ドイツがん患者REPORT 24 「ミュンヘンで起こったアモック」

文・撮影●小西雄三
発行:2016年10月
更新:2016年9月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

8月24日。僕は約1カ月前に〝アモック〟で、9人の死者を出したショッピングモールに用事があって出かけました。

〝アモック〟の意味

2016年7月22日の金曜日(イスラム過激派の大きなテロは、イスラム教の祝日の金曜日に起こることが多い)、人が一番集まってくる午後6時頃。自宅からは直線距離にして約5kmのオリンピア・アインカウフツェントラムというショッピングモール前のマクドナルドで、ドイツ人とイラン人を両親に持つ18歳の青年が、外国人らしき若者を標的に、ほぼ無差別に拳銃を乱射する事件が起こりました。

ここは1972年のミュンヘンオリンピックの会場となったスタジアムに隣接しているところです。4車線の道路を挟んだ反対側のショッピングモールでも乱射を続け、9人の死者を含む多くの負傷者を出したのちに逃走、現場からそう遠くない住宅街で青年は自殺しました。

事件のあったショッピングモール。地下鉄の駅からも直結している

日本の報道では、この事件を〝銃乱射事件〟と呼んでいるようですが、ドイツではこういう事件をテロと区別するためにアモックと呼んでいます。

僕が初めてアモックという言葉を目にしたのは、中高生の頃に読んだ諸星大二郎の『マッドメン』という、パプアニューギニアの呪術を信じる原住民部族を描いたファンタジー色の強いマンガの中でした。

「原始的生活をしている人々が、先進国から来た人々の開発や布教の名のもとに持ち込む技術文明・近代文化に接して、カルチャーショックからくるストレスなどで精神的発作を起こし、奇行や暴力行動をする現象」という説明がされていました。

しかし、アモックという言葉は、この10年ほどで僕の知るアモックとは違った意味で一般化しました。ドイツでは、グループや組織に属さない個人が、怨嗟(えんさ)や特殊な信仰や思想・妄想から過激化し、無差別の傷害や殺人を行う事件をアモックと呼ぶようになりました。

いつの間にか、未開地で起こる現象ではなく、先進国で起こる事件のこととなり、アメリカの学校で起こった学生による銃乱射での無差別殺人は有名ですし、5年前にはドイツでも同様の事件で、たくさんの被害者を出しました。

事件発生時、子供たちは外出中

庭で飼っていた亀が脱走し、近所の子供たちが見つけて連れ帰ってくれたので、僕がお礼のお菓子を配っている午後6時頃でした。すると、子供たちの母親が血相を変えて駆け込んで来て、早く家に帰るようにと叫んでいます。正確には何が起こったかわからないようでしたが、近所で大事件が起こったと言っていました。

最初に犯行のあったマクドナルド

急いでテレビをつけると、僕のよく知っているマクドナルドが映っていて、銃の乱射が起きたようだと説明、そのまま現場から中継が始まりました。娘も息子も外出中で、家内は必死に子供たちと連絡を取ろうとするのですが、やっと取れたのは1時間後でした。

娘はBFと一緒にビヤガーデンに、息子は別居しているGFの母親の家に行っていることがわかりました。ところが全交通機関がストップして、GFは母親の家に行けず、息子も帰る手段がなくてGFの母親のところに泊めてもらうことに。娘たちも1時間半歩いて、我が家にたどり着きました。

子供たちは開口一番、僕が家にいることを確認して「ほっとした」と。というのも、マクドナルドの真裏にある楽器屋を、僕がたびたび訪れることを知っていたから。ニュースでアモックの起こった場所が特定されると、一番に僕の顔が浮かんだそうです。

実は、1週間後のライブに備え、ギターの弦を買いに行こうと思っていたのに、亀が脱走したせいで、急きょ取りやめたのです。予定通り買いに行っていたら、ちょうど事件に遭遇していた可能性が高かったので、亀に助けられたのかな。

飼って12~3年になる、庭で飼っている脱走した陸亀

いろいろな情報の氾濫

ネットや携帯電話をみんなが使用する時代になり、こういう事態が起きたとき情報が多すぎて、かえって混乱することになってきました。と言うのも怪情報が飛び交い、事件現場以外にも3カ所でテロが起きたという情報や、そのほかにも捜査や報道を混乱させる情報が大量に出回り、余計な心配や応対をとることになりました。

「犯人は3人で、使用された武器も短銃ではなく、長銃身」と報道され、事件1時間後にはすでに自殺した犯人の拘束がされていたのに、公共交通規制は翌日の朝まで続きました。夜通しヘリの飛ぶ音が聞こえ、町中の扉が閉ざされていました。

ミュンヘンは、ドイツでも有数の治安のよい町です。ミュンヘンオリンピックで起こったパレスチナ過激派によるイスラエル選手拉致殺人事件以降、テロ対策に力を入れてきました。欧州などで大規模テロが起こり、ドイツもテロの標的国といわれながらも、現在まで大きなテロを未然に防いできたのは、その頃からの経験の蓄積のおかげだと思っています。

最近は、乱射事件が起こるとすぐにイスラム過激派のテロと報道されがちですが、今回の事件報道はネオナチの極右主義者の犯行を示唆していました。事件の起こった場所を聞いて、僕もそう思いました。そこはミュンヘンの北のはずれにあり、ドイツ人よりも移民などの外国人が多くを占め、またイスラム教徒の多い場所でもあり、事件のあったマクドナルドは、客のほとんどが移民2世、3世の若者たちだからです。

生きるということへの、僕の思い

9人の命を奪った狂気の拳銃は、ネットでチェコから購入したオーストリア製の拳銃を改造したモデルガンでした。しかし、簡単に実弾が撃てる再改造ができ、最近の欧州のテロで最も使用されているものだそうです。18歳の青年が、簡単にこういうものを購入できる世の中になっているのです。

「僕は××××(トルコ人を卑下する呼び名)じゃない、ドイツ人だ‼」と彼は犯行直前に叫んでいます。ドイツ人とイラン人のハーフということで、学校でいじめにあって引きこもり、戦争ゲームに浸っていたとその後に報道されていました。

外国人をルーツに持つ子供の多い学校では、ドイツ人がマイノリティとなり、攻撃対象になりやすいという逆差別が起こっていると、僕もハーフの子を持つ親としてよく聞いていました。いじめが、彼を犯行に追い立てた一番の要因と思われています。だから、あの場所で外見が外国人に見える人を狙ったと思います。

いじめにあって人間不信になり、世の中に絶望を抱いたことはある程度は理解できます。でも、人生をただ消耗させ、他人の人生までも奪う行動は、たとえどんな理由があるにしろ許されることではないと思っています。生きるため、病やいろんなものと闘っている人のことを考えると、理不尽な気にもなります。もし、彼が命を懸けた闘病をすることになっていたら、逆に彼は生きることに執着したとも思ってしまいます。確かに苦しく、先に楽しい未来があるかわかりませんが、それでも、僕の、がんサバイバーたちの、そして闘病中の人々の人生が有意義だと思えました。

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