 ゴミみたいなものですね。
落谷 実際、以前は、ゴミだと思われていたんです。ところが、2002年頃から、マイクロRNAには機能があることがわかってきた。普通のRNAはタンパク質になるだけで、他に機能は持っていませんが、マイクロRNAはそれ自身できちんと働いていたことがわかってきたんです。
鎌田 どんな働きをしているんですか。
落谷 ヒトゲノム解明プロジェクトは、世界中の研究者が協力して全容を解明しましたが、私が大学で学んだ当時は、ヒトゲノムの数は3万5,000個ぐらい、それに対してマウスは1万個ぐらいだろうと言われ、ゲノムの数が多く、たくさんの遺伝子が働いているから人間は進化しているんだ、と教えられました。ところが、2000年でしたか、ヒトゲノムの解析が終了すると、ヒトゲノムの数もマウスのゲノムの数も、2万個強であることがわかったんです。
鎌田 自分たちは高等だと思っていたのは間違いだった。
落谷 驚きましたね。人間はゲノムをたくさん持っていて、マウスにはない遺伝子を持っている。そう思っていたのに、人間もマウスも同じだったわけですからね。
鎌田 サクラの遺伝子の数も同じぐらいだと、本で読みましたよ。
落谷 そうらしいですね。ゲノムというのは進化の過程で保存しなければならない大切なものだったので、誰がそうしたのか知りませんが、神も怖くてそこをいじれなかったんでしょう。じゃあ何を増やしたかと言えば、マイクロRNAの数なんです。最近わかってきたことですが、人間にはマイクロRNAが2,578 個ありますが、マウスは2,000個もありません。
鎌田 そこに差があるんだ!
落谷 そうなんです。だからマイクロRNAが大事なんです。マイクロRNAを増やすことによって、人間が人間たる進化をしてきた。
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