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腫瘍内科医のひとりごと 75 「人生観変わる?」

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
(2017年3月)

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

Oさん(80歳男性、元肉屋さん)はお酒が飲めない体質でしたが、たばことコーラが大好きでした。

若いころから、「一生懸命働いて、いっぱい食べて、短命でいい。食べて満腹になっているのが幸せだ」「俺は太く短く生きるのだ」と言って、周りの方にも食事を奢っていました。市民相撲大会に出たことのある、布袋様のようなその風貌から誰も口を挟めない感じでした。たばこは映画俳優のカッコよさから始めたそうです。

元気で過ごされてきましたが、70歳になって直腸がんとなり、自宅近くの病院で手術し、そのときから人工肛門となりました。このときに糖尿病であることもわかりました。

奥さんは、「あれ以来、あの大食漢が、あれから、いちいちごはんの量を量りで計って食べるんですよ。もう気をつけて、気をつけてすごいんです。もちろん、たばこは完全に止めています」そう言われます。

Oさんは、「身体を動かすことが、大腸がんになるリスクを下げると聞いています」

別人のように痩せましたが、いたって元気で、毎朝犬との散歩は欠かさないそうです。

病気をきっかけに変わる

Sさん(79歳男性、元会社員)は、20歳の頃から酒は浴びるほど飲んだそうです。とくにウイスキーが大好きでした。常に3、4軒のスナックに名前を入れたボトルをキープして、そして連夜梯子して回りました。この状態は結婚して子が出来ても、定年近くまで続きました。

「酒のない人生なんて考えられない。酒を飲まない人の気が知れない」、そう話されていたそうです。

娘さんが嫁ぎ、定年を直前に控えたとき、奥さんに急死されました。その後はひとり暮らしとなり、「私はいつ死んでもいい。長生きはしたくない。ピンコロが一番!」が口癖でした。酒の量は減り、酒場通いはしなくなりましたが、それでも毎晩飲むのが日課でした。

70歳になったある日曜日の昼、半身にしびれを感じ、まっすぐに歩けなくなりました。救急車で病院に運ばれ、脳梗塞の診断でしたが、運よく後遺症は残りませんでした。

このときの入院検査で大腸がんが見つかり、手術。その後も元気で過ごされています。

しかし、そのときをきっかけにアルコールは全く飲まなくなりました。Sさんを知る人誰もが、飲まなくなったのを「信じられない」と言います。

本人は「どうしてあんなに飲んだのだろう。毎晩、毎晩ただ癖みたいに酒場に通った。家内にはいっぱい注意されて、喧嘩して、それでも飲みに行った。体がよく続いたものだ。家内には悪いことをしたと思っている。いまはあんな狂い水、飲みたいとも思わない」。そして、「がんを遠ざけるために野菜、果物を食べ、食塩を減らす」と頑張っているとのことでした。お2人とも、共通して言われるのは、「健康な体に生んでくれた親に感謝してます」

私よりもひと世代上の方たちのお話ですが、人は健康なときに考えた人生観、死生観が病気をきっかけに大きく変わります。他人が、あの人は変われるはずがないと思っていても変わるのです。でも、生きていてこそ人生ですから、それは当然だと思います。

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