腫瘍内科医のひとりごと 77 「先生! 歩けたよ!」

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2017年5月
更新:2017年5月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

「先生、今日はいい知らせがあります」

F病院のS医師が、にこにこして私の診察室に来ました。

「先月ご相談したTさん(65歳)が歩けるようになって、K病院を退院されるそうです。肺がんで脊椎(せきつい)に転移があったとき、脊椎の手術はなかなかやっていただけないことが多いのですが、よかったです」

がんの転移からの脊髄麻痺(せきずいまひ)で歩けなくなったのが、手術ですたすたと歩けるようになったのです。信じられないほどの劇的な回復で、本人はもちろんと思いますが、担当医をはじめ、我々も万歳と叫びたいくらいの喜びとなりました。

 

肺がん・骨転移による下半身麻痺

Tさんは1年前、肺がんと診断され、手術で右上肺を切除しましたが、半年後、左右の肺と胸椎に転移が見つかりました。それでもゲフィチニブ内服により肺転移はほとんど消失しました。

そして胸椎転移には放射線治療が行われましたが、次第に脊髄を圧迫するようになり、下肢の麻痺症状で歩けなくなってきました。

そのTさんが、K病院の整形外科で手術を受けて、歩けるようになったのです。

脊髄を圧迫しているがんの手術ができるためには、身体全体の一般状態、がんの転移の状況など手術を可能にするための条件が整っている必要があります。がんが肺や他の臓器にたくさんあった場合など、手術できないことが多くあります。

また、手術を行ってもがんが取りきれない、手術がうまく成功しても、麻痺は治らないこともあります。

私は麻痺がきても手術で回復した方、そのまま変わらなかった方を思い出します。

下肢が動かなくなってから、48時間以内に手術を受け、その圧迫がとれれば麻痺は回復する可能性があると言われています。その48時間が勝負なのです。しかし、本当に、元通り回復するかはやはり手術してみないとわかりません。

完全に下半身麻痺で暮らすのか、歩けて過ごすのかは大きな違いです。

生きるを支える医療

昔、MRI検査の出来ない時代のことです。

Bさんは入院中でしたが、下肢の動きがおかしいと言い出したのが金曜日の午後。そして歩けなくなったのが土曜日の朝でした。月曜日までは待てません。外来診察で忙しい整形外科医に、拝むようにお願いし、脊髄腔に造影剤を入れての検査で、がんによる圧迫のある場所を確定できました。

土曜日の午後、放射線治療の準備をしながら、脊髄の圧迫を除く手術が夜中までかかって行われ、元通りに歩けるようになりました。

そのときの喜びは忘れられません。

これまでは肺がんで再発し、あるいは骨転移での症状が出てきたとき、多くの場合はがんの進行を抑える、痛みの症状を取るのが精いっぱいであったようにも思います。

それが、Tさんのように骨転移以外は薬で消失しているのです。

Tさんは肺がん再発を知らされ、骨転移、そして下肢麻痺と症状は悪化しました。

すべてを聞かされ、歩けなくなってきたTさんのお気持ちはどんなであったろうか?

下半身麻痺の症状が取れたときの気持ちはどんなであったろうか?

また、生きる、希望が湧いたに違いない。

完治ではなくとも、生きるを支える医療、ここにあるのです。

ゲフィチニブ=商品名イレッサ

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