ドイツがん患者REPORT 76 メルケル首相の演説

文・撮影●小西雄三
発行:2021年2月
更新:2021年2月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

今年でドイツに住んで34年目。日本のことを少しは知ろうとネットを始めたのが7年前。それ以前は、たまに入手できる日本の新聞や雑誌から得る情報くらいで、日本についての知識は一般のドイツ人とたいして変わりませんでした。

「日本に住んでないからわからない」「もうそっちの感覚が染みついて、理解できないね」など、日本人との会話時に言外にこういわれているように感じ、上からの物言いに聞こえるようなことを書くのは避けていました。

その上、保健所から他人には知らせないでと言われるくらい、日本ではコロナ感染は差別されるリスクがあるようなので、日本の友人の話をするのをためらいましたが、書くべきだと思いました。

日本の友人とのチャット

中高生時代の親友T君。卒業して、お互い全く接点のない人生を歩み始めました。しかし、二度と会えずに別れるような後悔はしたくないと、2年前にドイツに会いに来てくれました。

「一番死ぬのが早そうやから、会いに来てん。バウ・ハウスも見たいし」

彼との会話は、このようにあけすけで、屈託がありません。

昔は外国に住むと、国際電話が高くて直接話せる機会がほぼなくなりました。現在は、リアルタイムで世界のどこに住んでいてもコンタクトや情報交換ができます。それでも、去年息子が日本に行くためアカウントを作るまでは(T君は民泊の経営もやっていて、息子たちの滞在時に世話を焼いてくれました)携帯のチャット機能を使うつもりはなかったのです。

実は、高校時代は3人組でした。もう1人のK君は30年も前に東京に行った後、音信不通に。ところが偶然彼と連絡が取れて3人でチャットを始め、今は昔に戻ったようにデジタル上で無駄話を楽しんでいます。

僕は感覚派で、好き嫌いなどの感情で物事を判断し、行動してからその理由を考えるタイプでした。音楽も難しい理屈はいらない。単純で強引、それこそガテン系(見かけは違いますが)。T君は慎重派、本を読んでも評論を参考にして評価するようなタイプ。K君は理数系で、損得で判断するデジタル思考。

僕は病気をしてからはまったく真逆のような生活を強いられ、3人の中で一番変化があったみたいですが、三人三様、違った場所で違った人生を今は歩んでいます。

なかなか受け入れ先が決まらなかった救急搬送!

「9日まで自宅謹慎になった」と、新年早々T君から聞いてびっくり。始まりは、昨年末にT君の顧客がコロナに感染したことからです。保健所から電話で自宅隔離の要請があり、31日にPCR検査。元日に陰性の連絡があったにもかかわらず、9日まで自宅隔離をお願いされ、T君はまじめに従ったそうです。

保健所からの連絡、検査場所、検査を受けたことは周りには言わないようにと助言を受けたそうです。それは、僕には納得がいかないことでした。

T君は買い物にも出られず、散々な年末年始でしたが、本当の苦難はこれからだったのです。元旦に我慢できない腹痛で119番通報しました。ところがどこの病院からも受け入れ拒否にあい、病院が見つかりません。ドイツでもクリスマスや大みそかなどは救急搬送される人が増えるので増員で対応します。年末年始の日本の救急医療はどういう態勢なんでしょう。

拒否され続けたあげく、T君はコロナの重篤患者を受け入れている病院へやっと搬送されました。ところが医師は腹痛の原因を診断できず、痛止め入の点滴の応急処置を受け、鎮痛薬をもらって帰路につくしかありませんでした。「たぶん、腸炎だと思う」と医師は言ったそうです。これが救急医療かと信じられない気持ちでいっぱいです。

僕の大腸がんが発覚したときも、ひどい腹痛と下痢、高熱からでした。腹痛の直接の原因はアメーバ性赤痢でしたが、そのまま入院して大腸がん肝転移がわかったのです。T君は、僕の救急時の血液検査で「赤痢だけではないだろうから覚悟してください」と言われたほどの状況でないにしろ、その腹痛に重大な病気の可能性があったかもしれません。ところが、「腸炎かもしれない」と、痛止めのみで帰されたのです。「もう痛みはなくなり、大丈夫」と言っていますが。

同じころ、K君も体調不良を書き込んでいました。「熱っぽくて、脱水症状が出てるけど、糖尿病なんで……」。T君はすかさず「東京はもっと医療事情が悪そうやし、糖尿病ならコロナは危険や。どうせ診てもらえないのなら病院へ行くのも気をつけたほうがいい。とりあえずは主治医に相談するほうがいい」と返していました。

しかし、問題は救急医療が必要なときにすぐ受けられないことです。

「コロナを恐れるあまり、必要な医療を受けず、命を縮めている人が多く出ているので、恐れずに治療を受けに行きましょう」と、ドイツでは国民に呼びかけています。日本でもそう呼びかけていると聞きましたが、それには言ったことを実行できる医療体制が必要です。

雪景色のミュンヘン

医療崩壊ICUの数

コロナの重篤患者を治療することができなくなるだけでなく、他の医療を必要とする人たちも必要な医療を受らけれなくなる状況を「医療崩壊」というのだと僕は思っています。

「だから、楽しみにしているクリスマスを、その前後も含めて犠牲にしてまでも言うのです。経済的にも大打撃で、誰も望まないことをするのは、来年もおじいちゃんおばあちゃん含め、家族全員でクリスマスを祝うためには、今はその犠牲を払うことが必要です」と、ロックダウンについてのメルケル首相の言葉です。

他のEU諸国のようにコロナだけ治療して、他の治療を後回しにしてはいけないと思います。そうでなければコロナによる死だけではなく、死者総数は増えていくばかりです。

日本で言われている「医療崩壊」も同様と思っていましたが、T君の話を聞くと、どうも違うと思えてきました。救急患者は、プライオリティが一番高いはずなのに、それを拒否してまでもするこれまでの医療の維持が難しくなりそうだから、医療崩壊の危険があると騒いでいるように僕には思えてきました。

去年3月頃、「日本はICUが少なく、ドイツは逆に多すぎると批判されるくらいある。それでも、ドイツは急激な患者の増加に備えてICUを倍増する」という話を聞いていました。ICUの病床は増やせても、人手や機器はそう簡単に増やすことができません。

しかし、最低限の人手と機材でICU病床があれば人命が守れることも事実です。それでは充分な治療ができないと日本では批判が出るかもしれませんが。それでも、ICUの病床も増やさず医療拒否するよりは、助けられる命は多くなります。

日本ではコロナの病床数やICUが少ないなら、なぜもっと増やすことができないのでしょうか?

〝賞賛された〟メルケル首相の演説

日本で先述のメルケル首相のクリスマスに向けてのロックダウンへの演説が称賛されていると聞いて、僕は驚きました。これのどこに称賛の個所があるのか、僕には理解ができません。

メルケル首相は政権初期のころは批判ばかりされていて、僕は言いがかりのような批判を受ける彼女に同情しているところもありました。

しかし、この発言に彼女が称賛を受ける部分を見いだせず、逆に「ごめんなさい」という謝罪に違和感すら感じました。ロックダウンしても感染者は減らず、クリスマスの大惨事を回避する方法はこれしかない?

現実を説明して、「注意しながら普段通りの生活。その代わりに犠牲は受け入れる」か「強力なロックダウンで徹底管理。すべてを失っても命が大事」という選択を国民に問わず、効果もあまり期待できないロックダウンを行ってしまった。

感染爆発の責任はメルケル首相にあるわけでありません。感染が増えた理由はウィルスの変異や季節性などいろいろあると思いますが、罰則で縛り付けても限界があり、人の心を変えるしかないと思います。「自分は感染者」と考え、他人にうつさないよう思いやる行動が一番の感染予防となり、ひいては自分自身を守ることになります。

1月18日の月曜日からは、買い物や公共施設内、乗り物内では指定された番号入りのFFP2マスク以外禁止になりました。日本から送ってもらった高性能のマスクも、番号がついてないので使用できません。極端なことを始めましたが、典型的なドイツ式で、許認可がないものは、それがどんな優れものであってもダメなんです。

結果、どんどん取締りが厳しくなる。それを心地よく思う人たちが、最近増えてきています。旧東ドイツの人たちは慣れているかもしれませんが、僕は嫌です。生活の自由を奪うことは、ほめられたことでは決してないはずです。去年の春は仕方がなかったとして、もう一度ということが、賞賛されることではないはずです。

多くのドイツ人は、メルケル首相の言葉を「僕たちの敗北」とは取ってはいないようで、ロックダウンの4月までの延長が最近現実味を増してきました。「命と経済どちらが大事」と言えば、大勢を無理やりねじ伏せられると思ってのことなら、それは、僕らの敗北です。

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