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ドイツがん患者REPORT 22 「散歩」
6年前の大腸がん告知から2度の転移を体験し、いまも抗がん薬治療中の小西さん。体力回復のために行ったのは散歩でした。
現在も僕は長期の化学療法中ですが、僕にとっての〝闘病〟は、腫瘍の発覚から取り付けたストーマを外すまでの13カ月間だったと思っています。その間に僕がやっていた体力維持は散歩でした。
散歩を始めるきっかけ
2009年の終わり。僕はアメーバ性赤痢のため緊急入院。そのとき、直腸がん肝転移とわかって、闘病生活に入ることになりました。2週間余りの入院後、抗がん薬治療のためのポートとストーマ(人工肛門)の設置手術を受け、腫瘍を縮小するため、間髪入れずに6週間の放射線治療と化学療法が始まりました。
その緊急入院時に、僕は検査の連続とアメーバ性赤痢の酷い下痢のために体力を大量に消耗、2つの手術でさらに体力を失いました。放射線と化学療法のクリニックが自宅のすぐそばにあるにもかかわらず、タクシーを利用せざるを得ない状況でした。運の悪いことは重なるもので、その年は厳冬。零下10度という極寒の日が2カ月以上続きました。身長が180cm以上ある僕ですが、ミイラのように痩せこけ、体重は50kgそこそこという惨状でした。
抗がん薬治療を始めた僕は、副作用で手足がピリピリ痛むことより、本当に寒さが痛いくらいに骨身に伝わり、外出をなるべく避けていました。そのうち、治療中ながらも徐々に体力が回復してきましたが、これからも続く治療や手術に対して、漠然とした不安を抱きました。多分にそれは、自分に起こる難題をこれまでは体力でねじ伏せて解決するやり方しかしてこなかったからだ、と今は思っています。
家の近くに絶好の散歩コース
その頃の僕にできることの1つが散歩でした。大阪育ちのせいか、歩くという行為は目的地に行く手段でしかなかったので、それまでの僕は散歩をほとんどしたことがありません。
僕の住む町ミュンヘンは、昔からドイツ人が住みたい町No.1。文化と伝統があり、治安がよいこともありますが、緑との調和がよく取れているというのも、その理由の1つです。
ニンフェンブルグ城というかつての宮殿が近所にあります。その城から人工水路が伸びていて、土手でジョギングや散歩ができるように小道が作られています。その水路の始まりが、家から500mほどのところにあるので、散歩を始めることにしました。
まだ足がふらついて自信がなかったので、家から歩いて10分ほどの水路にかかる橋にたどり着くことから始めました。その後は、家と逆方向に15分ほど歩いてお城に向かい、カフェでカプチーノを飲むコースがメインとなっていきました。帰りは、来た道を引き返すことも多いのですが、調子が悪いときは路面電車に乗って帰宅。調子のよい日には、さらに往復20分ほど追加して、お城まで散歩しました。
散歩を始めたのは、まだすべてが凍っていた頃でした。もちろん道も凍っていて、水路にも分厚い氷が張っていました。氷が充分に厚くなると、即席のアイスホッケー場やカーリング場に水路が変身し、老若男女問わずスポーツを楽しむ人々が現われ、その盛況を眺めながら散歩していました。
水路には巨大な鯉が多く生息しているのですが、冬場は水底でひっそりと春の訪れを待っているのでしょう。水面に出たくとも分厚い氷に閉ざされている鯉を、したいことを我慢する自分に投影したり、また、いつもいるカモたちが氷上を歩き回り、渡ってきた雁や白鳥と共に餌をねだる姿を見て、その順応性に感心したりしていました。
季節が移り変わり、春になると、水路の土手には緑が沸き上がるように萌え、初夏には多くの野生の花が咲きます。視界に入るものすべてが灰色に見える病闘生活の中、冬から春、春から夏、と自然の息吹を感じながら、僕も同様に回復していくような気がしました。
また散歩が日課にできる日を
散歩を日課にしてからは、強迫観念からか、楽しくない雨の日でもほぼ毎日散歩をしていました。ストーマを付けていたのでトイレの心配をせずに2、3時間は安心できたのが散歩を続けられた一番の理由かな。ストーマを外してからひどい排便障害と下痢に悩まされるようになった僕は、長時間トイレのない場所に行くのが不安で、散歩をやめてしまいました。
散歩をやめて5年近く経った去年から、娘の飼い犬を週に1回預かることになり、散歩を再開。犬のためにしかたなく再開した散歩でした。話しかけても言葉を返してくれるわけでもなく、僕の指図に従わずに自分のしたい事ばかりしかしない犬でも、かわいくて、やっぱり楽しいものです。
ところが、今年に入って息子の犬アレルギーがひどくなり、つい先日も入院。そのため、犬を預かれなくなり、散歩は中断です。しかし、今日は娘が犬を連れて訪ねてきて、運よく腹痛もないので、5月の好天候の中、久しぶりの散歩に行ってきました。
もう少しで化学療法も終わります。これだけ長期間化学療法を続けていると「もう回復しないかもしれない」という思いもありますが、また散歩が日課にできる日が来るという望みを、今でも懲りずに持っています。
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