ドイツがん患者REPORT 61 オランダから学ぶ病院の衛生管理

文・イラスト●小西雄三
発行:2019年11月
更新:2019年11月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

ドイツでは年間に約60万件の感染症が発生し、2〜4万件の死亡例が出ているとされています。しかし、隣国オランダでは桁違いに少なく、その理由に「良い衛生環境」が挙げられています。

良い衛生環境を作るための条件とは、➀手術数を減らすような改善、➁重病人の介護は個別に、➂手の除菌を徹底——だそうです。

よく聞く「病院に行くと、逆に病気をもらってくる」というのは、病院嫌いの言い訳と思っていましたが、「清潔」では問題ないように思えるドイツの病院ですが、感染数の多さには心配になります。何度も入院した僕は「病院って、結構危険なんだ」と、当時のことを思い出しながら「Plus minus」(プラス・マイナス)という国営第2放送ZDFで放送された番組を見ていました。

番組に登場した家族は、10年前に夫を亡くした心の傷がまだ癒えていないと話しました。夫はごく簡単な足の動脈の手術を受けたのですが、退院後ひどい悪寒と高熱で倒れました。再入院しますが、手遅れでした。「強い細菌による感染症のため敗血症を起こし死亡した」と家族は知らされました。彼は術後の感染症で、2〜4万人が死亡するうちの1人となりました。

オランダは治療や介護のなどの模範生

家族の弁護人は、「情けない状況だ。抗生物質が発明されて、これで感染症対策は万全と思いきや、いくら抗生物質があっても、衛生管理士が必要なんだ。こんなことでは、抗生物質が武器とはならない状況へと逆行してしまっている」と嘆く。

ドイツよりもはるかに上手く衛生管理を行なっているオランダでは、感染症による死亡例はわずかで、ドイツとは全く違った衛生管理と対応がありました。

ドイツの病院でも、オランダと同様に患者を受け入れるときに、危険な細菌保持者かどうか検査は行っていて、サンプルはすぐにラボラトリーへ。しかし、ここでオランダと大きな違いがあるのです。ドイツの場合は経費節約のため、自前のラボを持たないで外注するところが多い。つまり、検査に時間がかかるうえ、柔軟性がないので緊急に対応ができない。

オランダ・グロニンゲン大学病院の教授は、「こちらでは自前のラボがあるので、細菌が何かを正確にすぐに知る必要があれば、自分で顕微鏡を覗きます。すると、すぐにこれだったのかということがわかる。ではこの治療を、と迅速に患者に最適な治療を行える」と語ります。

細菌学や衛生学の専門医不足のドイツ

しかし、ドイツの現状は、中小の病院で細菌学や衛生学の専門医が不足しています。

先のオランダの教授は、「ドイツの3分の2の病院が、病床数400以下の中小規模です。病原体は病院の大小を選ばず、どの病院にも平等にやってきます。そして、患者の安全を守るのは、病院の大小に関係がありません」

彼は、こうも言います。「外科、婦人科、整形外科などの医師にとって最重要課題は感染症以外のところにあります。ましてや細菌は専門外です。だからこそ、専門医が必要なのです」

僕が入院した病院は、中小規模の赤十字病院以外は、ミュンヘン屈指の大病院ばかりでした。しかし、赤十字病院は立派なラボがあります。「院内にラボがあるのは便利だ」程度にしか思っていなかったのですが、これは大事なことだったようです。ただ、小さな病院にまですべてラボというのは現実的でないし、院内にラボがなくてもこの問題はクリアできると思うのですが……。僕が「病院の衛生」に関してこれまで思っていたことは、もっと単純な「掃除や患者の隔離のいい加減さ」ということでした。

看護師の手の衛生管理を簡単にすれば感染は減る

では、どうすればよいのでしょうか? オランダでは、患者の受入れは、医師だけではなく、看護師の就労状況も十分考慮して決めるそうです。看護師が手一杯なら、ベッドが空いていても患者は受け入れないということ。「もし、僕が受入れてもらえなかったら、どうなるの?」という心配を無視して、話は進みます。

「オランダの職場環境は、患者の介護を十分に衛生的な環境でできるか看護師が予想できます。できないと判断した場合は、2、3割のベッドを空けることにより、十分な介護ができることになります。これは、ドイツとは全く違う考え方で、病院経営側や医師が受入を決めるのではなく、看護師が決めるということが重要なポイントなのです。それにより、重要な衛生に十分な時間をかけることができます」

ドイツでは1人の看護師が、集中治療室で複数の重症患者を同時に受け持つ。それに比べ、オランダのグロニンゲン大学病院では、個別に看護を受けることができます。

危険な細菌の約95%は人の手によって感染するそうです。各患者への看護のため、手の消毒には最低でも30秒かけなければいけません。たくさんの患者を受け持っている看護師には無理ですよね。

同病院の教授は、「看護師の手の衛生管理は至極簡単になります。看護師が手の衛生管理を上手にできるようになるという意味ではなく、しょっちゅう手洗いしなくてよいということです。ドイツでは、多くの患者を担当しているので次から次へと回らなければならず、それで細菌のキャリアになる可能性が高まります」と言い、清掃員についても言及しました。

「オランダの病院の清掃員たちは、しっかりと訓練をされて技術を習得た正規の職員です。病棟の危険な場所や重点を熟知しています。ドイツの多くの低コストの民間委託清掃業者の清掃員とは全く違います」

感染には、ドイツの多すぎる手術にも問題

「手数を減らす」が、オランダ医療のモットーです。手術数を減らせば、危険な細菌にも感染しにくい。当たり前のことです。

家族の弁護士は、「病院のベルトコンベア方式のような今の手術のやり方を改革することは、政治の問題だということをドイツでは理解されていない。オランダと比較して、ドイツは5倍の手術数だ。つまり、5倍の苦痛で、5倍死亡する確率を増やしている。馬鹿げたことだ」

僕には「5倍の手術数」がどのように導き出されたのか疑問ですが、単純に5倍だとしても、無駄な手術など1つもなかった僕には、弁護士の話は暴論だと感じます。

ドイツ北部のレアー(Leer)という町の病院では、独自にオランダのノウハウを取り入れ、オランダのグロニンゲン大学病院もサポートしていますが、その大学病院の教授は、「この20年間、ドイツでは衛生管理士の養成がどんどん減っていて、衛生管理の知識も減っています。もう一度、衛生管理士を養成する必要があります。でないと、看護師や医師たちの衛生管理の知識や認識がますます低下しますよ」

レアーの病院では、25年ぶりに院内にラボを再開。これによって入院患者の細菌をすぐに検査して対処ができるようになり、正しい治療が行えるようになったそうです。

「患者にとって、どのあたりが最低限の衛生状況ですか?」と教授に尋ねると、「もし、病院内に臨床微生物専門医や衛生士がいない場合は、その病院を懐疑的に見るべき。なぜなら、守られるべき最低基準の専門医の質が守られてはいないから」と答えました。

その言葉も、冒頭の患者の奥さんにとっては虚しいでしょう。家族は病院を訴え、長期間の闘争の末、3万ユーロを手にしました。しかし、このお金で亡くなった人の埋め合わせはできません。それでも、裁判を起こすことで病院事情に光を当て、他の家族が同様の悲劇に合わないための手助けになれば良いと思います。

目に見えないものへの警鐘は大事

この番組を見て、僕が一番感じたことは、「なぜドイツでできないのか?」の理由は、結局は経済的な理由なのだということ。手術数を減らせられるならそれに越したことはない。ただ、「無駄な手術がオランダより5倍も多い」という判断が結局わからないままでした。ドイツとて、国際標準で医療は行なわれているので、そんなにおかしいとも思えないのですが。

ドイツは中小病院が多いので必要な専門医が足らないのは、それは国土がオランダの約9倍、当然過疎地も多いので、改善するのは簡単ではないでしょう。オランダは日本の九州と同じくらい、ドイツの1つの州くらいの大きさです。ドイツやフランスといった欧州の大国に挟まれて、ニッチでうまくやってきたおかげで、経済的にも恵まれています。

小さな病院にも優れたオランダ方式でできるのなら、本当に良いと思います。以前は北欧の社会福祉制度が模範のように言われましたが、やはり国民性や経済基盤、国土の大きさなどの条件が違うものを同じに考えることはできないと思います。オランダ方式をドイツに当てはめるために地方の中小病院を集約させたり、保険料が高くなるのなら問題です。しかし、こういった衛生に対する警鐘は大事なことです。

患者は、手術は成功したのに、その後の感染症で死亡するのはゴメンです。僕は、これ以上手術をする必要もなく、運よく感染症のリスクから逃げ切っていけると信じています。

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