腫瘍内科医のひとりごと 74 「必ず治る、絶対治る」

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2017年2月
更新:2017年2月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

Aさん(53歳男性)は、ある病院で内視鏡検査後、説明を受けました。

「食道にがんがあります。小さい初期のようにみえます。しかし、食道がんの場合は、このように小さくても遠くに転移していることがあります。手術してみないとわかりません」

Aさんはとても心配になり、相談に来られました。

一昨年は兄を膵がんで亡くし、昨年は奥さんが乳がんで手術を受け、現在抗がん薬治療中なのです。

「私はとてもとても心配で、夜も眠れない状態です。担当医から手術を勧められていますが、最後は自分で決めてくださいと言われました。もし転移があった場合は、手術をしても意味がないのではないかと思います。でも私は今、死ねないのです」と話されました。

持参された資料をみると、確かに食道がんはとても小さく、CT画像上転移らしい影は認められませんでした。担当医の言われるように、食道にあるがんは小さい場合でも、離れた場所にリンパ節転移があったのを、私も少なからず経験してきました。

奥さんも同伴されていましたが、とても不安で落ち着かない感じでした。Aさんの不安そうな目は、尋常ではありませんでした。「うつ状態」という言葉が私の心をよぎりました。

私は、咄嗟に「手術したら治る、必ず治ると思う。絶対治ります」と言ってしまいました。

あのときの「絶対」という言葉は生涯忘れない

手術が最も適した治療であることは間違いない。しかし、病院での治療、医師も人間だから、「絶対」ということはない。「絶対治る」などと言ってしまって、もしうまくいかなかったらどうする。しかも手術は内科医の自分がするのではなく外科医がするのだ。そのことが、ふと心をよぎったのですが、「いや、絶対治る」そう言わないと、Aさんとあの奥さんは完全に参ってしまう、とそのときは感じたのでした。

「あのとき、先生に『絶対治る』と言われてよかったです」

あれから1年後、Aさんからの言葉です。

「外科医師から、手術前に合併症などの説明がありました。出血や感染症を起こした場合など、たくさんの予期せぬ危険を言われました。でもあのとき、先生に絶対治ると言われていたので落ち着いて聞けました。手術の後も、先生の言葉を思い出して頑張れました。あのときの『絶対』という言葉は、生涯忘れません」

20年以上前は、医師は「手術です。それ以外はありません」と言いきり、患者は「お任せします」でした。

しかし、最近では、検査や治療では、いろいろな場合を想定し、十分な説明を受けたうえでの「自己決定」とされ、医師が「絶対治る」などとは決して言いません。しかし、中には不安に耐えられない患者さんもおられます。

また、たくさんの同意書に署名しながら、「何かあっても患者自身に責任を取らせる、医師は自己防衛しているよう」と感じる患者さんもおられます。

私は、たくさんの署名は必要であると理解しながらも、何か患者と医師との関係が希薄になったことを表しているようにも思うのです。

「絶対」は、めったに言える言葉ではないのですが、あのときのAさんにはあれでよかったのだと思いました。

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