がん哲学「樋野に訊け」 19 今月の言葉「いい医師の条件は専門性プラス人間性」
せっかくいいドクターとめぐり会えたのに
T・Hさん 50歳男性/会社員/東京都
Q 昨年(2017年)の秋、トイレの回数がやたらに増えたため、前立腺肥大ではないかと自宅近辺の病院で検査を受けたところ、前立腺がんを患っていることが判明しました。症状はステージⅡでそれほどは進行していません。
そこで、主治医と話し合った結果、とりあえず手術は回避して、しばらくはホルモン療法で状況を見て行こうということになりました。その主治医は笑みを絶やすことのない温厚な人柄で、私はこの人なら、全面的に信頼できると思っています。これからどう容態が変わって行くかは知れないけれど、この医師とともに病気に向かい合っていこうと思っていたのです。
ところが、そこに思わぬ横やりが入りました。ネットや口コミで病院の情報を集めていた妻が、この病院は評判がよくない、病院を替えたほうがいい、と言い出し始めたのです。私がせっかくいい先生に出会えたのだからと反対すると、それならせめて、他の病院でセカンドオピニオンだけでも受けて欲しいと懇願します。正直、私にすれば、それも面倒な話です。確かに今私が通院している病院は、都心部の大学病院などに比べると、設備面などで見劣りするところもあるかもしれません。
さらに妻はもっと別な治療を受けさせたいと考えているようにも思います。実際、ホルモン療法のような穏やかな治療ではなく、手術で一気に治療したほうがいいのではないかというようなことも口にすることもあるのです。
ベストの治療を私に受けさせたいと願う妻の気持ちもわからないではありません。しかし、私はネット等の評判にかかわらず、現在の病院の主治医を全面的に信頼しており、病院を変わる気はまったくありません。妻とうまく折り合いながら、自分の思っている通りに治療するためには、妻をどう説得すればいいのでしょうか。
求められるのは「正論より配慮」
A 最近は、ネットなどで医療情報が簡単に入手できるようになったこともあるのでしょう。私が主宰している「がん哲学外来」にも、同じような悩みを抱えて訪ねて来られる方が少なくありません。患者さん自身と配偶者など周囲の人たちとの間で、治療に対する意見が噛み合わず、それが悩みになっているケースです。
そのことにふれる前に、まず簡単にT・Hさんが患っておられる前立腺がんについて簡単に見ておきましょう。前立腺がんはよく知られているように、男性では最も多発しているがんで、他の病気で亡くなった方が多く罹患している「潜在がん」でもあります。そのことでもわかるように、進行は穏やかで、がんのなかでは比較的にコントロールしやすい病気といえるでしょう。質問では細かな情報がないので、一概には言い切れませんが、ステージⅡ程度の状態であれば、多くの場合は手術をせず、ホルモン療法だけで対応することも少なくありません。その面に限って言えば、T・Hさんが現在、受けている治療は問題ないと考えてもよさそうです。それで主治医との関係もうまくいっているのであれば、今の病院で治療を続けることに何の問題もないと思われます。
もっとも、それでは奥さんが納得しない。この状態が続けば、奥さんとの関係はどんどんぎこちないものになっていくし、何かトラブルが起こったときには、「だからあの時に言ったのよ」と、問題が紛糾していくことは避けられないでしょう。そんなことを考えると、少々面倒かもしれませんが、奥さんの申し出に従って、セカンドオピニオンを受けてみるのもいいでしょう。
そこで現在、受けている治療と同じ答えが出てくれば、奥さんも今の病院での治療に納得してくれることでしょう。そうなれば、T・Hさんも気持ちよく治療を受け続けることができるはずです。質問を見た限りでは、T・Hさんの言い分は正論のように思われます。しかし、状況によっては、「正論より配慮」が求められることもあるのです。
「よい医師」の条件とは
また、そのこととは別にT・Hさんにも奥さんにも知っておいていただきたいことがあります。それは「患者にとっていい医師」とは、どんな医師なのか、ということです。
当たり前のことですが、医療には専門的な精度が必要です。どんなに好人物であっても、現実の医療面での知識、技術に欠けていては、その人はいい医師とはいい難い。
もっともだからといって「腕がいい」だけでは、これもまた、いい医師とは言えないでしょう。専門的な知識、技術とともに、患者さんに最大限の思いやりを発揮できる人間的な側面を併せ持っていることが優れた医師の条件と言えるでしょう。
つまり、医師を評価するには「専門領域に関する純度の高さ」と「人間的な包容力」を見極めることが肝要ということです。
残念ながら、この2つの条件を併せ持っている医師はそう多くはいないというのが現実の用ですが。ちなみに、これは医療技術が飛躍的に進歩した20世紀半ばに、医療現場から人間性が失われることを危惧したスイスの医学者、ポール・トゥルニエが提唱した概念で、私自身も若き日に、来日したトゥルニエの講演を聞いて意を同じくしたものでした。
実は私がセカンドオピニオンを受けるようにお勧めしているのは、そのことが現在の主治医を見定めるうえでも有用だと考えているからです。
仮に、T・Hさんが主治医にセカンドオピニオンを受けたいと申し出たとしましょう。そう言うと、には「私の治療を信頼していないのか」などと拒絶する医師もいます。この場合は、その医師は自分の技量や見立てに自信がない、あるいはものの見方がきわめて狭量だと考えられます。いずれにせよ、その医師との関係はご破算にするのが無難でしょう。
また、当たり前のことですが、セカンドオピニオンを快く認めてくれた場合には、そこでの治療に対する考えと現在の治療とを十分に比較、検討する必要があります。現在の治療とセカンドオピニオンが同一でのものである場合は、もちろん何の問題もありません。しかし、双方を比較して、現在の治療に疑問を感じるようであれば、やはり、病院を変えることも考えるべきでしょう。
もちろん、現実にはセカンドオピニオンを受けたからといって、事態が変わっていくことはそうそうないでしょう。しかし、そのことによって奥さんとの間でよりスムーズな関係を築くことができ、さらに医師との信頼関係も深まっていくでしょう。自らの体制を整えて、安心して治療を続けていくために、セカンドオピニオンをうまく活用していただければと思います。
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