ドイツがん患者REPORT 32 「難民支援チャリティーライブ」

文・撮影●小西雄三
発行:2017年6月
更新:2018年10月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

3月26日、僕のバンドINKSは、久しぶりにライブをしました。個人が主催する難民支援チャリティーライブで、主催者は仕事を引退してもう長いおじいちゃんです。

僕らが彼に声をかけられたのは2年前、ネパール地震被災者へのチャリティーライブのときでした。彼はそれ以前に僕らのライブを今回会場となった店で見ていて、声をかけたそうです。

店の名前は「イルクーツク」。ウォッカとロシア料理が名物ですが、とくにロシアとの関係はありません。とはいえ、東ドイツと呼ばれていた地区では、結構ロシアは身近なものだったのです。

店のオーナーは近くの小劇場を経営しています。以前に比べ数は減ったものの、ミュンヘンには小劇場での鑑賞を好む人が多いせいか、他都市に比べて数多くの小劇場があります。

メンバーのギターとヴォーカルのデーブも過去に演劇をやっていたし、ヴォーカルとフルートのフランツィーは今でも舞台役者をしているので、この店で演奏ができることになっていたのです。

難民支援チャリティーライブが行われた店「イルクーツク」

73歳のおばあさんが作った小さなリュック

演奏の前に、主催のおじいさんがチャリティーライブの趣旨を話しました。

現役を引退した高齢者が何人か集まり、難民の生活に必要な衣料や日用品を集めて、国とは別に援助をしています。それ以外にもオープンマーケットやチャリティー会場で物を売ったりして、少しでも助けになるようにと寄付を募っているそうです。中でも彼らを有名にしたのが、廃品の傘から子供用の小さなリュックを作り販売していることで、73歳になるおばあさんが作っているそうです。

とても人のよさそうな話好きのおじいさんなのですが、スピーチに慣れていないせいか、「73歳のおばあさんが……」を繰り返し、心配していたらデーブがうまく切り上げてくれました。

実はこの店で演奏するときに、問題が1つあります。それは演奏できる時間が、ドイツの法律の夜10時までではなくて、9時までということ。理由は、住宅街のど真ん中にあることよりも、早寝の高齢者が多いからみたいです。

いつもなら、お客さんや僕らの気分次第で演奏の延長はよくやることなんですが、それができないこと。バンドは3時間以上のレパートリーがあり、とくに僕は長年パーティーバンドで演奏してきたので、今でも体力の続く限り演奏したいから……。

主催のおじいさんが、その小さなリュックを、僕ら全員にプレゼントしてくれました。よくできたパッチワークで、子供たちの小物を入れるにはちょうどよい大きさだと彼は説明していました。最初は難民の子供たちに作ったけど、よくできているからと、そのうち販売することになったそうです。ミュンヘンの新聞も取り上げて、販売に協力してくれたそうです。

おじいさんは気持ちだから持って帰ってくれと執拗に僕に言うのですが、身近に小さな子供が今いないので、「ほこりをかぶるようなことにしてはもったいないから」と辞退しました。

値段を聞くと、1つ10ユーロで販売しているそうです。大阪で育った僕には、「今日はチャリティーに来てる客ばっかり、倍の値段でもチップ代わりに払うのに」と、商売人根性が沸き上がってきました。

廃品の傘で作った小さなリュックを、難民のための資金集めに販売していることをミュンヘンの新聞が取り上げた

指の調子がよく楽しく演奏できたライブ

バンドのメンバーと

ライブの前日、僕らは録音スタジオに集まり、デモテープの録音をしました。知り合いのスタジオ経営者がバンドのオリジナルの1曲を気に入り録音したいということで、デモテープを録ることになったわけです。貧乏な僕らを見かねた彼の好意なのはわかっているので、とてもうれしいものです。それなのに、2週間前の録音日にデーブはインフルエンザにかかり、フラフラで声も出ない。それでライブ前日の取り直しになっていました。想像以上にうまくいって、あっけないくらい短時間に録音は終わりました。

前日にそんな機嫌がよくなることがあったせいか、ライブは久しぶりに演奏のバランスもよく、高揚感がありました。それにはバンドのメンバーには言いにくい僕の個人的な事情もありました。

それは、僕の指の状態なんです。抗がん薬を始めたころから、指先のしびれた感覚が抜けずに、ときには痛みも。痛みのひどいときにギターを弾くのは、いくら好きでも苦痛になります。でも、痛み以上に思ったように指が動かないことに、苛立ちや苦しみを感じます。練習すればうまくなった過去とは、考えを変えざるをえませんでした。

練習は、レベルを落とさないためのものとなり、長時間の練習は負担が多すぎるので、止めることにしました。リリアン編みや塗り絵での指のトレーニングのせいか、この1カ月ほど指の調子がよく、本当に楽しく演奏ができました。こういう僕の気持ちが伝わって、バンド全体がよい演奏のできた理由かもしれません。

僕のバンドのお客さんの平均は50歳以上ですが、この日は30歳以下の若い聴衆が多く、最初は「大丈夫かな?」と少し心配もありましたが、気に入ってもらえたようです。年寄りは好きな音楽ジャンル以外は受け付けにくくなっていますが、僕の子供たちの年代は、案外偏ることなくどんな音楽も楽しめるようで、うらやましく思ってしまいます。とはいえ、僕もデーブもハードロックのギターを若い頃から弾いてきて、今のアコースティックギターとは無縁だったので、「こんなものかな、人生も音楽も」とも思いました。

情報こそが、一番のサバイバルツール

ドイツでは難民が増えるにつれ、大量流入に反対する人も増え続けました。今でも「経済難民」と言われる、少しでもいい生活をしたくて危険を承知で海を渡り、命がけで欧州に来る人たちも大勢います。そういう人たちを総て受け入れられるわけもなく、かわいそうでも選別せざるを得ない面もあります。しかし、命に危険を感じて逃げて来ている人は、僕自身が〝死にそこない〟という負い目を感じていた経験からも、できる限り助けてあげたいと思うのです。

「危険? そんなわけないだろう。だってみんな手にスマホを持ってるじゃないか」

今では、もうほとんど言われなくなりましたが、そう指摘する反対派の人たちがいました。しかし、難民にとって命の次に大事なのは、スマホ。どのコースが今一番安全か、どうすればよいかなど連絡を取り合い、スマホで得る情報が生き残るための最重要ツールとなっているのです。

がん患者やがんサバイバーにとっても同じ事だと思います。スマホは必ずしも必要ありませんが、「よい情報、正しいファクトに支えられた情報」が生き残る最重要ツールだと思います。それゆえ、以前と違い僕は難民にシンパシーを感じるのです。

もちろん、「多くのフェイクニュースがあふれ、迷える人を騙(だま)す」ものも多く含まれているので、正しい情報を見極める目は必要です。選択を間違えれば、命にかかわってしまうことも多い。正しい情報判断こそが、生き残る道というのは、がん患者も難民も同じだと思うのです。

生まれた場所、生きてきた場所、その時期によって運不運というものがあります。この不公平は、個人ではどうしようもありません。しかし、科学技術や世界情勢が高速度で変化する現代において、少しでもその不公平の改善に役立つのは情報だと思うようになり、情報というものと無縁に生きてきたことを、最近少し反省しています。

日本に住んでいると、難民問題は身近ではないと思いますが、それだけ日本はよいコンディションにある国ということなんです。だからと言って、ドイツも悪いコンディションの国ではありませんよ。だって、こういうことを通じていろんなことを知り、感じる経験ができるのですから。

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