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ドイツがん患者REPORT 50 「新しい抗がん薬の代金は、効かなければ支払わなくてもよい?」
医療コストの増大が、健康保険の財政を圧迫しているのはドイツも日本も同じらしく、このテーマはテレビ番組などで、以前からよく取り上げられています。
コスト増大の原因は、薬の開発が凄まじい進歩を遂げ、次々と新薬が生み出され、とくに抗がん薬の分野では個々のがん患者に合わせた高価な新薬が開発されているからだと言われています。
社会保険システムで対応しきれなくなる高額な新薬
いみじくもそれは、オーダーメイドの服のように病気や患者に合わせて作られ、当然のように既製服のような大量生産ではないのでコストが大幅にかかり、値段が跳ね上がることになります。それが、健康保険の財政を圧迫することになり、「効果のある新薬のみに、その代金を支払うべきではないか?」という考えを生む要因となっています。
びっくりするほど高い薬、高級車どころか家が建てられるほど高価な新薬もあります。ノバルティス(Novartis)社が開発した白血病の薬、CAR-T(キメラ受容体T細胞免疫療法)のキムリア(Kymriah)です。1回の使用に36万ユーロかかります。ライバルの米国のバイオテクノロジー企業 Gilead Sciencesが売り出すCAR-T薬は、30万ユーロ。両方とも今秋より保険適用が決まりました。
こうしたことを踏まえて、「このままでは、現在の社会保険システムで対応がしきれなくなる」と薬価審査部・健康経済学者ユルゲン・ヴァーゼン教授は警鐘を鳴らします。
しかしその反面、「すべての患者に、よりよい治療を受けてほしい」というジレンマを抱えていますし、「しかし、みんながその高コストを支払い、それに見合う治療を受けたいのだろうか?」という疑問も払拭できません。
あるドイツ人皮膚がん患者の例
ペーター・ヴォールファールトは、Schwarzer Hautkrebs(メラノーマ・悪性黒色腫)を患っています。彼が現在受けている治療は、彼自身の細胞から作られた薬を体内に注入して、がんの進行を止めています。
ハイデルベルグ大学・腫瘍センターで彼が受けている、一見水のように見える点滴は、1袋5,000ユーロの値段で、3週間ごとに点滴。新しい抗がん薬には、このように高価なものが多いのです。
「4年前のがん発覚時は、生活を管理して何とか生きるということで精一杯でしたが、この薬での治療のおかげで普通に近い生活ができるようになりました。今では、点滴後に仕事に行けますよ」 と彼が言うように、効果はかなりあります。
とはいえ、薬剤費の抑制は、健康保険の維持には欠かせません。
それでは、医療現場ではどうなのでしょう?
ペーターの主治医である同腫瘍センター皮膚科のジェシカ・ハッセルは、コストを気にしていては治療ができないと話します。
「もちろん、わずか4カ月の延命のために、コストを無視しての治療はしません。その患者が『長期にわたりがんを管理でき、QOL(生活の質)をあげることができるのなら』ということです」
40人からなる腫瘍内科のカンファレンスでは「経済性を見る」と医師長のディルク・イェガー教授は言い、「方針として、延命のためのみに大金はつぎ込まない。治療は『コストに見合う効果があるか』を考える」と言っています。
「それのみでは、決定はしませんが……」とも付け加えていました。
次々と高額な抗がん薬
下記は、ハイデルベルグ大学腫瘍センターの薬局にある抗がん薬の一部です。
Besponsa(一般名:イノツズマブオゾガマイシン・日本未承認)60,000ユーロ
Darzalex(一般名:ダラツムバブ・日本適応外)51,000ユーロ
Rydapt(一般名:ミドスタウリン・日本未承認)22,000ユーロ
これらは、1カ月にかかる費用です。
そこで、世界の大手製薬会社であるファイザー、ロシュ、ノバルティス、セルジーンといったような製薬会社に、新しい価格モデルとして提示しているのが、「治療がうまくいけば支払う」というものです。
この新しい価格モデルについてアンケートを取ったところ、ロシュ社の返答は、「効果に沿った報酬をいただく、という方針を通します」
ノバルティス社は、「コストボックスでユーザーと契約というシステムで、フレキシブル価格を採用した最初の企業です」と、概ねよいものでした。
先述の健康経済学者は、「効果のあるものには支払い、効果のないものには支払わないのは当然だ」と言います。
ドイツからの新薬
海外からの新薬が多い中、ドイツが開発した新しい抗がん薬がドイツ市場にでるそうです。ベルギッシュ・グラッドバッハ(Bergish Gladbach)にあるミルテニー・バイオテック社(Miltenyi Biotec)が開発した白血病の薬です。
これもやはり高価で、その理由を開発部長のイリス・ビュルガーは、「開発費用が高くつき、患者個人に合わせて製造するため」と言います。
「もちろん、開発コストを抑制して作っていますが、それでも6桁、つまり最低でも10万ユーロはすることになってしまう。それでも、この薬の必要性は高い。しかし、社会が受け入れられないような価格ではだめなので、まずはこの価格に見合うだけの効果があるということを、保険会社に見せないといけない」とも言っています。
ちなみに、ドイツでは政府が新薬を承認しても、保険会社が適用承認しないと、患者に使えません。
健康保険会社の対応
健康保険会社DAKのデトレフ・パロヴ医師は、先述の「キムリアの検討を始めている」と言い、製薬会社との交渉を始めています。
「過去には、とても高価な薬を保険適用にしたが、期待された効果がほとんどなかったことがありました。あまりにも高価すぎて、誰にも使えない薬ということも、何例もありました。製薬会社が、膨大な開発費用と時間を無駄にしてしまったということになります」と言い、だから製薬会社も無謀な値段を付けずに、薬価を考慮するようにはなってきているそうです。
それでも、薬に対する出費は、大幅に増えています。その一番の要因はやはり、抗がん薬です。DAKの新しい抗がん薬への出費は、2011年は1億500万ユーロだったのが、2017年には2億7,100万ユーロと158%増と大幅に増えていて、他の健康保険会社でも同様です。その出費の伸びを抑えるために、真に効果のある薬剤のみを選択することで、保険料の負担に見合い、納得のできる治療を受けられるようになるにはやはり、効果のあった場合のみにその新しい抗がん薬を支払うというシステムを構築せざるを得ません。
それを実行するために不可欠なものは、「患者・医療機関・製薬会社・健康保険会社をきっちりと結ぶコミュニケーション・システムで、データを交換・共有し、カルテをみんなが把握すること」で、これによって、「薬が効かなかったら、払い戻してもらう」ということもできると、先述の健康経済学者は述べています。
これは、製薬会社にもその他にとってもよい条件です。その理由は、このシステムによってビッグデータが入手でき、将来の医療の進歩に大きな貢献をすることになるからです。
現在も治療中のペーター・ヴォールファールトは、もちろんこの意見に同意しています。
「僕のデータが、他の患者の役に立つのなら、どうぞ使ってください。これは、社会的責任でもあります」と言い、僕の見ていた番組は、「医療の進歩がコストの高騰を生みます。それは仕方のないことです。だから今こそ真剣にその対策を考え、新しい道を探り、見つけ出さなければいけないときなのです」と締めくくりました。
効果があった新薬のみ代金を支払うべき?
それを僕なりにまとめてみました。
ドイツと日本の健康保険の仕組みの一番の違いは、ドイツでは医療費の足りない分は国が補填を少しはしますが、基本的に健康保険は国ではなく、一般の保険会社が運営をしていて、そこで働く人の給料も含め、保険料で出費を賄うようになっていることです。つまり、新しい抗がん薬への出費が増えれば、保険料に跳ね返ってくるわけです。
ちなみに、ドイツの医療費は処方箋のある薬は、基本1割負担。入院時に1日あたり10ユーロ負担、歯科も治療は無料ですが、義歯は自己負担等の例外はありますが、被保険者は医療を無料で受けられます。
ですから、薬価審査部の健康経済学者が、「保険料が高くなってもそういう治療を受けられることに、みんなが納得・同意するのか?」という疑問が湧くわけです。
僕が見た番組は、普通の人たちが見る情報番組なので、きめ細やかなデータを表示しているわけではありません。
しかし、こうやって取り上げられることによって、少しでも現在の医療、とりわけ高価になっていく抗がん薬への理解も深まるのは、僕個人としては、良いことだと思います。そうでないと、製薬企業の「ぼったくり」というイメージだけが先行しそうですから。
「オーダーメイドの服が、既製品よりもはるかに高くなるのは当然」ということはすんなり理解し、納得できました。しかし、「効果がなければ支払わない」というのは、僕の社会的常識からすると、腑に落ちない気がします。
「通販や、インターネット販売のクーリング・オフと同じで、注文した商品と受け取った商品が明らかに違う場合には、返金されるのは当然でしょ」と言われれば、そうかなとも思いますが、これらの多くの場合は、ちょっとごまかしてやろうという悪意に対しての対応策と思っているので、薬に対しては、クーリング・オフは無理があるような気がします。「効果のある新薬のみに、その代金を支払うべきではないのか?」と言われても、何か合点がいきません。
参考:〝Neue Krebsmedikamente – Solle Hersteller nur bei Erfolg bezahlt werden〟18.07.2018 Plus minus Das Erste
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