ドイツがん患者REPORT 72 「Made in Germany」計画

文・イラスト●小西雄三
発行:2020年10月
更新:2020年10月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

ドイツ国内でのマスク製造が必要と、政府は外出禁止令下の4月「マスク メイド イン ジャーマニー計画」を発表しました。医療用マスクに補助金を出して国内で生産し、8月中旬には流通させる計画で、新規事業参入者も含めて広く公募しました。

戦時中ガスマスクをいち早く製造したのはドイツですし、フィルターといえばコーヒーフィルターを開発製造したメリタ社(ドイツではコーヒー豆販売も広く手掛けている)があったり、化学繊維や製紙産業の技術でも有名だったので、ドイツ製の高機能マスクが出来るんじゃないかと、僕は期待して待っていました。

しかし、8月12日放送されたPlus minusの報道で、これがドイツ? と疑うほどずさんな政府の対応を知り、僕はドイツの製造能力を高く評価しすぎていたことを思い知らされました。

政府から受注した会社が消えた!

医療用マスクを政府から受注したある会社をブレーメンの工業地帯で探しました。しかし、登記された建物には人影はなく空っぽ。電話をしても、留守番電話が「ただ今、出ることができません」というメッセージを繰り返すばかり。会社のメールボックスも閉鎖されている。受注した会社の社長は自動車ディーラーとタクシー会社の経営者だとがわかりましたが、今年3月に新会社を設立して、4月には政府から大量に受注していました。

「この会社は、いったいどこで医療用マスクを作るつもりだったのか?」

「大スキャンダル‼ 政治家との癒着? 役人が査定で賄賂? 決定に忖度?」とやたら!?の文字が並びそうな報道が日本ではされそうですが、そこまでも行かないほどひどくずさんな話でした。

日本では、国内でマスクが手に入らない人が多いことを憂慮した首相が、洗って何度も使える布製マスクを海外で生産して配布、でも大不評だったと聞いています。ところが、ドイツの場合は配布する予定の国産のマスク自体がなかったのです。

ドイツ政府の出したマスク製造要請

ドイツ連邦健康相イェンツ・スパーンは、大量の医療用マスクを発注しましたが、その最も重要なポイントは「ドイツ国内での製造」にあったのです。

多くの小さな事業者が名乗りを上げ、新規参入者がどんどん受注。そのあおりで、確実に製造出荷できる多くの既存の会社は受注できませんでした。

医療用防疫装備品会社のA・タイラーは、2月にはパンデミックがドイツにも及ぶことを予想し、健康省にマスクひっ迫の可能性を打診しました。その彼も、受注できませんでした。

新規参入者は、マスク製造の知識や経験がほとんどなかったため失敗したのです。僕同様、マスクなんて簡単に作れると思ったのでしょう。

彼は受注して補助金をもらった事業者の多くが、全く医療用防疫装備品と無関係であったことを指摘。

「見積書からは、製造できる可能性を見いだせません。ベルリン空港建設の入札にも似ています(ベルリン空港建設は事業者を大幅に公募。結果カルテルのようになり費用増は防げたが、手抜き工事がはびこり、やり直しや業者が施工途中で倒産したり、多くのトラブルを抱え未完成のまま。安物買いの銭失いに例えられている)。

受注業者のうちで、製造に不可欠なノウハウを持っているのはわずか。だから、実際に製造ができずに、国民を落胆させる結果になっている」と言います。

実績のある事業者は蚊帳の外

ドイツ政府はどのように選定したのでしょうか?

それをよく知る専門家は、「医療用防疫装備品の専門家の手が全く入っていない。どう見てもきちんと審査をした跡が見られず、いくら緊急時とはいえ、いったいどういう審査をしたのか尋ねたい。最低限、製造の許認可や、製造機械、製造法のことなどを」と言う。

「製造でとくに重要な問題は3つあります。まずは、製造機械の入手。2つ目は材料の入手で、簡単には手に入りません。3つ目は試作品の検査。試作品を作り、安全性を検査してもらう。これが現在、約半年かかります(この非常時に本当にドイツらしい。四角四面で融通が利かない役人思考は日本だけではないと思います)。なのに、どうやって4カ月後に出荷するつもりだったのでしょうね? 不可能ですよ」と彼は言います。

ネイルサロンが医療用マスク工場へ

また、マスクを受注したある業者の書類に記載された住所に行ってみると、そこはネイルサロンでした。ここも呼び鈴を押しても誰も出てきません。彼女のフェイスブックに色とりどりのネイルを見つけることはできましたが……。

「マスク製造は失敗しました」と後に連絡がとれた彼女。理由は銀行からの融資が受けられなかったためで、政府からの受注契約は取り消されたそうです。しかし、契約不履行の罰則はありませんでした。

「今回の最大の問題は、何1つ罰則がないことです。業者に多大な重責をかけるという意味ではなく、まったく入荷されなかった場合の話です。無責任な見積書を提出できるのも、納入できなかったときのリスクがゼロだからですよ」と、医療用防疫装備品会社の社長。

契約不履行の罰則がないことで、予定よりはるかに少ない数しか供給できないことになったのです。

開いた口がふさがらない

ドイツの大手医療会社も健康省に見積書を提出。しかし、受注できたのは防疫ジャケットだけで、医療用マスクは受注できませんでした。コロナ流行が始まった直後にいち早く製造ラインを新設したにもかかわらずです。彼は見積りに対する政府の対応に驚きました。

「通常ならば、優先的に発注先に選択されるべき業者を考慮しないことに開いた口がふさがらないを通り越して怒りすら覚えました。受注業者の規模、ISOの資格、経験、実績などを全く考慮せず、要は価格だけ。そういうわけで、私たちは受注できませんでした」

公平な入札で弱小企業にもチャンスを与えるべきですが、きっと新規参入者が出来もしない安い見積書を出したため、専門業者は価格競争で負けて落札できなかったのだと思います。

多くの新規参入者は8月中旬の納品ができませでした。政府発注をよく知る専門家は、「反省すべきは、選定を急ぎすぎた結果、遅れが生じていること。発注の際にもっと時間をかけ、しっかり審査すべきです」

少しでも国民に早く届けようと思っての行動だったとしても、結果は最悪です。

新規製造業者の勃興政策が裏目⁉

健康省に、受注した業者が現在も所在しているか質問したところ、「今回は、既存の業者を重視した施策ではなく、新規に製造できる業者の勃興を目的としています」の答え。とはいえ、この業者選択には納得がいきませんね。

「コロナ感染者が増加すれば、こういった失策は大きな問題になります。受注した46の業者は、ほぼ全滅。これは、この先も医療用マスクをアジアからの輸入に依存することを意味します。その国でパンデミックになれば、また輸出をストップするでしょう。その結果、ドイツ国内はマスクが足りなくなります」とA・タイラーは話を締めた。

ここで、アジアとぼかして言っていますがずばり中国のことでしょう。日本もそのなかに入っているのなら心外。日本なら正直に契約を履行してドイツに送ってくれるはず。

「大丈夫、そんなこと起こらないから」という楽観論者がコロナ前では大勢だったでしょうが、今回のマスクや多くの物が不足した現実を見て、さすがにそういう声はもう聞こえそうにありません。

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