ドイツがん患者REPORT 53 「病院の食事」

文・イラスト●小西雄三
発行:2019年3月
更新:2019年3月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

僕は手術するとわかれば、とにかくカロリーの高いものを食べて体重を1グラムでも増やそうと努めました。理由は病院の食事が全く口に合わなくて食べられなくなり、極端に痩せてしまうからです。

よく入院していた頃は、抗がん薬の副作用で味覚がおかしくなりました。感じるのは甘味だけ、苦みはかすかにわかる程度。塩味や辛味はただただ痛いだけ、酸味も刺激にしか感じませんでした。

ドイツでも「うま味」はここ10年ほどで「umami」と日本語を使われるようになりましたが、まだ一般的ではなく、病院食に取り入れられることなどありません。

僕の体験した病院の食事

入院中はほとんど空腹感がなくて、食事を摂るのは拷問のようなもので、無理に食べれば嘔吐します。温かい食事には皿の上にプラスティック製の蓋がしてあり、開けた瞬間にわずかにあった食欲が完全になくなります。

調理法は、肉でも野菜でも煮物が中心。こちらではランチがメインですが、病室のそこら中でする匂いに気分が悪くなりました。味を感じるのは舌よりも8割方が鼻、臭覚と聞いたことがありますが、納得です。

夕食は発酵の強いきめの細かい黒パンとソーセージやハム・チーズ、飲み物は苦手なフルーツティやハーブティで、夕食にコーヒーは出ません。だから僕は朝食だけが楽しみでした。ハンバーガーサイズのバゲットのようなパンにジャム、バター、はちみつ、それにコーヒー、それだけで十分です。

改善が必要なドイツの病院食⁉︎

「病床での危険な栄養不足」という短いドキュメンタリー番組を先日見ました。そこに登場した女性がん患者は、入院中に抗がん薬の副作用で嘔吐を繰り返し、短期間で12キロも痩せたため、病院は急遽、患者の栄養をサポートする〝ダイエット・アシスタント〟を派遣して危険を乗り越えたそうです。

彼女は誰の目にもわかる異常な状態で、専門の栄養士がついて個別に食事を提供されたが、病床が400もあるような病院に対してダイエット・アシスタント1人では、細かな対応ができるとは到底思えません。

しかし、彼女が言うには「この病院はずっとまし」なのだそうです。以前入院した病院では、彼女がベジタリアンでラクトーゼ(ラクトース)フリーの乳製品しかとらないことを告げると、むちゃくちゃな対応をされました。ある日のメインの食事には、トレイの上にリンゴが2つ、ある日はパックのままのラクトーゼフリーのポテトスープが1つだけというような。

次に、皮膚がんのご主人が免疫治療を選択したものの亡くなってしまった未亡人が、闘病時の経験を語っていました。免疫治療中、短期間に30キロも痩せたが「治療の副作用なので痩せるのは仕方がない」と、何も対応をしてくれなかった。「痩せ細っていくのを見るのがつらかった。手助けを求め、6つも病院を回ったがだめだった」

僕はダイエット・アシスタントがいても、痩せ細るのを止められたかは疑問だと思いましたが、最愛の人を亡くし「もっと何かが出来たのでは?」と訴えたい気持ちは理解できます。

僕は何度も長期間入院生活をしたとき、個室ではなかったので、多くの患者さんを見てきました。みんな食事に対して文句を言っていましたが、文句を言う割にはきれいに全部食べる人がほとんどで、うらやましい限りでした。

母が入院していた日本の病院では、看護師が食べた量をチェックしていましたが、僕の知るドイツの病院では、手つかずでもそれを注意されたことはありません。

番組では「年間に何千人もの患者が栄養失調で亡くなる現実の改善を」と言っていましたが、ドイツよりもはるかに進んだ病院食を提供している隣国の例を興味深く見ました。

ダイエット・アシスタント=肥満による心臓病や脳梗塞、成人病患者の減量に特化した栄養士。現在ではがんや拒食症患者のケアも範疇。元々、減量が必要な患者への職業で、ダイエットを助けるという名が残っている

ダイエット・アシスタントの活用を義務づけるオランダの病院の栄養管理

「オランダでは、法律で患者の栄養管理の徹底が病院に課せられている」と紹介し、「国が病院にダイエット・アシスタントの活用を義務づけている」ということでした。

オランダのダイエット・アシスタントの仕事は、受け持ちの病棟の患者を巡回して、1人ひとりにスクリーニングと称する3つの質問をすることから始まります。

1.体重が減ってきていますか?
2.食欲はありますか?
3.何か特別な食事の提供を受けていますか?

という簡単な質問の答えを患者のデータに入力して、問題のある患者にはダイエット・アシスタントが献立を考え、ときには直接配膳までします。これで患者のモチベーション(動機付け)が上がり、治りも格段に早くなり、結果として費用の節約となるのだそうです。

モチベーションといえば、入院中、早朝に一服するために喫煙所で出会う僕の執刀医の言葉を思い出します。

「科学的には、喫煙者のほうが傷の治癒は遅いけど、歩き出すまでは喫煙者のほうが早いんだよ。早く最初の一服がしたいんで、歩けるようになろうとする気力が違う。でも、このことは教授に言ってはダメだよ、嫌煙家だからね」

ドイツでは栄養管理は病院任せ

ある病院でダイエット・アシスタントを採用して、食事の改善を行うことによる効果を調べる実験が行われました。結果は、患者の食欲が飛躍的に上がり、モチベーションも上がり治りが早くなった。その結果、病院全体の経費の14%を節約できたと経営者は語っています。ある試算では、1日に1人あたり75ユーロの節約になるとも。

ドイツの病院は、入院中の衣・食・住、医薬品すべてに責任をもって必要なものを提供することになっていますが、オランダのように法律で決められていないので、病院にダイエット・アシスタントを置く義務はなく、採用は病院任せ。その方針を、政府は変えるつもりはないようです。

これとは別に、これまでは病院側に任されていた看護師の採用人数は、2018年の10月から健康保険から補助金を出すことになりました。看護師にかかる過重な負担や、患者への看護不足が改善されることが期待されています。

ダイエット・アシスタントの資格がある娘だったが

去年結婚した娘は、ダイエット・アシスタントの資格を持っています。ギムナジウム卒業後に、3年間勉強して資格を取りました。娘がダイエット・アシスタントになろうと決めた理由は、娘の友人2人が拒食症になったことでした。

職業省が統括する職業訓練学校に、ダイエット・アシスタントいう科目があり、栄養学的な学問よりも、実地訓練の多いものでした。その資格を目指す学友は娘のように学校出たての人が多いのですが、再就職先として資格を目指す30、40歳代の人も含まれ、最終学歴も様々でした。

学習自体はさほど難しくないようでしたが、調理はおろか包丁の持ち方ひとつ知らない娘のような者も多いので、学内では学食作りなど調理・材料調達などが多く、また半年間は病院でダイエット・アシスタントして、主にがん患者の食事のカウンセリングや、病院食の調理などの実習がメインです。

そうして取った資格ですが、娘には就職先がありませんでした。その後、イベントマネージメントや経営を学んで3年後の去年秋に、ホテルに就職しました。

では、「ダイエット・アシスタントいう資格は無駄なのか」と言うと、僕はそうは思いません。ドイツには、アレルギーなどの体質的な問題ではなく、食材が限定される人が多くいます。例えば、豚肉を食べないイスラム教の人も、患者として入院するわけです。

僕の入院した病院ではメニューが渡され、豚肉が入っていな食事が必ず選択できるようになっていたし、病院によってはベジタリアン用の食事が選択できるところもありました。

この先、ドイツのイスラム教徒が減ることはないでしょう。また、動物愛護や、健康志向からベジタリアンになる若者がいますごく増えています。需要が増えれば、供給側は必然的に変わっていきます。そして、食事を治療の一環と考えてくれるようになると信じています。

病院の食事のアレルギー対策は?

息子は生まれたときからひどい食物アレルギーで、食べられる食材はほとんどない状態でした。とくに卵や乳製品などのタンパク質に強く反応するので、母乳ですら危険でした。喘息もあったため、乳幼児のときから何度も危険な発作を起こし、その度2週間ほどの入院を余儀なくされました。

20年以上前はアレルギーに対する認識が医療現場でもまだ低く、息子は食べられるものが数えられるほどしかなかったのでそれを申請してもダメ。だから、入院中の食事はすべて家から病院に運びました。

3年ほど前、息子がアレルギー発作で入院したとき、やはり安心して食べられるものは出されず、結局僕が病院に運びました。現在は、ケルンの大学で1人暮らしをしています。あと3年半、ケルンで過ごす予定ですが、入院することがないように願っています。

僕が日本人だからかもしれませんが、病院の食事は日本のほうが良いと思います。日本の食べ物はテイクアウトできるものが多いし、冷えてもおいしいお弁当もあります。これはうらやましい限りです。

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