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ドイツがん患者REPORT 31 「憂鬱なときの過ごし方」
今でも1日のうち4~5時間は、腹痛を伴う生活が続いています。何日かおきに、腹痛が半日以上続くときもあります。僕が痛みに鈍いせいか「鈍痛」という表現がぴったり、そんな感じです。
腹痛が始まるとよく下痢も伴うので、しょっちゅうトイレに行くはめに陥ります。夜に腹痛が起こっても寝ますが、途中で何度もトイレに行くために起きなければならず、寝不足で始終ぼーっとした感じです。
このような生活は、4年前にゼローダ治療を始めたころから頻繁になってきました。それでも最初のころは気力があり、時間がもったいないと、鈍痛の間にもいろいろなことを諦めずにやっていました。
しかし、頭がはっきりしない状態では集中できず、イライラといたずらにストレスをためるだけで、今は憂鬱(ゆううつ)な時が早く過ぎ去るように、僕なりの努力をしています。時間の長さを変えることはできなくとも、時が早く過ぎ去るように感じることはできるはずですから。
8年前から痛みを我慢する生活
8年前に直腸がんで闘病に入ったころから、長短の差はありますが、痛みを我慢する時を多く過ごしてきました。ギターが弾けるときは、ギターを弾いて気をそらし、夜中や指が痛くて弾けないときには、本を読んだり絵を描いたり。読書は好きですが、ドイツ語の本は苦手(耳からドイツ語を学んだせいでしょう)で、持っている日本語の本が少ないのであまりできません。
それ以外のときは、テレビを眺めて過ごしました。頭がぼーっとしているので、観るというより眺めていました。それでも、放送内容が頭には入ってくるので、テレビに頼って時を過ごすことが苦痛になってしまいました。
そのうち、3年前に手に入れたパソコンで、ネット情報や動画を見ることが僕の憂鬱時の過ごし方の代表になっていきました。それにもちょっと飽きて、時の過ぎるスピードを、長く感じるようになっていました。
三つ編みを始める
「昔、娘の髪を三つ編みにしたことがあるけど、あれ、どうやってやったんだろう?」ある夜、いつものように鈍痛を忌々しく感じながら、ふと考えました。頭の中でいくらシミュレーションしてもできません。
次の日、いつものように夕食の材料をスーパーで物色しているとき、直径5cmほどの細い毛糸玉を、3色1セットで売っているのを見つけ、即座にかごに入れました。去年の真夏、なぜそんな時期に普段置いてない毛糸を売っていたのかわかりません。前夜、考え込んでいた三つ編みを自分の手で試してみるチャンス。きっと神様が憂鬱になっていた僕の手助けをしてくれたと思いました。
家に帰り、すぐ三つ編みを試してみると簡単にできます。気がついたら、時間を忘れて編んでいました。そのときも腹痛があったのですが、普段よりずっと早く、楽に過ごせたように感じました。
こうして始めた三つ編みですが、問題が1つありました。毛糸の三つ編みの紐がどんどんできてしまうことです。ほどいては編んでいたのですが、ほどくのって、あんまり楽しくないんです。場所をとらない方法はないかと考えた結果、裁縫などで使う木綿の糸で三つ編みをすることにしました。これなら、少々の時間を費やしても、たいした量にならないので気軽にできます。
木綿糸の三つ編みで作った紐でまた三つ編みを編んでいくと、いつの間にか〝プロミスリング〟のようなものができあがります。日本では〝ミサンガ〟と言うらしいですが……。いろんな色の糸を組み合わせると、無限の色彩の広がりを感じ、とても楽しくて、憂鬱な時間が早く過ぎるような気になってきました。今も指に抗がん薬の副作用のしびれがあるので、少しでも指を動かすのはリハビリになる、とも思っています。
偉大な発明の恩恵を知る
「物を作る」ことにこだわると使命感のようなものが出てきて、僕の場合はそれがストレスになってしまいます。だからなるべくそういうことを考えないようにしていたのですが、僕の妄想は広がり、人類で最初に紐を作った人は、どんな気持ちだっただろうとか、布はどうやってできたんだろうとか考えたら、好奇心が湧いてきました。
縦糸と横糸を組み合わすだけで布はできますが、織り機もなしに手だけで編んでいくのは途方もない根気がいります。極小のハンカチ大の物1つ作るのに、何千回も糸を組み合わせます。指先でそれをやるには無理でピンセットを使いましたが、それでも大変な労力です。
マニュファクトリーが始まったときに、繊維を織ることに重きをおいた理由がよくわかりました。先人たちは、本当に偉大な発明をしたものだと思い知りました。普段、何気なく使っているものの多くは、機械の手を借りずに作るとなると本当に大変、この時代に生まれてよかった。
こうした日頃の話を聞いた姉が、リリアン編みの道具を送ってくれたのは3カ月ほど前でした。子供が遊びに使う、ピンク色のおもちゃみたいなものでした。男の子はリリアン編み遊びをしたことはなくても、僕らの年代は子供のころよく目にしたもので、小学生にもわかるような簡単な説明書がついていました。
リリアン編み棒の頭の部分に5つの突起があり、一筆書きの要領で星形に糸を突起にかけて巻き、星形になった糸の上にぐるっと糸を一周させる。そのあと下の糸を上の糸の上に外すようにしていくと、道具の下の部分から、中が空洞の筒状に編まれた紐が出てくる、というのがリリアン編みです。
僕は、構造や原理が理解できないと何もできないタイプ。わずか数㎝のリリアン編みができるのに、数時間もかかりました。
しかし、仕組みが理解できてからは、快調にリリアン編みは長くなっていきます。そのうちに、リリアン編みの筒状の中に何か丈夫な紐を通せば、例えば太めの梱包用の紐を通せば丈夫な紐になることに気づき、中に編み込むことを始めました。2m位の紐を3本用意して三つ編みにして、その両端に小さな輪を取り付けると犬のリードができました。去年のクリスマスに僕の大好きな娘の犬にプレゼントしましたが、もちろん犬は全く喜びません。自己満足、それでいいんです。
花マンダラの塗り絵
クリスマスに、姉から花マンダラの塗絵の本が届きました、懐かしいクーピーペンシルと一緒に。闘病中の7年ほど前にもマンダラ塗絵の本をもらいました。そのときは本に直接カラーサインペンで塗ってしまいましたが、今回は厚手の紙にコピーして使っています。
リラックスするには30分位がよいそうですが、僕は疲れるまでやってしまうので、30分やったら30分休憩と一応は気を使っています。もう1カ月以上になりますが、結構はまっています。
今、息子が、ADHDなどの障害や、両親が外国人や終日共働きで世話ができなくて学業についていけない子供たちの「放課後学校」のボランティアをしています。そういう子供たちに塗絵をやって欲しい、と思っています。
問題児といわれる子供は、相手に意思が伝わらなくて暴れたり騒いだり、でもそういうことをするたびに傷ついているので、塗絵でリラックスできたり、感情を抑えることに少しでも役に立つのでは、という理由です。憂鬱なのは、事情は違えども僕も彼らもそれほど大差ないはずです。
とはいえ本心は、憂鬱な時間のない僕に早く戻りたい。ここまで来て「まだ悪あがきを」と思われても、僕にはまだ望みがあります。今年(2017年)の10月には、ゼローダ治療を始めて5年になります。最後の再発(2012年)から丸5年の安全圏に入るので、もう止めてもいいと思っています。
その後に、以前のような僕に戻れるかはわかりません。でも今の僕は、災厄が頭の上を過ぎ去るまで手足を縮めて待っているつもり。そのときが来るまでの時間を早く感じるための、僕なりの方法を今回は書きました。
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