ドイツがん患者REPORT 40 「本当に腹がたった出来事」

文・撮影●小西雄三
発行:2018年2月
更新:2018年2月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

「母(僕の義姉)にその絵を見せると、とても気に入ったので、クリスマスプレゼントとして贈りたいのです。何とかなりませんか?」

クリスマスの1週間前に、甥っ子からメールが届きました。

僕は、腹痛に襲われていて時間が早く過ぎて欲しいと思うときに、よく絵を描いています。そのときは、バンドで制作を予定していたCDのブックレット用の歌詞に合わせた絵を描いていました。ここしばらくは、A4サイズのものを、細いカラーペンで描いていることが多く、それをフェイスブックにアップしていました。

自分の絵を複製してプレゼント

僕はその原画をプレゼントしたいと思いましたが、その絵はもう手元にありません。でも下絵はあったので複製なら描けますが、クリスマスには間に合わない。それならと、スキャンしておいたデータを甥っ子に送り、彼がそれをプリントアウトして、プレゼントすることにしました。

それで1件落着したわけですが、なんかそれでは僕自身が納得できず、クリスマスの間に複製の絵を仕上げ、義姉に郵送しました。絵が届いたというメールは数日経っても来ないので、郵便物が紛失したのでは? と少し心配していると、彼女から長文のお礼のカードが届きました。すごく喜んでくれているのがわかり、うれしかったです。

「彼女が喜ぶこと、普段以上にモチヴェーションが上がることをしてあげたい」と、思っていたのに、僕はここのところ無気力の〝冬眠状態〟でしたので、そういう機会を得られて幸運でした。

I´m flying through the night and then I´m coming into your bed. please close your eyes and listen to the silence. you will feel my hand down on you.

「普段以上に」というのには、理由があります。実は、今年の2月に彼女は5週間ほど精神科に入院して、集中的に治療を受けるからです。ここに至るまでいろんなことがあり、彼女の心の葛藤が大きかったことは、想像がつきます。

確かに、精神科の治療を受けるという行為は、日本に比べるとドイツは受けやすいと思います。周囲の反応も日本に比べて寛容で、普通の身体的な病気の治療と同じように見えます。

精神病による差別を公然と言うような人は、それこそ、本心はどうであれ、人格に問題がある人として、逆に避けられてしまいます。ただ、それは建前上のことですから、やはり精神科の治療を受けるのは、こちらでも結構ハードルが高いのも事実です。

義姉は、気分の乱高下が大きくて、学生時代から鬱(うつ)の兆候はあったそうです。子供ができ、結婚して、子供が成長していき、そして離婚も経験しました。

その間、治療を受けられたのなら、きっとそのほうが彼女にとっても周囲にとってもいい結果が出たのでしょうが、「子供が」とか、「飼い犬の世話が」とか、いろんな理由をつけて治療を受けようとはしませんでした。

自身が精神の病気であるという自覚をするのは、今までの人生を、自分のアイデンティティーを全否定するような気になり、なかなか認められないものです。僕自身も、がんになるまで、彼女同様に治療を受けられませんでした。今の僕は、いろんな病気を経験したおかげで、ハードルがなくなりましたが。

子供たちをみて治療する決心

彼女には、子供が3人いて、上の娘は拒食症になりましたが、肉体改造に目覚め、拒食症を克服。わずか1年半でドイツのフィットネス部門のチャンピオンになりました。始めると、一生懸命になりすぎるところが少し心配ですが……。

真ん中の息子、今も僕に一番なついているメールをくれた甥っ子は、アメリカ留学中に鬱病になりました。短期間の治療でよくなったのですが、症状は続いていたので、治療の継続が必要でした。

アメリカ留学後に、今度はイギリスに留学しました。そのときもまだ精神科の治療を受けていて、処方された薬にドイツでは処方ができない薬が含まれていたそうです。

その後ドイツに帰国しましたが、処方できない薬を急に止めざるをえなかったため発作が起きて、一時入院しました。しかし、彼も今は安定しています。

そういったことを目にするうちに、義姉も本気で病気に取り組もうという気になってくれて、治療を受け始めました。医師は、彼女に入院しての集中治療を勧めましたが、「犬の世話が……」とか理由をつけて、入院治療まではなかなか決心がつかないようでした。

そこで、「1人で、仕事を休んでの5週間は大変だろうけど、僕たちみんなで手分けすれば大丈夫。とくに僕なんて、何もしていないんだから、みんなができないときの穴埋めくらいはできる」と、彼女に進言しました。

僕が「最初の肝転移再発のときに、自宅の浴室とトイレをリノヴェーションすることになり、1週間彼女のところに世話になったお礼もあるので、気にしなくていいです」とも言って、やっと、彼女は入院を決断しました。

僕の部屋の窓から

やっとの決断に水をさす

それなのに、みんなで彼女のモチヴェーションを高めようとしているときに、余計なことを吹き込む人がいたのです。それが身内に近い人だと、本当に怒りを感じます。

病院に入院して薬による治療を受けると廃人になるみたいなことを、ぼやかしながら言ってみたり、代替治療や心霊治療のほうがいいとか、挙げ句の果てには、薬によってその人の依存性を高めるのが製薬会社の狙い、とかと言い出す始末。

そういうことを言っている当人は、以前ハイルプラクティカー(補完代替医療分野に限定した医業免許を持った医療者)をやっていたが、患者が集まらず商売替えをして、今はマッサージ業をしています。大学にも長く通っていたし、知識人と言われる部類の人なのに、風評を本当に検証もせずに、頑張ってモチヴェーションをあげている人に水を指すような言動は許し難く思いました。彼がそう思い、そういう治療を拒否するのは自由ですが、毒をまき散らさないで欲しい。

精神の病の診断・治療は確かに難しいものです。僕も経験があります。抗がん薬治療の後、疲労のために動けなくなり、何もやる気がしなくなったときに、腫瘍内科の医師から腫瘍精神科を紹介されました。そこで慢性疲労症と診断され、治療を受けました。

入院して集中治療を受けたほうがいいと言われ、そうすることにしました。しかし、精神科に入院が決まった直後、腹膜に腫瘍が見つかり手術することに。そのときに甲状腺の異常が見つかり、ホルモン薬を服用したら、慢性疲労の症状がすーっと消えました。だから精神科への入院は必要がなくなりました。慢性疲労症の診断は、誤診だったのかも知れません。

だからと言って、完全にそういう現代的な治療を否定するような昨今の風潮、日本ではどうなのかは知りませんが、ドイツではよく目にする現代医療の否定という風潮を、憂慮するのは、僕だけではないと思います。

原因がわからないから処方はできない

今日、今年初めての腫瘍内科の定期検診を受けました。

ゼローダ治療を止めてからの体調が、思ったよりも回復していないことを告げ、この2カ月間ほど続いている慢性疲労症のような疲れ、それに準じて起こる冬眠のように眠り続けてしまう症状を訴えました。

「原因がわからないと、薬は処方できない」と、医師に申し訳なそうに言われました。対処法が見つからないことに残念な思いでしたが、仕方ありません。

「何もせずに、薬の服用もなしに、自然と治るのが一番いいんですけど、そういう希望って、かないませんね」。これは患者みんなの願いでしょうが……。

心の病気も、ときにはがんと同じくらい危険な病気。素人は、目に見えないからといって、適当なことを言わないで欲しい。最後まで責任を取れないのなら、何も言わないで欲しい。治ろうとしている患者の心を惑わさないで欲しい。いくら医療システムが近代化しても、治療は患者が治ろうとしなければ、意味がないのでしょうから。

ゼローダ=一般名カペシタビン

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