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ドイツがん患者REPORT 70 コロナで起こった僕の生活の変化
子供のころ、両親から「戦時中は……」という言葉をよく聞かされました。そして、「お前たちは恵まれている」と、話が締めくくられるのが常でした。「戦時中と比較して、お前たちは恵まれているのだから、我慢しなさい」と、僕らに納得させるために、親は「戦時中」を使っていたのです。
メルケル首相は、新型コロナウイルス感染症との戦いを〝戦争〟と比喩しました。確かに、戦争前(コロナ前)、戦争中(外出禁止中)、戦争後(コロナ後)という意味で、すでに僕は使っています。ただ、大きな第2波、第3波が来れば、この表現も違うものになるかもしれないけど……。
目に見えないウイルスが、パンデミックを引き起こしました。未知のウイルスであるが故にいろんな情報が錯綜し、グローバル化しているがために、約100年前のスペイン風邪が流行ったころとは桁違いの猛スピードで、世界中に拡散されました。
僕たちは、間接的な恐怖が直接的な恐怖に変わる、たぶん「一生に一度体験するかどうか」というような歴史の瞬間を生きていて、「これは、将来の歴史教科書に必ず載る出来事」です。
ネットでの購入を始める
外出禁止が出ていなくても、僕はあまり外出しません。と言うよりも、できないのです。この連載を始めたころは、「将来はもっと元気になり、行動も活発になる」と思っていたのですが、残念ながらその逆になり、1日のうち元気な時間がかなり短くなっています。
去年(2019年)から今年の2月まで、下痢止めと痛み止めの服用量を大量に増やすという手段を、映画のプロモーションバンドに使ったため、最近、薬が効かなくなってしまい、薬による人工的な元気な時間という、僕にとっては「最後の切り札」もなくなっているからです。
だから、外に出ない生活に慣れていて、外出禁止中も強いストレスを感じませんでした。そのときは、週に1〜2回、食料品を買いに行く程度で、解禁されてからは2日に1回くらいです。以前は、運動のために毎日買い物に行くようにしていたのですが、最近、体調のすぐれない日が続き、それすらもちょっとつらく感じるときがあります。
それでも、本当に便利な世の中になったと感じるのは、ネットで必要な物のほとんどが手に入るからです。僕は通販というものが好きではなく、手に取って自分の目で見て納得したものしか買いません。しかし、背に腹は代えられない状況下で、ネット通販での購入を始めました。楽器の部品とかそういったものですが、トランスポートさえ機能していれば、ネットの世界には店は世界中にあります。僕のような人が増えたせいで、コロナ後に客が減り、閉店に追い込まれる商店が増えていきそうです。
自分にはむしろ危険は低い?
スーパーでの買い物や公共交通機関を利用するとき、マスク着用(マスクでなくとも口元を布で覆えばOK)が義務付けられ、当初は、町行く人はマスクを着用する人が目立って増えましたが、最近は店に入る直前に付ける人が増えています。僕も同様で、マスクは慣れていないから不快を通り越して、負担に感じています。
「暑くなればもっとつらいだろうから、慣れておかないと」と思いつつも、先日パニックアタックを起こし、再発するのが恐くて、できる限りマスクは避けてしまいます。
犬の散歩や買い物から帰宅すると、まずは手洗い。コロナで、自分に対する危険度が高まっていると思われがちですが、最近はそうは思っていません。それどころか、周りが注意してくれる分、危険度は下がってると思えてきました。
僕のように免疫力も低く、抵抗力もない、持病のある高齢者のようなコンディションの人間は、インフルエンザでも、それこそ風邪でも肺炎を引き起こして重症化してしまいます。コロナだけが危険ではないのです。
「検温し、熱のある人は会場に入れない」。本来、他人にうつす可能性のある行いは自粛すべきですが、実際にはそんなことはあまりないです。熱があれば仕事や学校は休んでも、やりたいことがあれば出かける人は多いのです。コロナで今はそういう人は減っていますが、この先慣れてくればまた元に戻るかもしれません。
偶然、僕の生活はコロナに適応したものでストレスを感じはしませんが、多くの人には苦難でしょうが、うまく対応していってほしいです。
音楽プロデューサーとの対立
僕が参加していた映画のプロモーションバンドは、2月16日のライブを最後に、コロナの外出禁止が緩和された5月中旬まで、メンバーたちと会うことすらできませんでした。
2月に練習場を借りていたのですが、そこでの初の演奏が最初で最後となってしまいました。それから2週間もたたないうちに、僕とギターのデーブはバンドをクビになったからです。僕には、何となく想像がつき、理解、納得できることでした。
バンド自体は去年、映画の中のバンドを映画のプロモーション用に実際に作ったものです。映画では、僕とデーブは参加せずに違うメンバーが演じています。
映画の主題歌は僕が作曲しましたが、僕のアコースティックバンドINCSのキーボードのカティが、映画の撮影が始まると同時にサントラの曲をほとんど作りました。
去年、映画製作が最終段階にさしかかる頃、ある音楽プロデューサーがサントラ盤の再製作に乗り出してくれました。それまでに僕らが録音したものは完成度が低かったので、喜んでそれを受け入れました。
しかし、本業の合間の手弁当の仕事なので、作業は遅々として進まないのに、ライブの予定は迫っている。本来なら製作されたサントラ盤をカバーしてライブ演奏すればいいのですが、間に合わないので自分たちでアレンジして演奏しなければなりません。
作曲したカティはロックポップバンドの経験がなく、ライブで演奏できるようにアレンジせざるを得なかったのですが、それが音楽プロデューサーは気に入りません。僕とデーブ、音楽プロデューサーの対立構造のようになってしまって、フランツイーにも気苦労をかけたと思います。
コロナ前は音楽プロデューサーも本業に忙しく、このバンドに力を入れる暇がなかったのですが、時間ができたコロナ外出禁止中にフランツイーに選択を迫りました、「自分を選ぶか、僕たちを選ぶか」と。結果、僕たちは選ばれませんでした。
ほっとしたバンドのクビ切り
それを聞いたとき、僕はほっとしました。自分の健康状態から考えて、現実的に考えれば当然そうなるだろうと思います。
「このバンドがフランツイーの思い描く成功をするとき、僕はその隣にいない」と思ってました。でも、「バンドの形がしっかりするまでは」という思いも絶えずありました。
半年以上に及ぶ映画のプロモーションライブを行うために鎮痛薬を増やし、かなり無理をしました。結果として薬が効かなくなり、現在苦しんでいて、これ以上の活動継続は僕にとってもつらいものでした。
11年前、大腸がん闘病中の僕と一緒に音楽活動をして、それ以外にもいろいろと助けてくれたのがフランツイーでした。いつか、そのときに受けた恩を返したいという思いを行動に移せて、本当に良かったと思っています。できればもっと良い形で、という思いはありますが、フランツイーにとって良ければそれで良いし、彼女が選択したことです。
僕はそれでよかったのですが、デーブは相当なショックを受けたようでした。その話を聞いたとき、彼は無言で席を立ち、出て行ってしまいました。デーブの50年ものバンド活動は、いつも彼を中心に回ってきましたから。
彼がメンバーをクビにすることはあっても、また、彼から辞めることはあっても……このバンドを辞めようとする彼を僕が引き留めていたので、彼に対して申し訳ない思いはあります……彼がクビにされることは初めてだったからだと思います。あれから2週間、デーブも落ち着きました。
アコースティックバンドINCSの活動再開
バンドというのは、一種のゲゼルシャフト(共同体)と僕は思っています。こうして、僕たちは違う方向へと向かいますが、もともとのアコースティックバンドは、プロモーションバンドで1年半ほど活動休止状態でしたが、再起動しようということになりました。フランツィーには、罪悪感を持つ必要はないと言っていますが、彼女はデーブのことを心配していたので、以前のように戻れるかの心配がありました。
2週間後、INCSの練習を再開しました。あまりにも久しぶりすぎて、僕も忘れていたりでバラバラな演奏に、でもそんなには悪くない。それでも、感覚が変わってしまっているように感じ、もとに戻るのには時間がかかる気がします。
INCSは、音楽を楽しむために作られたバンドで、演奏者は〝楽器はアコースティックに限る〟という縛りだけです。ライブのときは、ビールをおいしく飲むためのおつまみ的サウンド、そして楽しい会話を邪魔しないことを心がけています。映画のプロモーションバンドとは、正反対なのです。
僕には今、祭りの後の倦怠感のようなものがあって、以前のようなINCSに戻れるのか確信はありませんが、細々とゆっくりやっていけば、きっと元に戻るでしょう。
2畳ほどの広さに4人が座って演奏をする、体温が伝わるほどに密な空間。アコースティックの楽器は音が小さいので……聴こえづらいからでもありますが、その身近な空間で伝えるのがINCSの良さでもあるのに、コロナはそれを拒否します。
戦後が消えるのには、何十年という時が必要でしたが、果たして、コロナはどれくらい時が必要になるのでしょう。
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