ドイツがん患者REPORT 38 「777のレシート」

文・撮影●小西雄三
発行:2017年12月
更新:2017年12月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

ゼローダ治療を止めたため、健康保険の支払い方を変える

11月は、役所の手続きなどで何かと忙しく、例年は健康保険の自己負担免除の申請をしていました。郵便や電話でもできるのですが、手続きに自信のない僕は、健康保険の事務所に毎年直接出向いていました。

ドイツの一般の健康保険加入者は、処方箋がある薬の購入のときは、1割の自己負担、もしくは5~10ユーロの自己負担となります。僕のように、恒常的に薬の服用が多い人には、この金額が馬鹿になりません。

しかし、全所得の1%を超える超過分は、健康保険が負担してくれるシステムとなっています。ですから、レシートを保管しておいて後で健康保険に超過分の申請をするのが普通なのです。けれども、最初から超過することがわかっている場合には、先に1%分の金額を払い込んでおき、自己負担免除とすることもできます。僕はこの方法をとっています。

家族の自己負担も免除されるので、僕の息子のように喘息とアレルギーの持病があると、毎月の息子の薬代も結構な額になるので、今までは悩むことなく自己負担免除を申請していました。

子どもについての自己負担免除については、親と同居していると26歳までは親の保険に加入できるルールになっています。このルールによって別居している娘は免除になりません。9月からケルンの大学の舞踏科で学んでいる息子も、恩恵を受けることができなくなりました。そのような理由もあって、来年の自己負担の免除の申請を、今年はしないことに決めました。

でも、一番の理由は先月号に書いたように、ゼローダ治療を止めたからです。しかし、止めるにあたっては不安もあったので腫瘍内科の主治医に相談したところ、「じゃあ、とりあえず中断しましょう。来年にCTを撮って、その結果を見てその後の事を決めていきましょう」と言われました。

「中断?」僕はこれで止めるつもりなのです。

「何か話がかみ合っていない」という気持ちが払拭されていませんが、これまで僕の服用している薬のほとんどが、ゼローダを除くと、下痢止めと腹痛の痛み止め、時々起きる神経症の緩和剤で、ゼローダ治療に入る以前(5年以上前)もそうでした。

最初の発病以来、ずっと下痢と腹痛が解決することなく、体調が回復する前に再発の繰り返しでした。それでも、時間はかかっても、「きっと薬の服用なしに体調が回復する」と信じていましたし、今も信じようと思っています。ですから、自己負担の免除が必要なほど、来年は薬はいらないと勝手に思い込んでいるわけです。

近くの公園。木々も落葉が始まって

息子の練習中の事故

先日、息子が大学で練習中に接触事故を起こし、瞼の上を切り脳震盪(のうしんとう)を起こしたので救急搬送されたと連絡がありました。脳震盪の場合、安全確認のため1晩は病院に入院するので、そのこと自体に驚きはしませんでしたが、家内はとても心配のようでした。

息子が医者に行くのは費用が掛からないので問題はないのですが、処方箋の薬を、自己負担額をけちるあまり服用しないのでは、という心配が沸き上がりました。親というのは、無用な心配をするものかもしれません。

とまぁ、小さなことをうじうじと考えてしまう日々が続いています。大過がないから、幸せな証拠なのでしょう。

ゼローダ治療を止めてもう3週間。目に見えた変化もなく、相変わらずの体調で、リセットのスイッチはもう押されているのに、という感じが続いていた先日のこと。朝、娘の犬と散歩に出かけました。

11月も近くなると夜明けが遅く、東の空が焼けて見え、そして思いました。今のこの時間を、朝だって知っているから朝焼けだと認識できる。でも、写真でこの風景を見れば夕焼けと思うかも知れない。これから1日が始まろうとするのと終わろうとするのでは、気分が違う。見かけで判断はできない、今の僕の状況も同じかも知れない。ゼローダを止めてリセットしたんだから、これから陽が落ちていくんじゃなくて、陽が昇る朝だと思うようにしよう。

バンドオリジナルCDを作成しようとするが……

今年を振り返ると、億劫になることが多くありました。何とかモチベーションを上げようと、僕のバンドが懇意にしている若い女性がん患者をフォトシューティングで支援している団体R.Y.S(Recover Your Smile)の資金協力のために、バンドオリジナルのCDを作ることにしました。R.Y.S代表の1人バーバラはその活動が認められ、ドイツの女性1,000人の1人となったお祝いの意味も込めて。

しかし、僕のバンドはとてもビジネスには疎い、マネージメント力がないメンバーばかりなので、遅々として進みません。僕の作曲した曲をCMソングとして売り出すという話も、立ち消えみたいになっています。イライラしても仕方ないのですが、時間の制約があり、またしてもチャンスを逃し、喜び損となるのかなと、モチベーションが下がる思いです。12月中旬には、ボーカルのフランツィーが第2子の出産と引越しを控えているので、その前に完成させないと、また何カ月も停滞したまま話が水泡に帰すかもしれません。

バンド仲間フランツィーの誕生日パーティ

そのフランツィーとは、もう十年来の付き合いで、彼女の誕生日パーティに毎年参加しています。ドイツの典型的な誕生日の祝い方は、前日の夜からパーティを始め、日付が変わると同時にお祝いの言葉を述べます。11月1日生まれの彼女の場合は、誕生日パーティがハロウィンパーティを兼ねて、ドイツは次の日が万聖節の祭日なのでいつも盛大に祝っていました。

しかし、子供が生まれてからは様変わり。午後からパーティを始め、30代半ばの彼女の友人たちも子連れのお母さんが多く、雰囲気は子供の誕生会です。それはそれで楽しいのですが、これまでと隔世の感があり、おじいさんになった気がします。

777のレシートをお守りに

バンドの録音やライブにはベースギターが必要です。僕はそれを入手しようとしていたのですが、うまくいかずあせっていました。〝何もしないうちに、自分の命だけが消耗していく〟と感じていた、ある日のバンドの練習中のことでした。突然、ギターとボーカル担当のデーヴから、「知人からベースギターが手に入ることになったので、僕に譲る」と言われて、僕は大喜び。これで、悩みが1つ解消しました。

777の数字が揃ったレシート

その日の練習の帰り、スーパーで買い物をすると、貰ったレシートが777ユーロでした。777のレシートを初めて手にしたのは、4年前日本に帰国したときでした。楽器屋さんで、小さなものを購入して貰ったレシートが777円でした。なぜかそのレシートが貴重品に思えて、大事にドイツまで持って帰りました。それをピック入れに入れていたら、待望していた新しいバンドを組むことができ、「がんサポート」の闘病記の応募に入選もしました。そのレシートのおかげとは言い切れませんが、僕はそう信じています。それ以来、毎年777のレシートを1枚手に入れ、それをお守りにしています。

今年も777のレシートを手にして、何かよいことが起きそうな気になっています。朝焼けとみるか、夕焼けとみるか、わからないならやっぱり朝焼けとみることにしよう。ゼローダ治療を止めたのも、保険の自己負担免除を止めたのも、きっと正しかったんだ。リセットも正しかったんだ。毎日時代は少しずつ移り変わっていく中で、〝治療〟という停滞の中で生きてきた僕に、このリセットは正しかったと思うことにしました。

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