がん哲学外来 26 今月の言葉「人生に疲れたら墓地に行ってみよう」

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座教授
取材・文●常蔭純一
発行:2016年7月
更新:2016年8月

  

がんになってすべてが悪い方向に

N・Tさん 56歳男性/会社員/東京都

 がんになってから、私の人生の歯車がまったくかみ合わなくなりました。

昨年の春、会社の健診で早期の大腸がんが見つかり、すぐに切除手術を受けました。幸い、予後は順調で仕事にも復帰できました。しかし、再発のリスクを考えると、やはり気が重く、何をやるにも積極的になれません。自分でもそれではいけないと思いながら、ちょっとしたことで腹をたて、すぐに言葉を荒だててしまうのです。

そんな私に失望したのか、最初は優しく私を気遣ってくれた妻や2人の娘も、わたしに距離を置くようになりました。ここ数カ月は私と家族の間では、ほとんど会話らしい会話はなく、口を開くと些細な原因で口論になってしまう始末です。とくに娘たちはあからさまに私を避けているのがわかります。

それに加えて、仕事のほうもなかなか軌道に乗ることができません。病気で休んだ分を取り戻そうと、気負い過ぎたのがよくなかったのか、ミスが続き、おかげで閑職にまわされるハメになりました。上司や同僚たちの視線も冷たく、いつまで会社にいられるかもわかりません。体調を気遣ってか、学生時代の友人たちからの飲み会の誘いもなくなりました。悩みを打ち明けることもできず、ストレスはたまっていくばかり。まだ50代半ばというのに、何だか人生に疲れてしまった気分です。どうすればこの状況を打開できるでしょうか。

死を意識すると人生が拓ける

ひの おきお 1954年島根県生まれ。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部長を経て現職。2008年「がん哲学外来」を開設、全国に「がん哲学カフェ」を広める。著書に『見上げれば、必ずどこかに青空が』(ビジネス社)など多数

 がんになった人たちのその後は大きく2通りに分かれます。ひとつはがんになったことで、家族や友人との関係がぎくしゃくし、結果的に人生が破綻してしまうケース。そしてもうひとつは、逆にがんになったことを契機として、本来の自分を発見し、人生をさらに充実させていくケースです。

質問を見ると、N・Tさんのケースは前者の典型例といえるでしょう。これからの人生をより良きものにするには、後者のパターンへと軌道を修正する必要がありそうです。

ではどうすれば、人生の軌道を変えることができるのか。答えは明瞭です。家庭や職場でのストレスの原因の大半はN・Tさん自身にあるようです。と、すればN・Tさんが自分を変えていけばいい。他の人たちに接する視点をちょっと切り替えてみればいいのです。

もっとも言葉でいうのは簡単ですが、実際にそれがなかなか難しい。そこで今回は、私自身がこれまでの人生で自然に体得した方法を紹介しましょう。

それは人生に疲れた時、ストレスに打ち負かされそうになった時には、墓地に行ってみるということです。

私は医学を志した人間ですが、若い頃は人としがらみを持つことが苦手で、そのために臨床医ではなく、病理医の道を選択しました。その結果、生きている人間ではなく、すでに亡くなった人たちの病理解剖を手がけ続けているのです。そんな仕事を何年か続けているうちに私はあることに気づきました。老若男女を問わず、遺体と向き合っていると、それだけで、さまざまな雑念が跡形もなく雲散霧消していくのです。

これは、それだけ私が仕事に無心に取り組んでいたこともあるでしょう。もっとも、それだけではありません。

私だって人の子ですから、時には人をやっかんだり、うらやましく思うこともある。もちろん、他の人たちとの関係でストレスを感じることもあります。しかし遺体と向き合って死を実感すると、人生を多くの視点で捉えられ、そうした雑多な思いが取るに足らない些細なことに思えるようになるのです。遺体のほうから「人間、誰でもいつかは死んでいく。だから何事にもとらわれるな」と、私に語りかけてくるように思われたこともしばしばでした。

そうして遺体の声を聞くと、不思議に心が落ち着き、新たな気持ちで人生に向き合うことができるようになったのです。そのことに気付いてから私は心のスランプに陥った時には、決まって、東京府中市にある多磨霊園に足を運ぶようになりました。ここには私が「心の師」と敬愛している新渡戸稲造、内村鑑三、そして東京帝国大学の総長も勤めた政治思想家、南原繁の魂が弔われているのです。静寂な霊園を散策しながら、彼らの声を聞くと、私は悩みや不安から解放され、再び、大きな気持ちで人生に臨めるようになるのです。

墓の前で死者の声を聞く

もちろん、N・Tさんにこの方法が有効かどうかはわかりません。ただ死を実感することで、大きな視点で生をとらえられる効用は誰にも共通するものです。そのことを考えると、一度、試してみる価値はあるでしょう。

原則として訪れる墓は誰のものでもかまいません。しかし、彼岸からの声を聴き取るには、その人の在りし日を知っている方がいい。と、すれば自身の縁者、あるいは日頃から敬愛している人物の墓を訪ねるのが好ましいかもしれません。

そうして墓地を訪ねると、人生がうたかたで、絶えず移ろい続けるものであること、そしてそれゆえに生きている中での一瞬、一瞬がかけがえのないものであることが体感できることでしょう。そして、その結果、すべての人とのすべての出会いを大切に思うようになる。

人生とは一期一会、たった一度きりの邂逅の集積でもあることを理解できるようになるはずです。

そのことがわかれば自然と人に対する接し方も変わってくることでしょう。おおらかに謙虚に家族や友人と接することができるようになるのです。もちろん、そうなれば相手の対応にも変化が生じてきます。そうしてごくごく自然に、今、N・Tさんを苦しめている人間関係も円滑で良好な方向に向かっていくことも考えられるでしょう。

人生に疲れを感じたら、新たな人生を発見したいと思ったら、天気のよい休日にでも、フラリと霊園を訪ねてみてはどうでしょう。ひょっとすると、そこで思いがけない発見が待ち受けているかもしれませんよ。

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