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ドイツがん患者REPORT 69 「僕と新型コロナウイルス感染症」その2
新型コロナウイルス感染症のパンデミックがドイツを襲い、感染者が爆発的に増えました。まずイタリアで起こった波が、ドイツに押し寄せるのも時間の問題だと思っていた僕は驚きませんでしたが、何が起こったのかまったくわからないドイツ人たちも多かったと思います。
緊急時に強いドイツの医療体制
すぐに〝PCR検査〟を強化、ドライブスルー方式も取り入れました。ドイツの場合は、国の方針がすぐ医療者側に伝わるだけでなく、指示がすぐに実行される仕組みになっています。重篤患者のために多くのICU(集中治療室)が必要となれば、予定されていた手術や治療を延期して、コロナ患者に回します。
ドイツでは4万床あると言われていたICUですが、ダブルカウントされていたりで、実際は2万6,000床。今回、4万4,000床まで増やされました。日本のICU数が6,500床程度と聞いて、余りの少なさに信じられませんでした。ドイツでは、無駄な病床を確保しているという批判も多くありましたが、今回はその無駄が功を奏した形です。
2012年には「感染症対策法」が作られていたため、それも功を奏しました。
30年ほど前までドイツは東西に分断され、西ドイツはNATO(北大西洋条約機構)の最前線でした。当時は徴兵制もあり、常に東側の進攻に備えていました。日本のような自然災害での非常事態は考えられませんが、戦争による非常事態の可能性は絶えずあり、いつ多くの被害者が全土で出るかわからない状況に対応できる仕組みができていたのだと思います。
「もう、ずっと前の話じゃないか」と思われるかもしれませんが、医療体制などは一度構築されれば変化しにくいものです。そして、現代の最先端医療になればなるほど、病院経営は個人や民間では難しいと思います。僕が世話になっている赤十字病院も国立のミュンヘン工科大学系列です。
もちろん個人クリニックや専門医の個人開業医は多くいますが、少なくとも全身麻酔を要する手術設備を持つ個人病院は美容整形くらいしか思いつきません。
「コロナ患者を振り分けるから、ICUを用意して」と健康省に言われれば、従わなければなりません。今回は急なことで、他の病気で入院中の患者や医療従事者にコロナ感染者も出ましたが、それでも国の指示に医療機関は従い、それは国家統一的に行われます。
日本も同様のシステムだと思っていましたが、あくまでも行政側からのお願いだそうで、全く違っていました。このような非常時にはドイツのほうが良い対応ができると、あまりの違いにがっかりしています。
メルケル首相の言葉
〝戦争〟という言葉を生きているうちに、ましてやメルケル首相の口から聞くとは思いもしませんでした。彼女は東ドイツ出身、東で教育を受けたため戦争という言葉の障壁が低いわけでもないと思います。戦争という言葉に、ドイツ人は良い印象を持ちません。
僕がドイツに来た80年代後半は冷戦がまだ続いていて、東西で戦争が起こる可能性は低いものの、まだありました。その後、冷戦は終わってNATOの最前線は東欧へと移り、ドイツが戦場になる可能性はほぼなくなりました。
しかし、新型コロナウイルスは、ドイツの首相に戦争という言葉を使わせました。
「遠い東の国」で発生した戦争は、現在の人・物が縦横無尽に世界中を駆け巡るグローバル化の世界で、瞬時に拡散されました。国境を無くし、人や物流が地球中を行き交う平和の世界を目指してきた欧米のほとんどの人が、この目指してきたものに足元をすくわれ、我が身が危なくなると、防疫という名のもとに国境を封鎖。今までの理想に背を向ける形をとらざるを得なくなりました。
しかし、お気楽であったドイツ人は、コロナの急激な拡散で何がどうなっているのかわからないなかでも楽観的でした。そこで、発せられたメルケル首相の戦争はインパクトのある言葉でした。
感染症という病気への戦いだけでなく、今までの理想や価値観への戦いにもなります。世界は1つと言いながら、最小単位のグループで、家族でも同居していなければ接触を避け、他人とは電話やネットでの会話しかできず、バーチャルリアリティ以下の世界で、触れることすらできない生活。僕はもう何年もそのような生活を続けているので慣れてはいますが、虚無感をずっと感じています。
こういう経験をすると、気づかされる人も多いと思います。自分という最小単位から、家族という次の単位と次第に輪が大きくなり、世界が形成されていること。その輪は重層的で、利益不利益で別れたりくっついたりしながら、世界を構成しているのだと。
トランプ大統領がメキシコとの国境に壁を建てると表明したとき、荒唐無稽と言っていたのに、必要であれば壁を人々は望み、建ててしまう。人と人との間にも防疫のため見えないバリア、壁を建てなさいということを、何の反感も持たずに承諾してしまう。
戦争という言葉には、「戦争が終われば復興できる」という意味を僕は感じました。不平や不満はあっても、未知の感染症との戦争だからと政府の言動に文句をつけません。なかには経済封鎖を解けとデモをする人も一部にはいますが、ほとんどの人が一致団結するときには従います。
ドイツのテレビメディアは、基本的に政治などの報道は国営放送が担い、民放はエンタメが中心で、住み分けができています。国からの介入は、戦前の苦い経験から法律で厳しく律せられています。
政府批判を聞きたがる国民も、この状況下ではポジティブなことを望んでいます。こういう非常時には、国民の一致団結が重要だと理解し、また国民がそれを望んでるのは、正しい姿勢だと思います。
僕ががんとの闘病のときも、不満だったり、変に思ったりすることもありました。しかし、医師たちも僕を治そうと一生懸命やってくれていると思い、盲目的に信じようとしました。直腸がんのステージ4でしたが、幸運にもすべてうまくいき、僕は今も生きています。
とうとう義務化されたマスク
スーパーのかごやカートは取手を消毒し、密にならないように入場制限、待つときは1.5mの距離を最低限空けることになりました。
そして、公共交通機関の利用、買い物や他人との接触、近距離に大勢の人と居合わせなければならないときなどにマスクの着用が義務づけられました。正式には「口の部分をマスクないし木綿の布で覆いなさい」ということで、スカーフでも可ということです。
もともとマスクをする習慣がないことや品薄なために、突然マスクの義務化と言われても不可能です。しかし、高齢者ほど医療用マスクの着用が目につき、どこで入手しているのかなと思います。
規制緩和に先んじて、「政府がドイツの50ほど会社にマスクの製造を要請した」とニュースで聞きました。新たに製造する会社を探すことになったのでしょう。
防護マスク、毒ガス防御マスクは、大戦時ではドイツの専売特許でした。そういったものですらもう国内では製造していなそうです。ドイツに来たばかりの30年前、想像以上に「製造業が少ないな」と思いましたが、今は本当に消滅と言っていいくらい減りました、Made in Germanyを見つけるのが困難なくらいに。
マスク着用義務は、うがった見方をすれば、新たな感染者数はかなり減っているものの、それでも規制緩和する場合、人々に安心感を持たせるために課した義務ではないか、注意喚起の持続と、今までと違う何かをすることで「大丈夫」という気持ちにさせるツールという気がします。
外に出て、スーパーや駅に近づくにつれマスクをしている多くの人を見ると、何だか病人や犯罪者の群れに突入するような気にもなりますが。
医師や防疫の専門家は、まだ緩和はすべきではないと言っています。しかし、このままでは精神的にも、経済的にもダメージが大きすぎるので、規制緩和の条件にマスクの着用は、良いアイデアだと思います。
負けてほしくない
今まで良いとされてきたことが、この〝戦争〟では全否定されました。人との距離を取り、接触を避ける。音楽活動の基本はエンターテイメントであり、演者と客との一体感、距離の近さが重要です。スポーツもスタジアムの観衆にとっては、一緒に喜び悔しがり、時には抱き合いそれによって得る感動を目的としています。
そういう一体感の輪を広げることにより、世界中の人と仲よくしよう。一時でも共通の興味を通して、世界中の人が仲良くなろう。今年の東京オリンピックの延期は、そういった今までの価値観への挑戦にも見えました。
欧米は、今回のことで大きな被害を被りました。生活習慣の違いが被害の差を生んだとかいろいろ言われます。確かに僕たちが目指していた理想の多くが、感染症対策にとって不利になることばかりです。だからといって、価値観を変えてほしくない。相手が感染者かもしれないので「まずは消毒してください」、なんて言う世界はまっぴらごめんです。
僕はインフルエンザはおろか風邪を引いても肺炎を起こしかねない弱者ですが、逆に覚悟はできているので、危険と言われても、以前のような世界を望みます。
スウェーデンでは、厳格な外出規制をせずに、16歳未満の子どもは学校に行き、レストランなども営業していて、厳しい対策をしませんでした。死者が4,500人を超え、確かに人口割合で見た死者は多いのですが、彼らは価値観と行動様式を守り切りました。「集団免疫」戦略と聞いています。
もし、ドイツも同様なことを行っても僕は納得して従いますが、ドイツ国民からは多くの批判が出ることでしょう。しかし、何が正解かは、本当にまだまだわかりません。ただ、人に対する距離感や姿勢、価値観をコロナに負けて変えてほしくはありません。
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