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ドイツがん患者REPORT 46 「予定は未定」
2018年6月27日、ロシアで開催しているサッカーワールドカップ予選の最中、僕のバンド Incsはミュンヘン郊外にある Kirchheimという町で、若い女性がん患者をメークアップとフォトシューティングで支援する団体 R.Y.S(Recover Your Smile)の中心人物、B・ステッカーとD・ザイツが主催する朗読会で演奏しました。
彼女たちが出版し話題となった写真闘病記の2冊に掲載された写真を、プロジェクターで映し出しながら、その本を朗読し解説するという朗読会でした。
僕らは要所要所で、彼女らからのリクエスト曲を演奏しました。この日はボーカルとフルート担当のフランツィーの都合が悪くて、3人での演奏となってしまい、普段通りにはいきませんでした。でも、僕のバンドはメンバーが足りなくても足りないなりに演奏できるので、何とかそつなくこなせました。
国中がサッカー熱
6月27日の午後、会場で演奏の準備をしている真っ最中に、ドイツの予選通過をかけて韓国戦が行われていました。チラチラっと入ってくる情報では、どうも韓国相手に苦戦しているらしい。
ドイツ人にとってW杯は、オリンピック以上の一大イヴェントで、国営テレビが全試合を放送します。街のそこかしこにパブリックビューイングが設置され、飲食店では大型のテレビを置いて試合を流します。
ドイツには移民も多いので、それぞれの出身国を応援するので大騒ぎです。でも今大会はオランダ、イタリア、トルコが出場できなかったのでかなり控えめですが、ドイツ戦ともなればその時間は町のいたるところで大変な盛り上がりです。
しかし、今大会のドイツチームはさほど期待が持てそうもないと僕は思っていましたが、前回のブラジル大会で優勝しているので、たとえ調子が悪くても周りは楽観的に見ていたようでした。現実的なドイツ人も、こういうときは主観的、感情的に見るんだなと、ちょっと驚いてしまいます。空気を読まない僕も、さすがに「予選落ちしそうだよ」とは言えず、こういうことは「口をふさぐものなんだな」と改めて感じました。
話は少しそれますが、第二次世界大戦後ドイツでも日本同様に、愛国者と呼ばれたがらないという風潮があり、愛国者=右翼思想=ファシズムという方程式があるようです。国旗を掲げることが一般的になったのは、2006年のドイツW杯からだそうです。
他国出身者の国がW杯で勝てば、その国の国旗をドイツ国内で堂々と掲げているのに、自分たちドイツ人はそれができない、自国が好きだと言いづらい状況というジレンマはよくわかります。
当時、僕も10歳の息子と日本が勝てば、車に日の丸をくくりつけて街中を走ろうと計画し、手作りで2×1.5mの国旗を作りました。が、残念ながら日本は1勝もできず、その機会は訪れませんでした。
途中、ドイツ予選落ちの悲報を知ったカティは、嘆き、がっくりと肩を落としました。彼女はサッカーをずっとやっていたこともあってサッカーが大好きです。僕はカティを見ていて、負けて予選落ちするのは嫌ですが、今日のイヴェントに限って言えば、よかったのではと思いました。その日の聴衆は、サッカーの勝敗に関係なく集まってきてくれただろうし、子供のようなカティが勝利で浮足立って元気いっぱいに演奏されても趣旨に合わず、困ったことになったことでしょう。
オリンピックもW杯も政治や外交とは切り離せない面があり、EUと大きな摩擦を起こしているロシアへ代表チームを送ることに反対する政治家も多く、テレビの討論テーマにもなっていました。
もし順調に勝ち残れば、サッカーファンのメルケル首相も観戦に行かざるを得なくて、パーラメントとしては、敗退してその問題がクリアされて喜んでいそうです。とはいえ、予選突破を前提に多くのイヴェントが組まれていたので、家庭や友達が集まってのBBQパーティも含めれば、ドイツのGDPをかなりの額引き下げたことでしょう。
集まった聴衆はSNSなどで
朗読会の行われた会場は、高齢者向け介護施設内だったので、高齢の聴衆ばかりかなと思いましたが、意外にも30代、40代の人々がほとんどでした。高齢者は、ここに住んでいるだろうと思われる女性が3人、仲良く補助器を押しながら参加しているだけでした。
何人かに朗読会の参加理由を聞いてみると、新聞やSNSで本や団体のことを知り、興味があったので参加したとのことでした。新聞はインパクトが強く、全年齢層に影響力がありますが、SNSは年齢層に限定はあっても、FBなどはアップデートされ進化していき、いつでも影響を与える可能性があるものだと、実感しました。
6月号で紹介したがん患者を支援する僕らのバンドのCD「Recover Your Smile」は、少ししか制作しなかったので、そのときたった6枚しか残っていなかったCDはすぐ完売。苦し紛れに「SNSで注文受けつけます」と、言ってしまいましたが、(この無責任発言は僕じゃあない)どうするつもりなんでしょう?
会場は高齢者介護施設「セニオールハウス」
朗読会の会場、高齢者介護施設は「セニオールハウス」と呼ばれていて、「シニアハウス」という意味です。一般的には今でも「アルテンハイム」と言い、老人ホームのことなんですが、最近は「老人」と言わなくなってきているんでしょう。
このセニオールハウスは2002年に施工されたそうですが、今でも新築のようにきれいです。公的資金が入っていますが、民間が経営していて、普通の人が入れる高齢者介護施設です。
1階から4階まで吹き抜けになっていて、天井は温室のようなガラス張りになっています。暑い夏よりも日の差し込まない冬の日が多い国だからか、ドイツ人は日光をとくに大切にするので、そのような造りになっています。ここなら僕も入ってもいいかな、と思ったくらい良い環境でした。
朗読会が終わったのが夜の9時半。その後11時くらいまで、60人余りの人が飲み物を手にして、談笑していました。そのとき、高齢者の姿を全然見かけないことに疑問を持ちました。しかし、各部屋の表札には名前が記入されている。そこで聞いてみると、ここで介護を受けている人の多くは、1人では動くことができない人たちで、病棟みたいなものだとのことでした。
以前実施された意識調査では、ほとんどの人が自宅で息を引き取りたいとのこと。しかし、現実にそうできるのは一部の人です。建物のいたるところにホスピスの小冊子を見かけたので、次のステージは、ホスピスになるのかな。そして、こういうシニアハウスに入れる高齢者は恵まれているケースなのでしょうが、当人たちはそうは感じていないようです。
「ゴールはみんな同じ。でも、来年のこと、来月のこと、来週のこと、明日のこと
それはどうなるかはわからない。だから予定は、未定」
これが、この日の僕の感想です。
「決勝戦まではいくだろう」と予想し、いろんなイヴェントを個人でも公共でも計画していたのに、そうはならない。自宅で、と思っていても現実は施設で最期を迎える。
長短の差はあれど、ゴールは同じ。過程が違うだけ。その過程が大切。
すべて気持ちの持ちようで、痛みを取り除く方法があるのならそれを選択し、不便を認めてあげれば、充実した生涯をまっとうできるのかもしれません。
とにかく、毎日を楽しもうと心がける。だって、予定は未定なんですから、良くても悪くても。
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