ドイツがん患者REPORT 78 2匹目の保護犬

文・撮影●小西雄三
発行:2021年4月
更新:2021年4月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

コロナ渦で長く外出禁止令が出ています。食料品の買物、医療機関への受診など生きていくため必要な外出は当然許可されていますが、その中にはペットの散歩もあります。

集合住宅に住んでいればペット用の室内トイレを猫には使いますが、犬に使う話は聞いたことがありません。家内は「それは犬への虐待」とまで言います。うちではカメを飼っていますが、カメでさえ飼うには許可が必要です。許可をもらう書類には写真も同封しなければならず、「甲羅に穴を開けて紐を通して放し飼い」(僕は子供の頃に、こうやってカメを飼っていました)は、罰則はないものの、世間の非難の対象になると言われました。

「亀の甲羅って人間の爪みたいなもので痛くもない。幼児の耳にピアスの穴を開ける親が非難されないのなら……」と、反論したくもなりますが多勢に無勢。おかしいと思っても「郷に入れば郷に従え」で、我慢できることは口を閉ざしています、とくに動物に関しては。

僕が子供の昭和40年代は「動物いびり」という持ちネタの落語家がテレビに出演(人気は関西だけだったかもしれませんが)、今では動物虐待と思われる漫画もごく普通にありました。そういう時代に育っていても、野良犬などが殺処分になるのは心が痛みます。

ドイツは、もうずいぶん前から犬の殺処分はありません。日本の野犬狩りの処分のことを知っていたので、30年以上前に動物保護施設に行った当時、「ドイツはずいぶん恵まれているなあ」と思ったものでした。

しかし、今でも動物を虐待する人はいます。それは、子供の虐待でさえなくならないように、いくら法律で取り締まってもなくなりません。それでも、殺処分がなくなり、行く先のない犬がなくなりつつあるのはうれしいことです。

メディアが他国の惨状をよく報道していたからか、国内での殺処分犬の問題がほぼ解決すると、今度は他国の犬を助けようとする人たちが出てきました。

飼い犬になって5年も経つのに……

先住犬のティト

娘の犬ティトは、スペインで殺処分となるところをドイツの保護団体に助けられ、飛行機でミュンヘンにやってきました。もう5年も前のことです。飛行機に乗せるには動物の証明書が必要で、野良犬だったティトの名前も生年月日もそのときにできました。

ポテンゴという犬種の特徴が強い雑種で、来たばかりの頃はやせて極端に怯えていました。しかし、普通の人に対してはとても愛想が良く、人の心をつかむ目つきやしぐさをするのが得意。彼のねらい目は、おばちゃん、おばあちゃん、おねえちゃん順の女性で、いかにも食べ物が入っていそうな買物袋などを持っていると、今でも飼い主を放っておいて見知らぬ人におねだりをします。

娘は里親に応募したのですが、当時はまだ学生。家内は勤めていたので、僕に助けを求めました。里親の2カ月間を一緒に暮らせば手放せなくなることはわかっていたものの、僕はOKを出しました。息子のアレルギーのために、小さいころ飼っていた犬を手放したことが娘の心の傷になっているのを知っていたし、僕もそうでしたから。

最初はカウチを噛んでボロボロにしたり問題行動もありましたが、それでもみんなに可愛がられ、ティトは飼い犬となっていきました。しかし、食物に対する異常なまでの執着だけは変わらず、物乞いは今でもするし、ちょっと目を離せば拾い食いもしてしまいます。

やって来たときはすでに1歳半の成犬で、子犬に教えるようには無理。ドイツで暮らすのに最低限のことを覚えれば、それで十分だと思いました。

ティトは、大阪弁で言うところの「びびり」の超臆病者。音に異常に敏感で、床に物が落ちる小さな音でも一目散に走って逃げるような犬で、ちょっと長い棒状の物を持つと、これまた走って逃げ去ります。

僕がギターを弾いていると、恨めしそうに見ながら「クーン、クーン」と鳴くので、ティトに甘い僕はギターを弾けなくなっていました。今では決して殴ったりしないと安心したので、ギターを弾いていても近寄ってきます。ただ、今でも邪魔をしますが。

また、他の犬があまり好きじゃなく、遊びにも興味を見せません。それでも、たまに僕の手を子犬が遊ぶように甘噛みをしますが、これとて、僕と食物とを関連づけているからでしょう。

ティトとのルールは、僕の食べ物をいつも折半する代わりに、勝手には食べないことで、これはちゃんと守れます。僕の部屋のお菓子も食べたりしないし、テーブルの上の物も勝手に食べたりもしません。

食べることが幸せなら、となるべく餌を小分けにしてあげるようにしていますが、満腹感を知らず吐くまで食べようとします。まるで、古代ローマの貴族たちのように……。

最近は家内も年金受給者になり時間ができたので、僕がずっと世話することはなくなりましが、コロナ渦でもティトは変わらず幸せそうだと僕は感じていました。それはティトを引き取るときの望みであり、普段の生活で人との接触が少ない僕にとってティトの存在は癒やしです。幸せそうに食べている姿や寝ている姿を見ると、この幸せを守ってあげたいと思っていました。

新しくやってきた子犬

新しく飼うことになった保護犬のユミ

子犬が来る1週間前まで、僕はそのことを知りませんでした。ティトのときと違い、僕が反対すると娘が思ったからです。里親には反対しませんが、引き取るとなると話しは別。共存を強要されるティトのことを考えると、良いとは思えません。

ティトは普段はとてもおとなしい犬ですが、僕を自分の所有物の1つと思っているようで、餌と僕が関係するものに対しては牙をむき、邪魔をしに来ます。だから、ティトといるときは他の犬に近づかないように気をつけています。

その子犬は2020年8月生まれ。ボスニアで保護された母犬と3匹の子犬のうちの1匹で、ボーダーコリーの血が濃い雌。ティト同様に書類が作られ、名前もありました。しかし、ヌーク(ドイツで有名な哺乳瓶などの会社名と同じ)という名前が娘は気に入らず、日本の女の子の名前をつけてしまいました。

僕は妹以外、女の子の名前を呼び捨てにしたことがなく、抵抗がありすぎて犬に向かって「ユミ」とは呼べない。試しに「ユミちゃん」と呼んでも犬は反応なし。娘にはそのことが理解できないし、僕が嫌がってもきっと「ユミ」とつけたと思います。

子犬は本当におとなしく、その上非常に頭の良い犬です。たった1日で、お手もお座りもお代わりも伏せも覚えました。これには僕もびっくりで、さすが職業犬のコリーの賢さを実感しました。まだ子犬なので吠えたり鳴いたりもしますが、それでも僕が知っている子犬、とくに以前飼っていたコッカスパニエルの子犬に比べると、世話は本当に楽です。

案の定、ティトは初めから子犬に対して嫌がって威嚇していたものの、子犬がそれに慣れてしまい、ある日ティトが噛むという実力行使に出てしまいました。何度かそういうことが起きて、ティトに甘い僕らは子犬のほうを引き離していました。それが、娘の目にはたまらなく不平等で子犬にひどい仕打ちをしているように見えます。噛むティトが悪いのにと。

娘に押し切られ飼うことに

僕らはティトと一緒に飼うことは無理と判断して、子犬は他の人に譲るよう娘を説得しました。最初は娘もいやいや同意していました。ところが、やはり手放せないと保護団体に相談して引き取ることに決めてしまい、とうとう娘に押し切られました。それが娘のわがままという自覚はないようで、僕らは娘を納得させることはできませんでした。

ティトを引き取ったころと違い、最近では外国からの犬を引き取る人たちが増え、ましてや子犬なら希望者には困らないでしょう。5年前はティトのようなポテンゴ種の雑種は見かけませんでしたが、最近は兄弟のようにそっくりな犬が近所にも何匹かいます。

昔は「飼うなら純血種をブリーダーから」という人が多く、野良犬でも多くが純血種でしたが、ここ最近は他国での殺処分を逃れた雑種を本当に多く見かけます。

保護団体の人は「ちゃんと調教すれば、2匹ともすぐにもめ事を起こさず共存できるようになります」と娘に言い、「団体の代表は、8匹ものティトのような犬と暮らしているから大丈夫」と、娘は自信ありげに言いました。

子犬の命が助かったことは、もうミュンヘンに来た段階でクリアしています。「殺処分の犬がこんなに可愛く人懐っこく、私も欲しい」と思わせたことにティトがかなり貢献をしたと僕は思っていますし、その例も何件か知っています。「誰にも悲しい思い、つらい思いはさせないから」と娘は約束しました。

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