ドイツがん患者REPORT 51 「天使」

文・撮影●小西雄三
発行:2019年1月
更新:2019年1月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

「10月31日、子供たちがドアの呼び鈴を鳴らしてお菓子をねだりにやってくる」

ドイツには元々なかった行事ですが、いつしか定着して仮装した若者たちがパーティに行く様子も例年通り見られました。バイエルン州ではそれも夜12時まで。日付が変わると、野外でのダンスや大きな音での音楽は禁止です。日本では最近、公道でお祭り騒ぎをしていると聞きます。こちらではイベントに参加したりプライベートのパーティを開くなどで、公道で騒ぐことはありません。

翌11月1日は、カトリックの万聖節(諸聖人の日)。カトリック教徒の多いバイエルン州では祭日になり、亡くなった人を偲ぶ日で、墓参りの日となります。

その万聖節はバンドメンバーのフランツィーの誕生日で、日付が変わってすぐ祝うために、いつもは前日から彼女の誕生パーティに参加しています。2018年は彼女が二児の母親となり、自主製作の映画を撮っているため誕生パーティがなく、10年振りにおとなしく家で過ごしました。

家内は、子供たちを連れて墓参りです。死生観の違いからか、ドイツでは命日もないし、仏壇のようなものもないので、亡くなった人との間を取り持つものが少ないように感じます。だから、墓参りのきっかけになる日があるのは、良いことかなと思います。

おばあちゃんの死

2018年は11月1日が木曜日で、多くの人が金曜日に休暇を取って4連休にしていました。家内も御多分に漏れず連休中で、その悲報が届いたときは、遅い朝食をとっていました。

「おばあちゃんが亡くなったので、おばあちゃんの家に向かっている」と、娘からの連絡です。

娘の夫の祖母に膵がんが再発したため、娘たちは祖母のために急遽10月1日に結婚式を行いました。そのときは式後のパーティにまで参加して元気そうでした。その後、彼女の容態が悪化したとは聞いていませんし、家で亡くなったという情報は僕を混乱させました。

夜になり、詳しい情報が届きました。彼女は自宅で突然倒れ、ゆっくりと心肺が停止したとのことでした。気がついたおじいさんがすぐ救急車を呼んだのですが、間に合わなかったそうです。変死ということで自宅で検死が行われましたが、「がんを患っている老婆の死に解剖は必要なし」ということでした。

幾日か経ち、僕が死因を尋ねると「心肺停止」と言われました。亡くなった原因の究明よりも「亡くなったという現実を受け止めることに家族は懸命なのだ」と思い、僕も死因の詮索を止めました。死に至る理由を知ったところで、それは僕個人の納得のためでしかないということに気がついたからです。

娘の夫は家庭の事情で祖母に育てられたので、彼にとっては母親でもありました。繊細な心の持ち主なので心配しましたが、たぶんに突然すぎて現実味がまだ沸いていないようでした。

娘の夫は結婚を機に、彼の希望で苗字を小西に変更しました。「名実ともに小西家の家族の一員になることができて本当にうれしい、やっと彼にも帰れる場所と家族が出来た」と結婚式でおばあちゃんが何度も僕に言っていた言葉が蘇ってきます。

お盆やお彼岸には、あの世から亡くなった人たちが帰ってくると言われています。万聖節の次の日に亡くなったおばあちゃんは、天使の導きにより一緒に行ったのではと、日本人である僕は思ってしまいますが、こちらの人には変に思われそうなので口にはしません。科学的、非科学的、どちらも生きていくうえで必要だと思っている僕は、自分に都合のよいように考えることにしました。

フランツィーの子供の洗礼式

葬儀日が決まらない中、フランツィーの2人目の子供の洗礼式(Taufe)の日が来ました。2年前の最初の子供の洗礼のときのように教会で演奏するためですが、去年、生まれてくる子供のために作曲してくれと頼まれた時点で、このことは織込み済みでした。

「11月11日11時から」と招待状に書かれていて、11という数字を3つ並べて気合が入った感じです。なのに、ギターのデーブは体調を崩してふらふら、演奏もままならずという様。

かくいう僕も、前日軽いぎっくり腰を起こして腰痛を抱え、その上腹痛とひどい下痢の症状での参加でした。薬をたくさん飲んである程度抑えていましたが、やっぱりかなり無理がありました。

教会での演奏は何とかなりましたが、デーブが教会での演奏後すぐ帰宅したので、僕が頑張ってその分の穴埋めをとの気持ちだけでは体がついていかず、帰ることにしました。「どんなときでも演奏をキャンセルしない」が自負でしたが、今までと違いリスクを取る自信がなかったのです。

おばあちゃんの葬式

11月19日、おばあちゃんの葬式が執り行われました。亡くなって17日後。遅くなった理由は、おばあちゃんの希望で火葬にしたからです。

ドイツでは、一般的に土葬にします。そのため火葬場が極端に少ないので、順番待ちが長くなります。最近は火葬を望む人が増えてきたのですが、火葬場を増やそうという様子はありません。北ドイツでは火葬のために国境越えをして、オランダやチェコに頼む人が多いと、10年ほど前にテレビが伝えていました。そのほうが迅速で、費用も安いのだそうです。

前日の好天から一転して雪景色。氷点下のもと、朝の9時、ミサから始まりました。会場は、屋根があるだけで、教会内にも暖房はありません。病気になる前は寒さには強かった僕ですが、今の本当に寒さに弱くなり、身に堪えました。

ミサとお別れのとき、牧師さんが説話をしてくれます。聖書の話だけではなく、故人の話や最近の風潮を織り交ぜての話で、彼は「この1カ月で3人の方が膵がんで亡くなった」と話しました。何度も膵がんという言葉が出てきます。扱いとしては、悪魔がもたらす病気という感じです。

「それでも、彼女は生きるモチベーションを失わずに、精一杯生きた。神のご加護があったからであり、天使の存在が彼女と共にあったからです」と牧師さんは締めくくりました。

僕は、宗教的な神の存在を偉大に見せるための対比として、膵がんを悪魔のような業病(ごうびょう)と見立てているのかな? と思いました。

患者にとって「精神的なものが闘病には大事なこと」は知っています。そして「現代医療は完ぺきではない」のも事実ですが、より良くなる確率を目指して選択した場合、現代医療に頼る割合が増えるし、またそれを信じなければ、つらい治療に耐えるモチベーションもなくなってしまいます。そのための天使の存在なら、本当にありがたいものだと思います。おばあちゃんもフランツィーの家族も天使が大好きで、存在を信じてとても大事にしています。そういえば、僕は初めての闘病のとき、身近に仏様の存在を感じていました。

そのあと参列者がお花と水をかけて最後のお別れをします。僕の順番が終わるとその後の会食に参加せず、急いで日本総領事館に向かいました。おばあちゃんの望みの1つをコンプリートするために、日本総領事館に足を運ぶのはこれで3度目。婚姻届けの提出が遅くなったのは、僕が娘の代理人として手続きを行ったので、時間がかかりました。おばあちゃんは孫が結婚し小西姓になることを喜んでいたので、その最後の仕上げを終えて、僕の中での葬式はやっと終わりました。

10月はたそがれの国

『10月はたそがれの国』……。ふとこの言葉が浮かんできました。レイ・ブラッドベリの短編集で、40年以上前に読んだので内容はもう記憶にないのですが、タイトルだけは今でも印象深く残っています。教会での洗礼と葬式、人と神の関係の始まりと終わり。この両方を今回経験したからでしょう。ところが、僕はこの2つの式に少しも感情がわかず、涙も流れない……。

直腸がんは治ったのに、今でも鈍痛が恒常的にあります。痛みがないときは本当に楽で、幸福な気分になります。それは、あまりにもそういう時間がないからです。

そのうち痛みと共に過ごすことも、その間を早くやり過ごす方法も身につき、できないことや夢がかなわないことへのストレスを最小限に抑えるやり方も慣れてきました。それは、「鈍くなること、感じなくなること、諦めること、あるいは先延ばしにすること」です。

その結果、感動しなくなり、起きている現象をまるでテレビでも見るかのように第三者的に冷静に見てしまうのだと思います。

闘病初期はあれほど小さなことにも感動し、生きていることがうれしく、見る世界が変わり、「What A Wonderful World」の曲がいつも心の中に流れていたのに、今では色あせて何も感じなくなってしまっている……。

天使が見えたほうが人生楽しく、色彩豊かになるでしょう。また、生きるモチベーションは高いほうがよい。でもそれは「自分自身の中で解決するもので、誰かが与えてくれるものではない」。それがわかってはいても、どうしようもない自分が情けなく、悲しい。それで、僕にも「天使が見えないかな、存在を信じられないかな」と、つい願ってしまうのです。

同じ物事でも「感じる」ことで人生が豊かになる。だから無感動にならないように、式というイベントをするのかも知れません。日本でのハロウィンもお祭りイベントで、楽しいと感じているのならよいのかな。もちろん他人に迷惑をかけてはいけませんが。

『10月はたそがれの国』レイ・ブラッドベリ著:怪異と幻想と夢悪の世界が生々しく息づく短編集。1965年初版が発行されて以来60数版を重ねる趙ロングセラー

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