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ドイツがん患者REPORT 55 「新薬をすぐ使用できるリスク」
一般的にドイツの患者は、他の欧州諸国の患者より早く新薬を使うと言われていて、実際にそうです。幸運に思えることですが、そこに大きな落とし穴があったという話を、先日テレビで見ました。
バイオジェン(Biogen)社が開発したジンブリタ(Zinbryta:一般名タグリズマブ)という新薬を、承認後すぐに多くの多発性硬化症の患者に投与したところ、深刻な副作用が多発し、死者まで出たというドイツのドキュメンタリーでした。
新薬の本当の副作用は、承認後多くの患者が服用することによって判明する場合も多いということです。僕は新薬=がんの新薬と考えてしまいます。だから興味を惹かれる反面、それって当たり前のことでは? と思いました。
それに「多発性硬化症」という病気のことを知りませんでした。そこで、ちょっと調べてみました。
多発性硬化症(MS)とは
番組で紹介されていた病気は、Multipler Sklerose(多発性硬化症)。英語のMultiple Sclerosisという名称の頭文字をとってMSとも呼ばれているそうです。
免疫異常により中枢神経が炎症を繰り返す難病で、原因はまだはっきりと解明されていない。患者数には地域特性があり、北欧、北米などの白人とくに女性に多く、ドイツでは20万人、日本では1万3,000人を超え年々増加傾向にある。2〜30歳代の若さで発症する人が多く、この病気に罹ると、脳や脊髄、視神経のあちらこちらに病巣ができ、手足の衰弱など様々な症状があらわれ、生活に大きな支障をもたらす。患者としては新薬の登場を心待ちにしていたことでしょう。
新薬の華々しいデビュー
2016年、バイオジェン社は、新薬ジンブリタを「神経科治療の新兵器!」と、販売を開始しました。専門誌では「止めようのないその効果と安全性」「重大な副作用がない」というキャッチフレーズが躍りました。製薬界のオスカーといわれるファーマー賞も受賞し、大きく報道されました。
ドイツでは承認後すぐに2,890人もの患者がこの新薬による治療を開始したとき、他の欧州諸国での治療者は全部合わせてもわずか400人ほどでした。しかし、この新薬は超短命に終わり、2018年3月には市場から*駆除されました。その理由は、重い副作用で7人もの死者を主にドイツで出してしまったからでした。
服用を中止して1年経っても、免疫障害、肝不全や脳膜炎などの諸症状に苦しむ患者がいて、2019年3月になり、やっと「最後の副作用に苦しむ患者も安心できる」状態になったそうです。
*2018年3月2日バイオジェンと米アッヴィはジンブリダの販売を自主的に取りやめると発表
新薬の被害がとくに多いドイツ
欧州医薬品庁(EMA)は、EU各国に同時に薬事承認を出しています。もちろん、各国の新薬に対する評価は違います。ドイツの医師たちはすぐにその新薬の効果を認めるようです。
ジンブリタの場合は、多くの患者が服用を始めてから、重い副作用が明らかになってきました。これについてバイオジェン社は、「いくつかの副作用は、本当にまれなケースで起こり得るが、その兆候がなかったため発見できず、評価できなかった」と説明しています。
ジンブリタは、EMAが何の規制もなく承認しました。そのせいもあってか、軽度の患者の治療にも使用されることになったのでしょう。
バイオジェンの本社のあるアメリカでは、逆にFDA(米国食品医薬品局)が使用上の注意を促していました。これについてEMAは、「ジンブリタは、エビデンス(科学的根拠)のある驚異的な効果のデータをもとに2016年に承認しました。この時点では、効果はリスクを上回るものでした」と回答。
ジンブリタは、年間8万ユーロ(約1,000万円)も薬代がかかります。「この病気の特徴として、患者が若く、長期間の服用が見込めるために、商売になる」ということを、高額な薬代と若者の患者が多いというデータを使って番組では言外に示していました。
「その高額な治療費を支払える健康保険があるから?」
「医師が副作用のリスクを考慮せずに、すぐに新薬を処方するから?」
「EMAがすぐに新薬の承認を出すから?」
色々な原因を上げてはいたものの、結局、結論は出してはいません。「患者の早く効果的に治療を行いたいという欲求が強く、それを叶えてくれるコンディションをドイツの健康保険が提供してくれるから」というのが抜けている気が僕にはしました。
「新薬は、本当に注意して使用すべき」と、医療エキスパートは言います。「既存の薬の副作用は、多くのデータもあり、詳しく知られているので、その対処もよくわかってできます。新薬は、想定外のことが起こる可能性が高いので、既存薬よりもリスクが高くなりやすい。ですから、新薬を選択する前に、まずは既存の治療から始めたほうがよい。新薬を始めるときは、もっと多くのデータがわかってから始めるべきでしょう」と番組を締めくくりました。
希望の持てる新薬であって欲しい
この番組を見始めて、突っ込みどころが満載で、反論が山のように出てきました。その理由は、僕は「がんの化学療法」が基本にあり、治療選択のときに、「リスクをとっても治りたい、生きたい」という患者の気持ちも尊重すべきだという考えがあるからです。
多発性硬化症とは、「難病ではあるが、再発と寛解を繰り返す慢性病。免疫に関係はしているが、原因がはっきりしていないし、治療法の確立はまだない」つまり、この病気と共に人生を歩まなければならないことを知りました。このがんとの違いを理解せずに見ていたため、反論というか、違和感を感じたのです。
治療法がなくなったら率先して治験に参加する患者もいます。また、後から来る患者のためにと自己犠牲的な患者もいるでしょう。
しかし、治験には参加したくない。できれば、他の人にやってもらいたいというのが、多くの患者の本音だと思います。新薬の開発には、毒性の検査など段階を踏んだ治験(第Ⅰ〜Ⅲ相試験)が必要です。製薬会社も莫大な投資をしているのですから、新薬を早く発売して経営上早く回収したいでしょう。
難病などの患者にとってもがん患者と同様、安全確実な治療が好ましい。しかし、「もう治療法がない」と言われれば、リスクが大きくても新薬を使いたいのを僕は否定できません。冷静に考えれば、緩和治療のほうが残りの人生にとって有意義かもしれなくても、少ない確率でも希望を持つのは、人間の性だと思います。
野球でチャンスに3割バッターが立つと、打ってくれそうな気がします。実際には、「打てない確率のほうが高い」などと言おうものなら「なんてネガティブな奴だ」と、冷静な判断の人が否定されるのが世の中です。
確かに、「もっとデータが集まるまでは、今まで通りの確実な治療で」というのが正解かもしれないし、進んでリスク取ってまで新薬を選ぶ必要はないのかもしれません。他のEU諸国にこの新薬で治療をした患者が少なかったのは、リスク管理よりも、薬価が高すぎたからではという気もするので、治療代の心配をせずに新薬を使えるドイツ国民のほうが幸福とも思えます。
「待つ身はつらい」‥患者も製薬会社もそう思うからこそ、治験のスピードが速められる。とはいえ、このようなことのないようにして欲しいものです。
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