がん哲学「樋野に訊け」 18 今月の言葉「考えないでいいことは考えない」

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学講座教授
取材・文●常蔭純一
発行:2018年1月
更新:2019年7月

  

がんだったことを伝えるべきか悩んでいる

M・Aさん 50歳男性/会社員/神奈川県

 半年ほど前に体調が悪化したため、ある総合病院を受診すると胃がんの診断が下されました。幸い、それほど症状は悪化しておらず、ステージⅡの段階でした。そこで、ほとんど間をおかず、同じ病院で切除手術を受け、さらに再発予防のために2週間に1度、抗がん薬治療を続けています。

それだけならどうということもないかもしれません。ただ私の場合は1つ、引っ掛かっていることがあります。と、いうのは実は、私は妻と2人のこども以外には、がんになったことを誰にも伝えていない、会社にもがんになったことを今に至るまで全く報告していないのです。

私の会社はそれほど大きくありませんが、福利厚生面に関しては先進的で、がんになったからと待遇などで差をつけられることはないでしょう。ただ、私はがんになったことで、人から特別視されたり、同情されるのが嫌でたまりませんでした。がんになっても、今までと同じように働き、今までと同じように友人や同僚たちと付き合いたい。そのため、周囲の人たちに素直にがんになったと言えないでいたのです。

手術の際は、会社には親戚に不幸があったと虚偽の申告をして休暇を取りました。またその後の抗がん薬治療も、その時々で適当な理由を言い繕っています。

しかし、そうして病気を隠していると、何やら後ろめたさを感じ始めているのも事実です。会社に病気を隠していることが重荷になり始めているのです。しかし、今になってがんになったと打ち明けるのもまた、面倒な話です。病気についてずっと黙っていたことに上司や同僚たちがどう反応するかも心配です。ホンネをいうと、正直に話してスッキリしたい。でも、今となってはそれもなかなか難しい。私はどうすればいいでしょうか。

周囲の反応は社交辞令と考える

ひの おきお 1954年島根県生まれ。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部長を経て現職。2008年「がん哲学外来」を開設、全国に「がん哲学カフェ」を広める。著書に『見上げれば、必ずどこかに青空が』(ビジネス社)など多数

 私が主宰している「がん哲学カフェ」にも、M・Aさんのように「誰にもがんになったことを話していない」という方がよく訪ねて来られます。

かつてとは違い、病気に対する理解が広がった最近では、がんになったと報告しても、会社内で特別扱いされるようなことはほとんどなくなっているようです。もっとも、人と人との関係はそういうわけにはいきません。がんになったことがわかると、「頑張って」「無理をしないで」と、気遣われることが少なくないでしょう。ときには、それまではほとんど縁がなかった人が「何かあったら相談して」などと、声を掛けに来るようなこともあるでしょう。そうした周囲のリアクションが煩わしく感じるためにがんになったことを報告していない人も決して珍しくはありません。

もっとも、そうして周囲の人たちの反応を気にする人たちの話を聞いていると、少々勘違いしている傾向があるように思われるのも事実です。自分が人にどう思われているかということを気にするあまり、他の人たちの言動を必要以上に観察してしまう。わかりやすく言えば自意識過剰の傾向が見てとれるのです。おそらく質問者のM・Aさんにも同じような傾向があるのではないかと思われます。

そうした人たちへのアドバイスは一言に集約されます。それは「周囲のことなど気にするな」ということです。確かに誰かががんになった場合には、周囲の人たちから激励やねぎらいの言葉が伝えられます。でも、その言葉に特別な意味が込められているわけではありません。一種の社交辞令のようなものと考えればいいでしょう。にもかかわらず、その言葉を深読みして自分勝手に解釈してしまう。それが結果的に、煩わしさやうっとおしさといった感覚につながっているのです。「大変だったね」と労(ねぎ)らわれれば、「ありがとう」と返せば、それで終わってしまう話なのです。

考えるべきことの優先順位を変えてみる

話を質問のケースに戻しましょう。

M・Aさんはがんになったことを周囲に伝えるかどうかなど、気にすることはありません。もちろん、自分から「がんだった」と報告する必要もありません。

これは病気に限ったことではありませんが、隠し事というのは、簡単なことのようで実はなかなかできることではありません。家族の誰かがポロリと洩らしてしまったり、会社の誰かが同じ病院を訪ねたりなど、考えられる状況は様々ですが、おそらくM・Aさんががんになったことは周囲の人たちの知るところになるでしょう。と、すると当然、周囲の人たちから「がんだったんだって」と言葉を掛けられる。そのときに「そうだったんです」と笑って答えればいいのです。つまりは成り行き任せにしておけばいいということです。

もっとも、そういうとM・Aさんからは、「それができないから困っているんじゃないか」という声が聞こえてきそうです。それならもうひとつアドバイスを差し上げましょう。

それは「考えるべきことの優先順位を見直してはどうですか」ということです。察するにM・Aさんの頭の中では、がんになったことを報告するかどうかということが、大変な気掛かりになっているのではないでしょうか。つまり、そのことが優先順位の上位を占めているわけです。

それならもっと他のことを優先して考えるようにすればいい。例えば家族のこと、仕事のこと、自らの将来のことなど、考えるべきことはたくさんあるはずです。そうしたことを考える習慣をつければ、次第にがんになったことを伝えるべきか否かなど、些末なことは気にならなくなっていくことでしょう。

どうでもいいことに気を取られていれば、ただ疲れが残るだけです。人生を快適に過ごすためにも、もっとおおらかになっていただければと思います。

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