がん哲学「樋野に訊け」 5 今月の言葉「人には『この時のために』と思える時がある」

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座教授
取材・文●常蔭純一
発行:2016年12月
更新:2016年12月

  

末期がんを患った。生あるうちに家族と和解したいが
結婚以来、ずっと家族を苦しめ続けた

K・Tさん 62歳男性/埼玉県

 2年前、60歳になったばかりの時に大腸がんを患い、切除手術を受けました。幸い、手術はうまく行きましたが、その時には、すでにがんは他の部位に広がっていたようで、その後、1年を経ないうちに肺や骨への転移が見つかりました。

担当医ははっきりとそうはいいませんが、余命はごく限られたものでしょう。私自身はよく持って1年程度ではないかと思っています。

もっとも私自身はそのことで落胆しているわけではありません。もちろん転移がわかった時には、ショックも受けたし落ち込みもしました。しかし現在はそんな状態を乗り越え、1日1日を懸命に生きられればそれでいいと思うようになりました。

ただ1つ、気になるのは数年前に別離した家族のことです。現役で働いていた頃の私は、仕事でストレスを受けていたこともあったのでしょう、毎日のように酒におぼれ、妻や3人のこどもたちに悪態をつき、ひどいときには手を上げることもありました。

そんな私に愛想が尽きたのでしょう、家族から三下り半を突き付けられ、それからは音沙汰のない状態が続いているのです。残された人生をささやかでもいいから、充実したものにしたいと願っていますが、そのためにもまず、去って行った家族に謝りたい。

そして、できることなら和解したい。伝手をたどれば家族の連絡先はわかると思います。その際にどのように家族と接すればいいのでしょうか……。

懸け橋となる人物を探す

ひの おきお 1954年島根県生まれ。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部長を経て現職。2008年「がん哲学外来」を開設、全国に「がん哲学カフェ」を広める。著書に『見上げれば、必ずどこかに青空が』(ビジネス社)など多数

 私が主宰するがん哲学外来にも、K・Tさんと同じような男性が訪ねて来られることが少なくありません。元気だったときに、家族に迷惑をかけ通し、その結果、別離を余儀なくされ、がんになった後に、家族との再会を果たし、和解したいと願う人たちです。

そんな人たちが家族との和解を果たすには2通りの方法があるでしょう。まず1つは一般的というか、教科書的な方法です。それは自分から家族に接触せず、自分自身と家族、この場合は奥さんとの共通の知人、友人を探し、その人に橋渡し役になってもらうこと。

元気だったころには、いくら仕事のストレスがあったとはいえ、家族に苦労を掛け続け、挙げ句の果てには愛想をつかされて、去って行かれているのです。

本人が「がんになったから会いたい」と伝えても、相手にされる道理はないでしょう。家族にすれば、逆に「何をいまさら、虫のいいことを」と、逆に拒絶反応をいっそう募らせることも考えられないわけではありません。そこで、共通の知人、友人にうまく意を伝えてもらい、とりあえずは再会を果たそうということです。しかし、現実にはこの方法でも、和解までに至る可能性は、決して高いとは言えないでしょう。

というのは、知人、友人に橋渡し役を頼んでいる時点で、その人自身にまだエゴや甘えが残っていると考えられるからです。K・Tさんの場合でいうと、口では1日1日を淡々と噛みしめて生きていきたいと殊勝なことをいっておられますが、まだ、根っこの部分の生き方は、元気だったころと変わっていないのではないでしょうか。

とすれば、うまく再会を果たしたとしても、家族はそのことを敏感に察知するでしょう。当然ながら、それではK・Tさんが願っている和解は望むべくもないでしょう。

過去を捨てることから新たな人生が始まる

そこで私がお勧めしたいのは、家族との再会、和解を諦めてしまうこと。人間は本質的に和解を求める生きものです。

K・Tさんが家族に謝罪したい、和解したいという気持ちはよくわかります。しかし、それはK・Tさん自身が、まだ過去に縛られていることをも意味しています。

本当に生き方を変え、1日1日を噛みしめて生きていきたいと思うなら、過去を引きずり、未来を憂う気持ちを捨て去らなければなりません。その点でK・Tさんにはまだ甘えが残っているのではないでしょうか。

私がK・Tさんに伝えたいのは、まず、自分自身の人生の目的についてじっくりと考えること。そのためには、善き人生の師、友と出会い、自らの生き方を見直す必要があるでしょう。もっとも現実には、善き師や善き友はそう簡単に見つかるものではありません。

そこでまずは、読書を通して、新たな人生観を培ってみてはどうでしょう。善き書物を見つけて、毎日1時間、精読する。そうして何かを感じたところで、外に出て出会いの機会を求めるようにすればいい。

出会いの場というのは、例えばボランティアのような人助けの活動でもいいし、私が主宰しているがん哲学外来のようながん患者の集まりでも構いません。読書を通して何らかの気づきを得たK・Tさんには、きっと素晴らしい出会いが待っているに違いありません。

そうして、新たに出会った人たちとともに懸命に毎日を生きる。そんな日々を送っているうちに、「自分はこの時のために生きてきた」という実感を得ることができるでしょう。その実感を得られた時に、本当の意味で生き方が変わったといえるのでしょう。

そうして生き方が変わると、多くの人が寄り添ってくれるようになる。そのなかには去って行った家族との共通の知人、友人も含まれていることでしょう。

自分から頼まなくても、そうした人たちが去って行った家族に、生まれ変わったK・Tさんのことを話してくれることもあるでしょう。そうなれば自然に再会、和解への道も拓けていくのではないでしょうか。人は和解を求める生きものです。

しかし、それは求めて得られるものではありません。遠回りのように思えるかもしれませんが、過去を捨て、「この時のために」と思えるまでに生き方を変えることで、果たされることをご理解いただければと思います。

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