新春特別対談
「がんばらない」の医師 鎌田實 meets 群馬大学教授・食の専門家 高橋久仁子

撮影:塚原明生
発行:2005年1月
更新:2019年7月

  

これを食べたら「がんが治る」と思い込むのは危険
情報に踊らされずおいしく食べよう

鎌田實

かまた みのる
東京医科歯科大学医学部卒業。
長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、管理者に。 がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。 著書『がんばらない』『あきらめない』(ともに集英社刊)がベストセラー。 『生き方のコツ 死に方の選択』『雪とパイナップル』『いのちの対話』(すべて集英社刊)も話題に

高橋久仁子

たかはし くにこ
東北大学大学院農学研究科博士課程を経て、96年より群馬大学教育学部教授。農学博士。 フード・ファディズムという言葉を用いて、現代の食物にかかわる民間伝承を一気に切り、 メディアから流される健康情報とどう向き合うべきかを考える。 著書に『「食べ物情報」ウソ・ホント』、 『「食べもの神話」の落とし穴』(ともに講談社ブルーバックス)などがある

情報で右往左往すると食べることが見えなくなってしまう

鎌田 今、乳がんを再発している松村尚美さんという患者さんと誌上で往復書簡を続けているのですが、尚美さんの向こうにはたくさんのがんと闘っている患者さんや、再発や転移が起きてから、病院が親身になってくれず、見放されて「がん難民」と言われる患者さんたちがいます。高度医療を手がける医師はどうしても治る患者さんに興味があって、再発したり進行している患者さんには冷たい。そうした患者さんは病院から出されて行き場がなくなり、藁をもつかむ思いで健康食品の宣伝に乗ってしまうんですね。
僕は尚美さんや同じようにがんとどう闘い、どう折り合いをつけるか悩んでいる人たちに、少しでもいい形で生きられるよう応援したいと思っています。
だから、健康食品が実際いいのか悪いのかはっきりさせたいし、がん患者は何を食べたらいいのか、栄養についてどう考えたらいいのか整理したいと思っていました。
WHOの調査でも、がんの発生に対する影響がアルコールは約3パーセント、タバコが約30パーセント、食生活が約35パーセントという数字が出ていて、がんと食べ物に強い関係があることは、わかっているわけですから。
ところが、がん患者さんの食事の話になると、健康食品会社がらみになることが多く、なかなか公正な話を聞けません。そこで今日は、食べ物が健康に及ぼす影響を過大に評価する「フード・ファディズム(food faddism)」という考え方を日本に紹介された、高橋久仁子先生にお越しいただきました。

高橋 呼んでいただいて光栄です。私自身、母をがんの胸膜転移で亡くしていますが、再入院したとき結腸穿孔を起こして危ないところまで行きました。幸い生還しましたが、その後亡くなるまでの7カ月間、呼吸が苦しくなると「あのとき死なせてくれれば」と言い、その一方、おいしいものを食べさせると「生かしてくれてありがとう」と何度も繰り返し言いました。そんな経験から、がん患者さんの心の揺れを少しは理解できるのではという思いをもっています。

鎌田 おっしゃるような心の揺れに乗じているのが、テレビの健康番組ですね。

高橋 私は「健康娯楽番組」と呼んでいます。

鎌田 外来をやっていると、某有名番組が前の日に何を取り上げたかわかるんですよ。患者さんが「私は脳卒中には、もうなりません」と言うんです。どうして? と聞くと、「日本酒をやめて赤ワインにしたから」と。「私はくるみを1日3個食べることにしたから、血液サラサラで心筋梗塞も脳梗塞も大丈夫です」と(笑)。みんなもそれが危ない話とわかっているんですが、わかりやすいしおもしろいし、ポリフェノールなんて言葉が出てくると理論の裏づけがある気がして、つい引き込まれてしまうんですね。
そこでフード・ファディズムですが、これはどういう考え方ですか。フードは食品、ファド(fad)は日本語で言うと?

高橋 のめり込むという意味です。食べ物や栄養が健康や病気に与える影響を、過大に評価したり信奉したりすることですね。食と健康は当然深く関係しています。ただ、そればかり見て「あれはいい、これはだめ」と右往左往すると、「適切に食べること」が見えなくなってしまう。30年くらい前に紅茶キノコというのがはやりましたが、あれなど典型です。

鎌田 いろいろなものがはやりました。クロレラ、ハト麦、甘茶蔓、ヨーグルト、ココア……。

高橋 ヨーグルトやココアを食べたり飲んだりするのは、ファディズムでも何でもありません。でも、「それを食べたら万病解決」と思い込むのはフード・ファディズムです。

サプリを大量にとるのは食とは次元の違う話

高橋 フード・ファディズムでまず問題なのは、量の話が抜けていることです。糖尿病のラットにタマネギの抽出成分を45日間与えたら、血糖値が下がったという研究結果があるとします。すると、すぐ「タマネギを食べると血糖値が下がる」という健康娯楽番組が作られますが、体重50キロの人がタマネギを食べて同じ効果を得ようと思ったら、毎日50キロのタマネギを食べなければならないんですよ。

鎌田 そういうことなんですね。ぼくの患者さんの中にもタマネギ療法を信じて食べている人がいます。逆もありますね。たとえば、トリカブト。「トリカブト殺人」なんて三面記事がときどき載ったりしますが、トリカブトは実際人を殺せます。でも、微量を上手に使うと、病気を治してくれますからね。

高橋 まさにその話です。がんを予防できると明確に証明された食べ物はまだありませんが、「野菜や果物をたくさん食べること」だけはどの研究者も認めると思います。それでも、野菜をたくさん食事にとり入れることと、野菜中のある特定の成分を粉末や液体にして大量に摂取することはまったく別のことなんですね。がんの予防にベータカロチンを大量にとったら、喫煙者の肺がんが逆に増えたという話もあります。

鎌田 ベータカロチンは抗酸化物質だから、細胞のがん化を防ぐという話ですね。でも、ベータカロチンそのものは悪いものではありませんね。ベータカロチンの多い黄色の野菜をたくさん食べるのは、がんの予防になると考えていい?

高橋 いいと思います。胃袋には限界がありますから、野菜や果物をいくらたくさん食べても、特定の栄養素をとり過ぎることはまずありません。ところが、ベータカロチンだけ抽出して錠剤にすると、100倍、千倍の過剰な量が摂取できてしまう。そして、その有効量と過剰量はまだよくわかっていません。先ほどの喫煙者も50ミリグラムとっていたら肺がんが増えたわけですが、50ミリが多かったのか、10ミリグラムだったらどうなのかというとわかりません。また、食品はいろいろな成分が混ざり合って相乗効果も相殺効果もある複雑系ですから、何がどう作用したか特定しにくいんです。

鎌田 なるほど。それでも、いくつかの食品や栄養に関していいのか悪いのか、せっかくですから具体的にお聞きしたいと思います。カテキンはどうですか。お茶から抽出されるエピガロカテキンには、細胞のがん化に関係のあるCOX2という物質の発生を抑える作用がある、という論文を読みましたが。

高橋 2003年の癌学会で三重大学の先生が発表された論文は、逆に培養した正常細胞にカテキンを振りかけたら、DNA損傷を起こした、つまり、がん化したという内容でしたね。
お茶をよく飲む静岡県の川西町には胃がんが少ないと言われていて、一方では、やはり大量のお茶を飲む地域に大腸がんが多いと言われていた。どっちとも言えなかったのですが、そこに「大量のカテキンはよくない」という研究結果が発表されたわけで、驚きました。

鎌田 ほどほどのカテキンがいいんですね。僕は『がんばらないダイエット』という本の中で、「忙しくて運動ができず太り出したので、トマト寒天を食べている」と書いたんですね。赤い色素のリコピンがベータカロチンよりも抗がん化があると言われ、繊維の王様寒天と組み合わせた。あんまりおいしくないんですが、色がきれいでおかずにもなるので、健康法としていいかなと思ったんです。そうしたら、たくさんの人がやり始めたと言う。これなんかどうですか。

高橋 寒天を粉末にして飲むならやめてくださいと言いますが、食べるならいいのでは? たとえばレバーにはビタミンAが多いですが、レバーを食べてビタミンA過剰症になることはまずありません。飽きますから。その「飽きる」という感覚がとても大事なんです。

鎌田 安全弁なんだ。

高橋 錠剤や粉末は際限なく摂取できる。しかも、薬と思って飲むのですから、飽きるも飽きないもありません。その意味では、「健康のためだから、まずくてもいい」という感覚が、安全弁を狂わせている部分はあると思います。

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