ドイツがん患者REPORT 66 セラピー犬としてデビューしたティト

文・写真●小西雄三
発行:2020年4月
更新:2020年4月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

何かのきっかけで関係ができる。それが発展して、思わぬ良い結果が生まれる。人には往々にしてそういうことが起きますが、「犬にだって起こるんだ」と実感しています。「僕よりも社会貢献をしている」と思わせることがありました。

ティトはスペインから来た野良犬

ドイツには犬猫の殺処分はありませんが、同じEU内、例えばスペインではあります。ドイツには昔から動物保護団体がたくさんあり、EU内で殺処分される犬猫を保護して、ドイツで新たな飼い主を探す活動をしています。そのような犬猫をすべて助けられるわけではありませんが、それでも新しい飼い主の元で幸福に暮らしているのを見るのが、僕はとてもうれしい。

娘の飼い犬ティトも、そういう犬です。もう、5年近く前になりますが、娘が保護犬の短期里親に申し込みました。当時、娘はまだ学生だったので、夏休み中の6週間の契約でした。殺処分される犬を引き取りドイツに連れてくるのは費用がかかるにしろ意外と簡単ですが、その後の新しい飼い主を探すために、たえず臨時の里親を募集しています。

娘は6週間も犬と一緒にいて情が移り、簡単には手放せなくなりました。里親契約終了後に行き先が決まっていないとなればなおさらです。ティトの場合も6週間経っても引き取り手が決まりませんでした。そこで娘は一大決心をして、自分で引き取ることにしました。学生だった娘は当然のように家を空けることが多く、長時間(6時間が目安)1匹で家屋に閉じ込めないという引き取り条件をクリアするために、僕にウィークデイの世話を頼んできました。

ドイツには職場に犬を連れて行ける会社が多くありますが、できない場合を考えると僕が世話する覚悟がいります。体調不良で世話ができないときは助け合うということで承諾しました。

最近は、若い人たちでも血統書付き純血種をブリーダーから買う人は減ってきて、1匹でも多く殺処分から救済したいと、ティトのような元野良を飼う人が増えてきています。それでも、殺処分される犬の数に終わりは見えません。

いまティトは、原稿を書いている僕の膝に頭をのせて幸福そうに寝ています。もうとっくに殺処分で失われていたはずの命ですが、運よくドイツに連れて来られて、あまり感心しない飼い主の娘ですし、活動量の少ない僕ですが、縁がありこうやって一緒に暮らせています。

ソーシャルワーク1,000時間

家内は去年、55歳の誕生日を機に公務員を引退しました。公務員は67歳引退が原則ですが、希望すれば55歳からでも可能です。ドイツには定年の概念がなく、年金が受給されるようになれば、それが事実上の定年になります。しかし、早く引退すればするほど受給額が減るので、引退後もアルバイトをして家計の助けとする人が多いようです。

基本的に公務員は首になりません。失職することがないと言ったほうが正確でしょう。僕の知っている公務員は銀行強盗事件を起こし、出所後に違う役職で復職しました。そのときは、さすがに驚きましたが……。

定年がないということとも関係するのですが、公務員は一生涯、賃金が支払い続けられます。だから失業保険というものはありません。引退して年金受給者になることを〝Ins Rente〟と言いますが、公務員の場合は〝Ruhe stand〟と言い、〝Ruhe〟の意味は〝休憩〟で、休憩状態という訳が本来の状況をよく表しています。

しかし、このシステムは公務員特権として不公平感が大きいので、健康上や特別な事情がない場合の早期引退には、1,000時間のソーシャルワークが義務付けられます。毎日4時間、週に5日、ほぼ1年で、仕事の多くは3カ月契約です。

また、ソーシャルワークを始めるには、赤十字病院で救急救命の訓練を受ける必要があります。さほど難しいものではなく、運転免許を取る際のレベルのようです。家内は、初めの3カ月は保育園での補助でした。子供が好きなので気に入っていたのですが、それでも大変な仕事のようでした。そしていまは老人ホームで介護の補助についています。

まだ学生の息子がいるため家内の年金だけでは不十分で、高齢者訪問介護のアルバイトにも行っています。きっちり勤務時間が決まっていて、有休も十分ある公務員の仕事のほうが楽だったように思うのですが、元国営ドイツテレコムに勤めていたため、民営化後の公務員への露骨な肩たたきなどの精神的な負担がない分、今のほうが忙しくても楽しいようです。僕はがん治療で10年以上も障がい者年金受給者です。働きたくても働けないつらさが身に沁みているので、家内の決断を理解できませんでしたが、ストレスもなく楽しいのなら良いかと思っています。

老人ホームでドッグセラピー

老人ホームの主任さんとティト

高齢者介護施設と書かないといけないのかな? ドイツでは一般的に「老人ホーム」と呼んでいるので、そう書きます。家内は、自転車で5分ほどの近所の老人ホームに行っています。入居者のほとんどが認知症や介護が必要とされた人たちです。訪問介護は費用が掛かりすぎるので、半ば強制的に入居させられます。その際の私物は少しだけです。

あるおじいさんはローリングストーンズが大好き。だけど入居時にレコードを処分されてしまい嘆いているのを知った家内が、彼のどうしても聞きたい2曲を入れて「ストーンズのCDを焼いて欲しい」と頼んできました。

家内は引退したらティトとずっと生活を共にできると思っていたのに、昼間はほとんど相手ができません。そこで、ティトは怖がりでおとなしい犬だから、入居者に迷惑をかけないだろうし、単調な日常に変化があれば入居者に喜ばれるだろうと、週に1日ティトを老人ホームへ連れていきたいと主任に申し出ました。

理解ある人で、公式ではないにしろ許可を出してくれて、ティトは家内と一緒に毎週木曜日に老人ホームに通うようになりました。ティトにはその日がわかるようで、普段は家内が仕事に出るときはふてくされて僕のベッドに潜っているのに、木曜日の朝は玄関で待っています。

ティトは老人ホームで、老人たちに愛想を振りまいたり撫でられたりしています。吠えることなく、逃げることなく、嫌がることなく、されるがままおとなしくしています。ティトは人から餌をもらうか、拾い食いでしか生きていけなかったせいか、人にはものすごく愛想が良く、その媚び方は超一流、誰もかないません。

老人たちも週1回のティトの訪問を心待ちにするようになりました。車いすのおばあさんには、頭を膝の上に載せて撫でやすく、ほとんど目が見えないおばあさんには彼女のベッドに上がって、これまた撫でやすいポーズをとっています。

ドイツでは老人ホームに入居後の人生が短いのが普通です。短期間だけど、ここが人生最後の場所というのが入居者の一般的な認識です。愛情をもって接する対象が週1回でもあるのは、心の安らぎになっている。そう、ティトは癒しという治療を無自覚で行っているのです。

しかし、ティトは愛想を振りまき、ただ撫でられるだけでもストレスなのか、家に帰ってくるとぐったりして寝床に行くのも普段より早い。「ティト、お仕事ご苦労さん」と声をかけますが、感謝しているなら「餌をくれ」とでも思っていそうです。

老人ホームで入居者と一緒に

新型コロナウイルスでドックセラピー突然のお休み

そんなティトのドッグセラピーが、先週からお休みに。ドイツでも新型コロナウイルスの流行が始まり、老人ホームはできるだけ外部との接触を避けるために、ソーシャルワーカーの出入りを禁止したからです。

仕事が強制的に休みになった数日後、家内に風邪のような症状がでました。「もしかしたらコロナに感染しているかも!」と、2月に日本に行っていた息子をはじめ、日本人や韓国人との接触が多かったことで少しパニックに陥りました。

息子が日本に行くとき「日本がパンデミックかも」と、日本が緊張状況だと話したときには「大げさな」と鼻で笑っていたのですが……。日本の新型コロナウイルス騒動をネットで追いかけていたので感染情報はよく知っていたのですが、ドイツ人にとっては突然のことでまるっきり知識がありません。

新型コロナウイルスは、中国で猛威をふるっていても、対岸の火事のように思っている人がほとんどだったようです。

「欧州で、アジア人が街で暴力を振るわれた」と日本で報道されていると聞き、少し心配しました。というのも、1カ月の短期ですが日本人留学生を預かっていたときだからです。しかし、少なくともミュンヘンでは起きてないようで、留学生がフランクフルトとハイデルベルグに小旅行に先週末行っても、嫌な目には合わなかったそうです。「言葉がわからないことをいいことに陰で言っているよ」そうかもしれませんが、実害のないものなら気になりません。欧米で迫害というのは、実行動に出て被害が出る恐ろしいものですから。

いま欧州に新型コロナウイルスのパンデミックが起こって、日々刻々状況が変化してします。

そんなときだからこそ、「生きていることが素晴らしい」と思いながら、パニックにならず生活したいものです。

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